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R side
昨日は、随分浮足立ってしまった。
帰還した夜、かのんに抱きしめられて完全に気持ちが昂ぶっていた。
かのんを世話役にするのは良い案だと思った。
だが、側にいるのに触れられない状況に焦れったさが募ってしまった。
そして……かのんの風呂場でのあの表情。
さすがに、歯止めがかからなかった。
俺ばかりが、かのんを欲しがってるような気がする。
かのんは、何を思っているのだろう。
朝、かのんから散歩の誘いがあった。
目の覚めるような冷たい朝の空気。
もう、随分寒くなってきたな。
腕を組み、手先を腕の隙間に潜り込ませる。
以前、俺が好きだと言った花が咲いたらしい。
覚えていてくれたのか、と 心が緩んだ。
庭を見渡しながら歩いていたかのんが立ち止まる。
K「……すみません…」
R「どうした?」
K「少し…遅かったようです」
かのんの見つめる先に葉だけを残した植物があった。
花殻が落ちて、この間まで咲いていた名残だけが残っている。
すでに、冬越しの準備をし始めているようだった。
かのんが着物の袖口をきゅっと握った。
そして、悔しそうに唇を噛む。
R「……また、来年だな」
K「はい…」
R「来年、一緒に見よう」
かのんが 驚いたように振り返り、こちらを見る。
K「はい…っ」
そして、柔らかく笑った。
その瞬間、胸が小さく跳ねる。
この笑顔を見ると、どうにも心が落ち着かなくなる。
かのんの頬に手を伸ばす。
ありがとう。
そう伝えたかっただけなのに、慌てたように顔を逸らされてしまった。
K「寒いので戻りましょう」
逃げるように立ち上がる。
R「…あぁ」
さっきまで温かかった胸が、今度は少し締め付けられた。
部屋に戻って来た。
K「るい様、どうぞ」
R「ありがとう」
温かい茶を少し口に含む。
R「ふぅ…」
早起きして散歩するのも、悪くないな。
湯呑みを両手で包み込み、 縁側に視線を落とす。
R「?」
かのんの視線を感じた。
ふと顔を上げる。
だが、目が合うとはっとして顔を背けてしまった。
R「どうした?」
K「いえ…っ、朝御飯、用意して参ります」
R「あ…」
慌ただしく部屋を出ていく。
なんだ…?
状況を飲み込めないまま、その背中を見送った。
午前は書の稽古だった。
父上から、早く身体を動かせと言われているが、爺が身体に負担のないよう何とか予定を組んでくれている。
師範の前に正座し、筆を構える。
集中するために呼吸を整えた。
筆先に意識を集中させ、ゆっくりと筆を下ろす。
すると、後ろで見守っていたかのんが家臣に呼び出された。
部屋の隅で何か真剣に話している。
だが、集中は切らさずに一文字を書き終えた。
師「うん、随分と腕を上げたな」
R「ありがとうございます」
ふと、かのんの方を見る。
まだそいつと話をしている。
何を言っているかは聞こえない。
そして、かのんがふっと笑った。
談笑の時によく見る笑顔。
手が止まる。
何故か、二文字目を書き出せない。
師 「若様、集中が切れています」
R「申し訳ありません…。少し休ませてください」
文机に筆を戻す。
かのんはまだ話している。
そしてまた、時々笑う。
息を一つ吐く。
R「…かのん」
かのんを呼ぶために出した声は、思ったより低かった。
K「はい」
R「少し休む。白湯をくれ」
K「はい、お持ちします」
かのんがその場から離れた。
でも、まだ胸のざわつきは消えない。
かのんを側に置いて、新たな一面に気づいた。
人当たりがよく、誰にでも優しく、気遣いができる。
かのんらしい。
そこが、かのんの良い所なのに。
それが、俺に向けられたものではないと思うと、途端に喉の奥がつっかえたようになる。
かのんが白湯を持って来た。
R「かのん、ありがとう」
少し微笑む。
K「…いえ」
かのんも微笑み返してくれる。
この微笑みも、俺だけに向けていて欲しい。
かのんが元の位置に座ったのを確認し、再び筆を手に取った。
ーー夜。
昨日に比べたら、随分落ち着いて過ごせた気がする。
K「るい様、今日も手を…」
かのんがそっと手を差し伸べてくる。
R「いや、いい。お前を部屋に返すのが遅くなる」
今日のかのんは少し疲れていたような気がする。
早く休んだ方がいい。
K「いえ、大丈夫です」
かのんが少しだけ距離を詰めてくる。
K「世話役の仕事です」
かのんの瞳が真っ直ぐ俺を見つめる。
R「…仕事…か…」
口にしてみると、その言葉が妙に冷たく感じた。
かのんが悪いわけじゃない。
分かっている。
それでも胸の奥がひどく沈んだ。
R「…では…頼む」
布団から手を少し出すと、すぐにかのんの温かい手に包まれた。
とても優しい包み方だった。
なのに、心の中が虚しい。
今にも泣き出しそうな顔を見られたくなくて、 掛け布団を頭の上まであげた。
朝、目が覚めると泣いていた。
どんな夢かは、覚えていない。
ただ悲しさが胸に広がっている。
どうしてだろう。
かのんに、手を握ってもらっていたのに。
コメント
3件
さちこさんの小説は丁寧で内容が細かいからとても読んでて楽しいですし飽きっぽいのに全然飽きない!!次も楽しみにしてます💖💖
さちこさん、第14話読みました。るい様の視点がとても丁寧で、心の揺れがひしひしと伝わってきました。 「かのんの笑顔が自分だけに向いていないと感じるもどかしさ」と「世話役という立場の壁」の描き方が絶妙です。特に「仕事…か…」という台詞のあと、布団の中で泣きそうになるラストが切なくて胸が締め付けられました。 来年一緒に花を見ようという約束が、この距離感の中でどう生きてくるのか、次が気になります!