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やばい😅…続きが気になりすぎてタヒにそう
3
成瀬のアタックでヘリをなくした犯人たちは足を失い、青井のブレードキルとマンゴーの精密射撃でオイルリグ強盗はあっさりと片付いた。
ヘリを修理に行ったりなんだりと往復するうちに一人で帰ることになった青井は、操縦桿を握りながら大きなため息をついた。
ステイトで確認すると、つぼ浦はもう退勤していた。更に深い深いため息が出る。
「あーもう、最悪だぁ…」
かすれた独白をヘリの騒音がかき消す。すっかり日が暮れ、遠くで光る中心街のビルの輝きだけが目に眩しい。
青井らだおもつぼ浦匠のことが好きだった。
それはとっくに恋愛へとはみ出し、重すぎる独占欲からくる好意だった。
独占欲と過保護に気恥ずかしさを混ぜた結果、出力されたのはトゲのある意地悪な冷たい言動ばかりだった。
圧で圧倒し、言いたいことだけをぶつけるのは本音を隠すには最高の手段だ。最も注意を払わなければならないはずの相手の気持ちを、無視してしまうという点に目をつぶれば。
好きな相手に好きを投げているはずなのに、どうしてかいつもトゲと皮肉と悪態に変わってしまう。喉から出るトゲを掴んで投げる手も当然痛い。傷つかないために選んだはずの防衛策は、青井の心も散々に荒らしていた。
さして頭を使わずともヘリは手足のように楽々と操縦できる。空いた頭で今日のやり取りを振り返る。
どう考えても駄目だった。キャップがいれば「なるほど、0点だ」とお墨付きをくれただろう。
好きな人となんとか会話を続けようとした結果、口やかましい小姑のようになった自分を思い出して恥ずかしくなる。そしてひどく硬い声で反駁してきたつぼ浦の表情を思い出す。いつも真顔でとんでもない振る舞いをする男だが、青井の記憶の中のつぼ浦はたいてい困ったような、こわばった顔をしていた。
「本当駄目だ、俺…」
素直になろうにもひっくり返った愛情が悪さをする。沈んだ感情を抱えたまま、ヘリは本署の屋上へと到着した。
コンクリートに足を降ろし、ふと見るとドアとは反対側の縁に成瀬が立っていた。
「あ、おつかれ~。今日はヤバかったな」
「そうだな、ちょっと聞きたいことがあんだけど時間いいか?」
「え?後始末は…」
「あー、罰金とかはドリさんがやってるからいいっしょ」
憂鬱を引きずる青井とは裏腹に、成瀬はさっぱりとした口調で言う。
「それなら一旦大丈夫か。で?どうしたの?」
ドリーなら問題などないだろう、と安堵すると青井は質問に答えようと成瀬に向き直る。
「お前さ、つぼ浦さんのこと好きなのか?」
全く予想していなかった質問に、青井は咳き込む。
「な、な、なんで」
動揺し、震えまくった声が出た。ペンギンマスクの下でにんまり笑うと成瀬は続ける。
「お前があんなに気にかけてる人、他にいないだろ」
「き、気にかけるってそんな、そんなねぇ」
「とぼけんなよ、結構前から気づいてはいたんだけどな」
「……それは成瀬だからわかったんだよね?付き合いも長いし」
「安心しろ、つぼ浦さんには一切伝わってないぞ」
一切、という言葉はとても鋭利だった。伝わっていてほしかったわけではないが、それがあまりにも痛いところにぶっ刺さる。
「俺って端から見てそんなに……その、浮かれてる?」
「は?浮かれてる?とかじゃねぇだろ、好きな子をいじめるタイプのアレだろお前。陰キャだわ、陰キャの極み」
「ううっ」
苦しすぎるうめき声が漏れた。成瀬の言葉は親しいがゆえに遠慮がなく、勝手を知っているがゆえに的確に急所を刺す。
他人に言われて改めて、青井は独占欲と過保護が一周回っておかしくなってることをじわじわ自覚する。愛情という2文字はひっくり返り、その裏側には照れ隠しと書かれていた。そんなものを好きな相手に投げたところで隠れている愛情は見えやしない。
「……で?それを確認してどうしたいの?」
すでにズタボロにされたつまらない自己防衛という盾を片手に、青井は細い声で問う。
「いや、つきあわないのかなって」
「は?」
平然と言われて呆気にとられる。それができれば何一つ苦労しない。
「いやいやいやいや、うまくいくわけないんだから」
「なんでだよ」
「だってあのつぼ浦だよ?恋愛の「れ」の字で卒倒するような」
「ああー」
納得するしかない答えに成瀬は何度か頷いた。一度夜空を見上げて、それから青井を見る。
「聞いてきてやろうか?」
「ヤダ、その気がないって言われたら死んじゃう」
仮面の下で歯をギリギリ噛み締める音がした。にじみ出る面倒くささに成瀬が眉をひそめていると、青井はポツリと続けた。
「……本当はその気がないのにその気にさせちゃっても死ぬ」
小声だった。ああこれが本音だな、と成瀬は悟った。
「なんでだよ?両思いになるならいいじゃねぇか」
「あいつピュアだからさ、強く押したらなんかその気になっちゃうと思うんだよね。それは、ちょっと…いやすごく、嫌だ」
誠実な声だった。
そこで成瀬は気がついた。このとっくに30を越えたおじ…お兄さんも、相当にピュアな恋愛観を抱えていると。
恋愛経験が少ないのか、純愛ばかり越えてきたのかは興味がない。しかし万人が知っての通りつぼ浦匠はピュアの塊だ。ピュア同士なら濁ることなくいい感じに収まるのでは?と成瀬の脳内でいい感じの結論が出る。
「お前も大概にアレだな、純愛的なやつ?そういうの好きなのな」
「あぁ?大事にしたいでしょ、好きなんだから。当たり前やん」
「お上品ぶりやがって。”心無き”が言ってんのかと思うとめまいがするわ」
「う、うるさいな」
「それで意地悪してんなら世話ないぜ」
「なんだよ、じゃあ成瀬ならどうすんだよ」
「猛烈にアタックして振り向いてもらうってのも、恋の一つの形じゃないかと思いますけどね?」
「そうかなぁ…」
煮えきらない態度のまま、青井は何度目かのため息をつく。所在なく組んだ手を組み替える。
「……嫌われてたらどうしよう。ていうか、好かれてる可能性が見えない」
じっとりと湿った声で嘆きながら身体はどんどん俯いていく。
完全に身から出た錆だった。口から「好き」が出ないばっかりに投げるしかなかった言葉の数々を思い出して頭が痛む。
ただ一輪の花を差し出せられればよかったのに、それはトゲだらけなうえに花はおろか蕾すら隠れて見えない。そのくせどうしても枯れることはなかった。
「そうなったら生きていけない、成瀬養って」
「ああ~~めんどくせぇ!言っとくけどな、男のメンヘラはダルいぞ」
腕を掴んでダル絡みしてきた青井を振りほどき、成瀬はペンギンの下で笑みを無くす。まだなにかブツクサ言う青井に温度のない声で告げた。
「あんまりグダグダしてると、先に取るぞ?」
「……冗談だよね?成瀬」
スッと空気が変わった。鋭く冷たい敵意を感じ、成瀬は思わず息を呑む。
あらゆるどす黒い感情が鬼の面の下から溢れていた。答え次第ではすぐにでも手が背負った刀にかかり、首を切り飛ばす、隠そうとしない殺意があった。
成瀬はこれが嘘であることを示すために、わざとらしく肩をすくめてみせた。
「そんだけ殺気が出せても、らだおのもんじゃない以上、無駄だぞ、マジで。他人じゃん、ガチで他人。ていうか知人」
正論である。ぐうの音も出ないほどの正論で青井はうめく。
「くそぉ〜〜」
「とりあえずお前は好きな子に意地悪をするみたいなみみっちいやり方をやめろ、普通に好感度が下がるだけだぞ」
「だってどうしたらいいかわかんないんだよ」
「本当めんどくせぇなぁ!!」
話が一周しそうになってここいらで打ち切ろうと成瀬は数歩下がる。他人の恋バナはおちょくるうちは楽しいが、情に棹させばいずれ流されるのだ。
「冷静なるとお前の惚気聞くのエグい⤴」
「成瀬が聞いてきたんだろ!俺もなんでこんなこと話してるんだよ」
急にはしごを外されて青井は面の皮の厚いペンギンを睨む。
しかし成瀬相手でもなければこうして本音を吐露することも、その結果自分の感情を客観視することもなかっただろう。
「…まあ、ありがとね」
「おうよ、つぼ浦さんもお前の事好きだと思うぞ」
去り際に励ましなのか、でまかせなのかわからないことを言われ、青井はまたしても咳き込む。
肯定も否定もどれも声には出せず、青井は無言のまま成瀬を見送った。
4
面倒な牢屋対応はまるんに任せ、つぼ浦は早々に退勤して街をうろついていた。
お気に入りのバーガー屋は運悪く閉まっていて、他の飲食店はあまり知らない市民たちで賑わっていた。憂鬱な心を引きずってまで入店する気力はわかず、ほうぼうを回った挙げ句レギオンの屋台でホットドッグを買った。
喧騒から離れ、奥の方の壁に寄りかかって一口頬張ると、よく焼けたソーセージがパリッと弾けた。肉の旨味を甘酸っぱいケチャップとコクのあるマスタードが包み込む。ほどよい暖かさが胃に収まり、ようやく人心地がつく。
駐車場の入口の方では今日も今日とて白市民と黒市民が騒いでいた。
時計は3時を過ぎていた。プロ人質と牢屋でよく見る犯罪者が会話をしているのが見えるが、犯罪禁止時間なのでもう事件は起こらないだろう。かすかに聞こえてくるおどけた会話を聞き流し、最後の一片を喉に押し込んだ。
入口のバーをへし折って、見慣れたパトカーが突入してきた。降りてきたのはマンゴーだった。つぼ浦に気づくと小走りで近づいてくる。
「あれ、猫くん!どうしたんだ?」
「もうチルタイム、だからホットドッグ買いに来タ」
「なんだ、せっかくだから奢るぜ」
「なんで?お金、がめついノに」
がめつい、という難しそうな言葉を知っていることに苦笑し、つぼ浦はマンゴーの肩を叩く。
「それはな、今日も一日がんばってたからだ。奇肉もどうだ?」
「ンー、奇肉はイイや」
つぼ浦のお気に入りの店をさらりと流し、マンゴーはウキウキとホットドッグの屋台へと走っていった。
*
つぼ浦の横でマンゴーは嬉しそうに今しがた買ったホットドッグにかぶりつく。
「つぼ浦ありがとネ」
「ああ、気にしないでいいぜ」
気前よく笑って見せても、青井の懐に収まっている羨ましさと、後輩としての可愛さを乗せて心の天秤がガタガタと揺れる。
後輩を不意に傷つけたくはない、それはそれとしてしょうもない嫉妬心は消えない。その罪悪感の結果、お手軽な贖罪のためにつぼ浦はホットドッグを奢っていた。
入口の喧騒から離れ、二人は先ほどまでつぼ浦が寄りかかっていた壁に背中を預ける。
「あのサ、聞いてもイイ?」
ホットドッグを食べる合間にマンゴーが突然言い出した。
「おう、どうした?」
「つぼ浦ってさ、らだおのこと好き?」
まさかマンゴーからそんなことを聞かれるとは思わず、息が止まる。硬直した顔を不思議そうに覗き込まれ、つぼ浦は慌てて答えを探す。
「そ、そうだな、頼りになる先輩だぞ」
「エー、好きか嫌いかで言うと?」
「すっ……それで言うと、嫌いじゃない…な、ああ、うん」
「ソレは、恋愛ってこと?」
「れ、れれ、れ……??!」
矢継ぎ早に慣れていないことを聞かれ、舌がもつれた。この後輩は一体何が目的なのか、どうしてこんなことを聞かれているのか、回転だけする頭に思考がついてこない。
「ね、猫くんは難しい言葉を知ってるんだな」
「誰でも知ってル、小学生でも知ってるヨ」
「しょ……」
かろうじて出した誤魔化しの言葉にまっすぐな正論を返され、言葉が出ない。
その小学生でも知っていることを、つぼ浦はうまく想像することができなかった。
自分の子供時代を思い返す。バレンタインのときにチョコを持ってきて怒られていた女子の姿を思い出す。渾身のラブレターをからかわれた男子のことを思い出す。
恋というものはとても恐ろしい怪物で、表に出すとそうやって哀れな目に合うのだ。そのくせ儚く獰猛で、子供にはまだ早く、大人になればそのうち多分理解できる。そうやって思考の外に追い出してきた。
「……わっかんねーんだよ、俺、レンアイってのがよ」
つぼ浦は呟くように本音を吐き出した。
今までの人生の中で「恋愛」とは遥か遠くにある謎の現象だった。その海に漕ぎ出した人たちはおおむね皆、嵐に飲まれていく。誰も傷つきたくなどないはずなのに、そこに好き好んで船出する理由は理解の範疇を超えていた。
たしかに青井とはもっとずっと一緒にいたい。しかしこの抱いている感情がなんなのか、今のつぼ浦では判別することができなかった。
「猫くんは?わかるのか?」
「ンー、俺らだお好きだヨ」
「あ、ああ」
きっと他意のない「好き」という言葉がなぜか少し引っかかった。
「つぼ浦も好き。警察の仲間みんな好き」
屈託のない笑顔でマンゴーは言い、ホットドッグの残りを飲み込む。それから「あ、キャップとキモセンはどうでモいいや」とだけ訂正した。
「でもさ、もっと好きなんだヨ。もっと好き」
「な、なにがだ?」
「レンアイってやつ。もっと好きなノが、レンアイだと俺思うよ」
「もっと、好き…」
マンゴーの拙い言葉は漠然としていた。それが逆に複雑な思考を阻み、胸にまっすぐ染み込んだ。
試しに他の好きなものと比べてみる。マンゴーの言う通り、つぼ浦も警察の仲間たちは好きだ。頭の中に思い浮かべたいろいろな人達の顔に、簡単に「好き」ということができた。
しかし青井だけはなぜか駄目だった。想像の中でも「好き」という言葉が絞り出せない。
「……ピンと来るような来ねぇような、ヘンな感じだぜ」
好きと言えないことが好きという証明、というおかしなパラドックスを前につぼ浦は首を捻る。
「じゃあらだおが別の知らない人好きなっテ、その人と付き合ったらどうする?」
マンゴーはつぼ浦の顔を見上げながら、静かに言った。考えたことのない仮定を前に、つぼ浦の顔がこわばる。
今ですら成瀬とマンゴーのいる場所は遠く、苦しいほどに羨ましいのだ。「付き合う」とはきっとその二人よりも近い距離で、もっと遠くへ連れ去ってしまうのだろう。それこそ、永遠に。
「や、やだな、それは。それは……嫌だぜ」
心がささくれ立つのを感じた。胸の中の独占欲がじわりとその枝葉を伸ばす。
つぼ浦が顔色を曇らせたのを見てマンゴーは少し笑った。
「嫌なら早くしないと。らだお、モテるからネ」
「そう……だな」
拙い想いと身勝手なふるまいで独占するような行いは、青井がつぼ浦に毎度噛みついてくるからこそ成り立つ関係だった。それが失われるかもしれないという仮定はつぼ浦を十分に恐怖させた。
つぼ浦は硬い表情でアスファルトを見つめる。その姿をマンゴーは満足そうに見た。
「……でもアオセン、俺のこと嫌ってるし」
「そうナノ?!」
根底を覆す言葉にマンゴーは目を丸くする。
「そ、そうだぞ!俺がなんか事件対応するたびに駆けつけてくるし、すげえ怒られるし。…まあ、全部俺が悪いんだけどよ」
「アー確かに、つぼ浦見るとすぐ飛んでってルね」
「すぐ怒らせちまうんだよ、俺が何してても」
「そうだネ、つぼ浦だけだね」
「本当は怒らせたくなんてないぜ。……俺が、猫くんやカニくんみたいだったら、一緒にいられたのかもな」
つぼ浦は消えそうな声で吐き出した。
三人で歩く後ろ姿は思い出すだけで眩しくて、そこに自分が並ぶ姿は空想でも思い浮かばなかった。
やはり爆弾以外に青井の気を引けるものが見つからない。信用の残骸でできた荒野は不毛で、渡せる花の一輪も見当たらない。本当はただそばにいたいだけなのに、稚拙な所業ばかり思いついてしまうのが辛かった。
「ンー、そうかなぁ」
「そうなんだぜ……」
マンゴーと会う前よりもさらに深い憂鬱が心を捉え、つぼ浦はがっくりと頭を垂れた。