テラーノベル
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#ハッピーエンド
#婚約破棄
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お菓子を食み、季節を狂わせて咲き誇る桜を眺めて──
そんな、微睡むような夢の中にいるかのような
浮世離れした穏やかな午後。
それを無残に切り裂いたのは、鋭い殺気を含んだ呪力を伴う気配だった。
静寂に守られていた屋敷の門を、無遠慮に叩く音。
幾重にも張り巡らされた庭の結界が、侵入者の無作法な接触に微かに震える。
その瞬間
私の隣にいた月城様の目元から、春の陽だまりのような愛の温度が一瞬にして消え失せた。
「……輝夜。少しの間だけ、耳を塞いで、そこで待っていてくれるかい?」
「えっ、月城様……? 何か、あったのですか?」
彼は私の頬に白磁のような指先で優しく触れ、安心させるように慈愛に満ちた微笑を浮かべた。
けれど、そのまま背筋を伸ばして立ち上がった彼の背中は
それまでの「甲斐甲斐しく私の世話を焼く優しい男性」の面影など微塵もなかった。
そこにいたのは、その名を聞くだけで帝都の悪鬼さえも震え上がらせるという
伝説的な「冷酷な天才陰陽師」そのものだった。
縁側へ音もなく進み出た月城様の前に
朝廷の使いと思われる狩衣姿の男たちが数人、血相を変えて現れる。
「月城殿! 報告によれば数日前、この付近の空に異質な『月の光』が降り注ぐのを見た者がいる。もしや貴公、禁忌を犯して『神子』を隠匿しているのではあるまいな?」
「……神子?そのような、国を統べるための便宜上の『道具』など、私の屋敷には必要ないが」
月城様の声は、万物を停止させる氷点下の冷気を帯びていた。
彼は懐から一枚の漆黒の呪符を取り出すと、ゴミでも捨てるかのように無造作に宙へ放る。
「ヒッ……!? な、何をする、月城! 乱心したか!」
「言葉を慎め。私の屋敷の静寂を乱し、私の大切な時間を汚す者は、たとえ帝の直命であっても容赦はしない。……これ以上その醜い口を開くというなら、君たちの舌を、二度と嘘を吐けないよう呪いで縫い合わせるが?」
冷たい、死の宣告。
男たちは、月城様の全身から溢れ出す圧倒的なプレッシャーと
空間を歪ませるほどの魔力に圧され、腰を抜かして無様に逃げ出していった。
その場に残されたのは、彼らが踏み荒らした空気の残滓だけだった。
けれど、彼が踵を返して私の方へ向き直った瞬間。
その氷の刃のようだった瞳は、瞬時にとろけるような熱と甘さを取り戻した。
「怖がらせてしまったかな? 大丈夫だよ。羽虫が少し、庭に迷い込んできただけだ。すぐに掃除させたからね」
「月城様…あの方たちは、私のことを探して……。私、ここにいたら貴方にご迷惑なだけなんじゃ…?」
不安に身を震わせる私の肩を
彼は大きな、驚くほど熱い手で包み込んだ。
そのまま、抗う隙さえ与えず自分の胸の中へと強く引き寄せる。
逃げ場を完全に塞ぐように、けれど壊れ物を愛でるように、強く、深く。
「心配ない。君を政治の『道具』として利用しようとする不届き者には、指一本触れさせない。たとえ天が君を連れ戻そうとしても、私がその天ごと撃ち落としてみせる。……いいかい、輝夜」
「月城様……っ」
「君はここで、私だけを見て、私の愛だけを食べて生きていればいいんだ。わかったね?」
彼は私の額に、誓いという名の重く、熱い口づけを落とした。
耳元で囁かれるその声は、とろけるほどに優しくて
けれど決して逃げられない「甘い鎖」のように私の心を絡め取っていく。
仕事で見せる剥き出しの冷徹さと、私にだけ向けられる狂気的なまでの執着。
そのあまりにも激しい落差に激しく動悸しながらも
私は彼の温かな腕の中から、どうしても抜け出せなくなっていた。