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「アリエッタ、大丈夫!?」
ミューゼ達が悲鳴を頼りにやってきたのは、お風呂。脱衣場の前で、アリエッタが頭を抱えて震えている。
「うぅぅ……」
「どうしたのよ? 何があったのよ?」
何かに怯えた様子のアリエッタを抱きかかえ、落ち着かせようとするミューゼ。後ろにいたクォンが、脱衣場を覗き込んだ。
「……お姫様?」
そこにはネフテリアが、着崩した状態で放心している。ついでに色々零れている。
「し、しんでる……」
「一体何なのよ……なにが起こったというのよ」
「いやいや死んでない死んでない」
危うく雰囲気だけ殺人事件にされそうだったのを、ミューゼが慌てて引き戻した。
なお、女子だけの家という事で嫌な予感がしたムームーは、クォンに任せて途中でリビングに残っている。姉という逆らえない存在に調教された完璧な男の娘は、紳士としても完璧のようだ。
(男として最低な事をしてしまった。でも怖いっ、覚悟決めたのに怖いっ)
アリエッタは泣きそうになっている。声をかけてくるパフィの顔を見る事が出来ずに、顔を埋めてしまった。
「ごめないっ、ごめさいっ」
「?」
震えて謝るアリエッタだが、パフィ達には何があったのかは分からない。
パフィが目配せすると、ミューゼが頷き、手を広げて振りかぶった。
「え?」
今からしようとしている事を理解できないクォン。そんな事はお構いなしに、ミューゼの手が思いっきり横に振られた。
スパーーーーン!
「ぶぼあっ!?」
王女の口からは絶対に漏れてはいけない音を出して、ネフテリアが転がった。
「えぇ……」
国の王女に対しての容赦の無さに、クォンは完全に引いている。
当然王女本人からは、苦情が飛んでくる。
「ちょっと何するのよミューゼ! 痛いじゃないの」
「痛いで済ますんだ。普通は投獄とか死刑とかじゃないの?」
不敬罪に対するリアクションの小ささに、驚きを隠せない様子。初めてミューゼの家に来てからそれなりに経つが、権威が上である程立場が弱くなるという、この家の不思議な力関係にはまだ慣れないようだ。
当人たちはそんな事気にしていないので、しょっちゅう王妃を街中で縛り上げたりしている。それには周りの方がハラハラしっぱなしである。
「で、どうしたんですか? なんで死んでたんですか?」
「いや死んでないけど? なんでわたくし死んだ事になってるの?」
「いやまぁ何ていうか……あはは」
状況が気になっていたクォンが、ここに来た時の事を説明した。
すると、ネフテリアの表情がみるみる曇っていった。
「えっと、そのぉ……服が……」
「服?」
震えた手で近くに落ちているスカートを拾った。それを握りしめ、悔しそうに俯く。
そして言い難そうに、口を開いた。
「は、入らなく…なっちゃ…たぁ」
最後の方は尻すぼみになっていった。顔は青くなり、涙目である。
言葉はそれだけだったが、ミューゼ達は全てを理解した。
「クリムのごはん、美味しいですもんね」
「あぁ……試食とかね」
「うん……」
エルトフェリアを経営し始め、クリムのヴィーアンドクリームが身近になった事で、経営者として手伝いながら、ほぼ毎日のようにクリムが作る料理を口にしていたのだ。
味は絶品で、好きな時に好きなだけ食べてしまった結果が、今である。王城に帰ったり、ミューゼを追いかけまわしたりして動いてはいたが、それ以上に食べていたのか、少しばかり育ち過ぎてしまっていた。
他人から見る分には分かりにくいが、服の締め付けは正直である。
「本当だ。ちょっとプニプニ」
「やめてっ!?」
せっかくだからと、ミューゼがネフテリアのおなかを少し摘まんだ。当然悲鳴が上がる。
そんな王女の悲痛な現実よりも、パフィには気になっている事がある。
「でも何で、アリエッタは怯えているのよ?」
「ああ、それは……」
ネフテリアが言うには、慌てた様子で自分に着替えるように言ったのはアリエッタで、勧められるままに脱衣場で着替えたら、悲しい現実に直面してしまったとの事。
「それって……」
「アリエッタちゃんが、お姫様の……気づいちゃったの?」
「あーつまりこういう事なのよ? テリアにデブった事を──」
「デブった言うな!」
「……教えようとして、厳しい現実を教えてしまったのよ。でも乙女なアリエッタは、それを教えるか迷ったのよ。でも教えなかったら、このままテリアが丸々と育っていくと思って、あえて悪役になったという事なのよ?」
「めっちゃ良い子!」
この次元での生活に慣れてきたアリエッタは、できるだけ単語で会話し、どうしても通じない時は、ジェスチャーや行動で示すという方法でミューゼ達とやり取りをしていた。ミューゼやパフィの方も、アリエッタの性格を完全に把握し、意思を汲み取るのに慣れてきた。
時々間違える事もあるが、すっかり意思疎通が出来るようになっていたのだ。
「アリエッタ、アリエッタ」
「ふえぇ……」
罪悪感でいっぱいのアリエッタは、パフィに背中をぽんぽんと叩かれても、ぎゅっとしがみつく事しか出来ていない。
「アリエッタは立派な女の子なのよ。太るって事が女の子にとってどういう事か、もう理解しているみたいなのよ」
(デリカシーの無い男だって思われる! 嫌われるぅ! いやだああああ!!)
意思を汲み取った結果が正解であっても、実際の思考まで一致するとは限らないようだ。
ここにいても仕方ないので、怯えが増していくアリエッタと、すっかり凹んでいるネフテリアと共に、リビングへと戻った。
運ばれている間、アリエッタの中では天使と悪魔が言い争いをしていた。
《逃げろっ逃げるんだっ。怒られる前に、くりむに責任を取ってもらうんだ!》
悪魔が逃げの道を提示すると、天使も負けじと主張をする。
《待って! そもそも服が小さかったのかも! ここは、のえらに罪を被ってもらいましょう》
天使の方が下衆なのかもしれない。
《だがちょっと待ってほしい。そもそも太ったてりあが悪いよな?》
《その通りです。締めたほうがいいでしょうね、お腹のあたりとかを入念に》
(待って待って! 天使と悪魔の意味ってなんだっけ!?)
悪意満々で全く対立しない天使と悪魔の想像に、ついにアリエッタ本人が乱入した。なかなか酷い自分ツッコミである。
《でもアリエッタ。せっかくデザインした服がこんな短期間で無駄になるって、悲しいでしょう?》
(いやまぁそれはそうだけど、服ってそーゆー物じゃん? プロポーション維持するのだって大変だし)
《ママだってみゅーぜだって褒めてくれたんだぜ? だから痩せてもらう為に現実を見せたんだ。アリエッタは悪くないぞ》
(でも禁忌は禁忌だよ。悪い事をしたら怒られないと……おこられ……うぅ)
《いやだああああ!!》
《うわーん!!》
アリエッタは天性の泣き虫となっているので、その天使と悪魔も当然泣き虫である。アリエッタの心の中で、天使と悪魔と本人が泣き叫び始めてしまった。
いくら怒られる事を覚悟して行動しても、怖いものはやっぱり怖い。感情豊かな子供の精神だと尚更である。
3人揃って泣いたアリエッタが現実でも泣いてしまうのは、当然と言えよう。
「ふえああああん! ごめさー!」
「ひゃあっ! よしよし~大丈夫なのよー」
「結局どういう事?」
「お姫様が太って服を着られなくなったのです」
「ちょっ、バラさないでよ!」
「あー……」(聞かなきゃよかった)
なんとなく経緯を聞いたムームーが後悔し、今後の対策会議が始まる。
議題は当然ダイエット。
「パパと一緒に運動するのよ?」
パフィの父親であるマルクは、現在もダイエット中である。かなり痩せてはいるが、元が大きすぎた為、しっかり標準まで戻すのに時間がかかっているようだ。それに、運動が習慣として根付く前に、食べ物だけのラスィーテに返してしまっては、簡単にリバウンドし、今度こそ悪魔に食べられてしまうだろう。
事情と現状を知っているネフテリアが、そこに混ざる事を想像し、顔をしかめた。
「おっさん多いじゃん……」
「ワガママなのよ」
中年達の汗に混ざる気は無いようだ。
「じゃあラスィーテに行ってみます?」
「わたくし物理的には食べられたくないんだけど……」
「ワガママなのよ」
「えっこれワガママなの?」
「ぐすっ」(……あれ? まだ怒られてない。なんか話が始まってた)
話の途中になんとなく落ち着いたアリエッタは、パフィのお腹ではない柔らかな部分に身を埋めながら、会議を見守るのだった。
なお、何を言っているのか半分以上分かっていない。とりあえずネフテリアが話の中心になっている事だけは、なんとか理解した。
(痩せる道具とか作れないかな。運動かぁ……)
もしかしたら、自分にも将来そんな悩みが訪れるのかもしれないと思い、前世の記憶を辿って、何かないか考えるのだった。
ちなみに、アリエッタの脳内で行われた下衆な会議は、何の意味も成す事はなかった。