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「ミシェル、お前なんつー顔してんだよ。こえーな、討ち入りにでも行くのかよ」
バングルとアンクレットを交互に眺めてニヤけていた私は、ルイスさんの声ではっと気がつく。
ミシェルさん……? 穴が開くのではと思うほどの強い視線を感じます。もしかしなくても彼女のその視線は私……いや、私の手元に注がれているような……
「クレハ様のそのバングル……」
「ひょっとしてお前も欲しかったのか? 悪いけど姫さんとボスのしか用意してないぞ。欲しいなら自分で買いに行ってくれな」
「違うよ!! るー君、静かにしてて。もうちょっとで思い出せそうなんだから」
ミシェルさんは一生懸命に何かを思い出そうとしているらしい。それであんな難しい顔をしていたのか。私が頂いたバングルに関係することみたいです。
レオンとお揃いだという銀色のバングルには白くて小さな丸い石が3つ並んで付いていた。彼の好みに合わせて飾りも控え目だ。
「あーっ、もう!! ここまで出かかってるのにーーーー!!」
「思い出せそうで出せないあの感じ……気持ち悪いよね。バングルはリアン大聖堂で売っていたよ。バングル以外の物もたくさんあったから、気が向いたらミシェルちゃんも一度行ってみたら良いかもね」
「リアン大聖堂は警備もしっかりしてるし、商人も安心して店を出せるんだろうな。俺も暇ができたら行ってみようかな」
「出店料が割高らしいけどね。でも警備代だと思えば安いもんだって、バングルを売ってた商人は言ってたよ。自分の所は宝石類も扱ってるから特にって……」
えっ、待って……レナードさん。ひょっとしてこのバングルとアンクレットに付いてる石って本物の宝石ですか!? それじゃ、ものすごくお高いんじゃないの。貰っちゃって良いの? で、でも一度頂いた物を突き返すのは失礼だからできない……どうしよう。
「ミシェル、クレハ様がお前に怯えてるぞ。バングルの何がそんなに引っかかるのか知らないけど、その辺にしておきな」
「いや……そうじゃなくて」
クライヴさんは私が狼狽えている理由を勘違いしている。違うんです、ミシェルさんは関係ありません。
「思い出した!!!! ニコラ・イーストン!! ニコラさんがしてたやつだ」
「うるせー。誰だよ、それ」
叫ぶようにミシェルさんが口にした名前。聞き覚えの無いであろうその名前に、ルイスさん達は首をひねっている。しかし、私は彼らと同じ反応にはならなかった。なぜなら――
「クレハ様はご存知ですよね。ニコラ・イーストンはジェムラート家の使用人ですもの」
「はい……」
私はその名前を知っていた。ニコラさん……彼女はうちの家で働いているのだ。フィオナ姉様付きの侍女なので、私と直接関わることはあまりなかったけれど。
「そのバングル……どこかで見たことあると思ってたんだけど、やっと思い出せたよ。私、クレハ様の帰宅に備えて先にジェムラート家のお屋敷に行ってたじゃない? そこで会った侍女がしてたバングルとよく似てるの。色や石の種類は違ったけどデザインは全く一緒」
「それがどうしたんだよ。オーダーメイドでもないし、よくあるデザインじゃね? 教会で普通に売ってるんだから、その侍女が似たやつ持っててもおかしくないだろ。なぁ、レナード」
「そうだね。値段の方は素材や装飾によってピンキリだったけど、同じデザインの物もたくさんあったよね。その侍女もリアン大聖堂で買ったのかもしれないよ」
タイミングが良かった事もあり、ご兄弟がバングルを買った商人は目移りしてしまうくらいのアクセサリーを所持していたそうだ。価格もリーズナブルな物から少々値の張る高級品までよりどりみどり。
私が頂いた物は後者だったもよう。バングルの素材はプラチナで、白い石は真珠……アンクレットに付いていた紫色の石はアメジストだそうです。やっぱり本物の宝石でした。バングルはレオンとお揃いだもんな。王太子殿下が身に付けるんだから、それなりのお品を用意するのは当たり前かぁ……
「そのバングルをしてたニコラさん、私に対する態度がちょっと妙だったの。だから印象に残ってたんだけどね。あからさまに避けられたりもしたし。私、怖がられるような事した覚えないんだけどな。ちゃんと侍女のふりもしてたのに」
ニコラさんは姉様をとても可愛がっていたらしい。体調を崩している姉様が心配でないはずがない。様子がおかしく見えたのはそのせいではないだろうか。あれ? でも、姉様はリブレールへ保養へ行っているはず。ニコラさんは同行しなかったのか……
事件のせいで私の帰宅はまた延期になってしまった。次の日程も未定状態。みんなどうしてるかな。
「姫さんはどうよ。その侍女の態度がおかしい理由に心当たりとかあったりする?」
「ミシェルさんが原因ではないと思います。多分、体調が良くない私の姉が気掛かりで心を乱しているのではないかと。ニコラさんは姉の専属でしたので。その分、私との関わりはあまり無くて……使用人についてなら私よりリズの方が詳しいかもしれません」
「ジェムラート家は使用人の数もかなりのものですものね。リズちゃんのお父さんは料理長を任されてるんでしたっけ?」
「はい。リズ本人も昔から屋敷に出入りしていましたし……侍女見習いを始める以前からも、仕事を手伝ったりしてました」
「じゃあ、リズちゃんに後で聞いてみようかな。クレハ様、リズちゃんとお話しさせて頂いてよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん。リズは今、侍女長の所で指導を受けている最中ですので、それが終わってからになりますが……」
リズは王宮に来てからというもの、とても熱心に仕事を学んでいる。予想もしていない形で始まった王宮での生活で、私が寂しくならないようにと、レオンが彼女を連れて来てくれたのだった。私の話し相手として呼ばれたので仕事はしなくて良いはずだったのだけど、リズは『後学のため』と言って譲らなかった。こういう所は頑固なのだ。
「ミシェル、それ俺も同席して良いか?」
「いいけど……どうしたの? クライヴさん。ずいぶん乗り気じゃない」
「俺はクレハ様のお友達にまだ会ってないんだ。深い意味はないよ」
クライヴさん、まだリズと会ってなかったのか。リズったら短期間にたくさん美形達と接触して彼らの輝きに当てられて目がチカチカするなんて言ってたから、クライヴさんに会った後はどんな反応するかな。クライヴさんも男らしくてカッコいいからなぁ。
私はクライヴさんの顔を見つめた。すると……私の能天気な思考はそこで停止してしまったのだ。その時のクライヴさんの顔は真剣そのもので……ともすれば不安を抱いているようにも見える。私の心の中にほんの僅かだけど疑惑の感情が芽生えた。リズに会うことを『深い意味はない』と言った、彼の言葉は果たして本当なのだろうかと……