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朝七時。寝坊した葉弐は、全速力で街を疾走していた。赤いブーツがアスファルトを叩き、空気砲が補助的な加速を生むたびに、通行人の服をなびかせるほどの風が吹く。
その異様な速度を、信号待ちのバイクから高良が見ていた。
「……アイツ、昨日の兄ちゃんか? てか、足めちゃくちゃ速えな。後輩に欲しいくらいだ……」
高良は感心したように呟く。
「次見つけたらタバコの礼に飲みに誘って、組に勧誘でもしてみるか」
だが、その願いは数分後に最悪の形で裏切られることになる。
葉弐が公園へ滑り込んだ時、アホライダーはすでに隠れていた構成員の襟元を掴み、無機質な圧力で詰め寄っていた。
「おい、何してんだ!」
葉弐が慌てて止めに入ったその時、重厚な排気音を響かせて高良のバイクが到着した。
バイクを降り、ヘルメットを脱いだ高良の表情が凍りつく。
「……何とも皮肉な運命だな。兄ちゃん、お前がソイツの仲間だったとは」
「昨日の……」
葉弐の言葉を遮るように、高良の低い声が公園の空気を支配する。
「うちの若いのが一人、ソイツに殺られた。小笠原の顔に泥を塗った報いだ。親父からは殺害命令が出ている」
「かかってこい」
アホライダーが静かに一歩前へ出る。その無言の圧力に、周囲の空気がピリリと張り詰める。
「待てよ、話が盛られてねえか!?」
葉弐が必死に叫ぶが、高良は首を振った。
「上島が居なくなったのは事実だ。……問答無用」
アホライダーが拳を握りかけたその時、葉弐がその前に立ちはだかった。
(こいつが戦ったら、街が壊れるどころか取り返しがつかなくなる……!)
葉弐は震える拳を固め、覚悟を決めた。
「……おっさん。悪いけど、僕を先に倒していけ」
「……面白い。恩を仇で返す形になるが、仕事だ」
アホライダーは後ろで「がんばれ、葉弐」と、棒読みの声をかける。
火野は「さすがに不味いわよ……」と冷や汗を流しながら、最悪の結末を予感していた。
高良が懐から短刀を抜き放つ。
(あんなに優しそうな人となんで……)
葉弐の胸に悲しみが過るが、それは高良も同じだった。
高良が地面を蹴り、弾丸のように走り込む。
葉弐は紙一重で上体を逸らして短刀をかわすが、高良は空いた左足で強烈なヤクザキックを葉弐の腹に叩き込んだ。
「ぐはっ……!」
後ろに転がりながらも、葉弐は赤いブーツの空気砲を最大出力で噴射する。
「おおおっ!」
高く跳躍し、空中で体勢を整えて高良の顔面へ踏み込もうとする葉弐。だが、高良は冷徹に拳銃を引き抜いた。
「空中じゃチャカは避けられねえぞ!」
放たれた銃弾が葉弐の左肩を貫通する。
「あがっ……!」
地面に激突し、苦悶する葉弐。高良は隙を見逃さず、続けざまに銃弾を撃ち込む。
葉弐はなりふり構わず転がり、茂みの中へと身を隠した。
「隠れたところで、先にこいつらを始末するだけだ」
高良がアホライダーへ銃口を向けた、その瞬間。
茂みから、常人には不可能な踏み込みで葉弐が飛び出した。
「なにぃ!?」
予想外の加速。空気砲の全エネルギーを「前への推進力」に変えた葉弐は、一瞬で高良の懐に潜り込んでいた。
「……これで、終わりだ!」
空気砲の発射衝撃を拳に乗せ、葉弐は下から突き上げるような右ストレートを高良の顎に叩き込んだ。
「ガハッ……!」
衝撃波とともに、高良の巨体が宙に舞う。そこへ、滞空中の高良の腹部に葉弐の必殺の蹴りがめり込んだ。
三メートルほど吹き飛び、砂埃を上げて高良が転がる。
高良は血を吐きながら起き上がり、凄惨な笑みを浮かべた。
「……そんなに強いなら、本気を出さないとなあ!」
拳銃を乱射しながら、高良が真正面から突っ込んでくる。
葉弐は咄嗟に横へ飛ぼうと体を捻った。
だが、その瞬間――高良の口元が歪む。
「そっちに避けるよなあッ!」
腕がしなる。
次の瞬間、全力で投げ放たれた短刀が一直線に飛んだ。
回避したはずの葉弐の脇腹に、刃が深々と突き刺さる。
「ぐっ……!」
肉を裂く鈍い感触とともに、鮮血が弧を描いて散った。
葉弐の動きが一瞬、止まる。
「死ねぇ!」
高良はもう一本の短刀を逆手に構え、そのまま距離を詰めた。
とどめを刺すつもりだ。
刃が振り下ろされようとした、その刹那。
葉弐が歯を食いしばる。
「……なめるな!」
脇腹に突き刺さった短刀を、力任せに引き抜いた。
血が噴き出す。
そのまま踏み込み、迫る高良の腹へ刃を突き立てる。
さらに――
斜め上へと、力任せに切り上げた。
「……まさ、か……」
高良の目が見開かれる。
次の瞬間、力が抜けたように膝をつき、血を吐いた。
そしてそのまま、地面へと崩れ落ちた。
火野が駆け寄り、自分のシャツの袖を引きちぎって止血を試みるが、葉弐はすでに意識を失っていた。
高良が消え入りそうな声で、火野を見上げる。
「……なぜ、街の秩序を乱すような奴の味方を……」
「秩序? 笑わせないで」
火野は、懐からスマートフォンを取り出し、録音データを再生した。
『赤い目をした男に、炊き出しを邪魔されたのよ!』
聞き覚えのある中年女性の声に、高良の目が微かに見開かれる。
火野は、飯田が闇金で稼いでいたこと、アホライダーがそれを「消去」しただけの事実を詳細に伝えた。
「……もっと調べるべきだった。申し訳……ない……」
高良はそう遺すと、深い眠りに落ちるように意識を失った。
火野は高良の拳銃を拾い上げると、木陰で震えていた構成員の額に冷たい銃口を押し当てた。
「……この男は生かしてやる。闇医者へ連れて行きなさい。……次、私たちの前に現れたら、次は全員消去よ」
構成員は怯えながら高良を抱え、車へと逃げ去っていった。
朝の公園には、血の匂いと、静かすぎる静寂だけが残った。