テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
清々しい空気と活気に満ちた市場の喧騒。
「さあ、ショウ! 今日こそあの洞窟の謎を解き明かして、異界転移の理論を確立させる! あなたがどうしてこっちに来たのか、イカサマを暴けるのか、その根源を……」
「はいはい、歩きながらメモを取るのはやめなよ、ルーシー。転んで本を汚すのがオチ……」
その時だった。向こうから歩いてきた小柄な影とすれ違う。
フードの隙間から、ぴこぴこと動く三角形の耳と、勝ち誇ったような八重歯が見えた。少女はそのまま雑踏に紛れるように走り去り、路地裏の角で立ち止まってフードを脱ぎ捨てた。
「ワハハハ! チョロい、チョロすぎるぞヒューマン! いや、このウチの天才的なスリの腕前が!」
こっそりと見ていると、現れたのは、犬の耳とふさふさの尻尾を持つ獣人の少女だった。彼女は僕から奪い取った「財布」を高く掲げ、勝利の舞を踊っている。その姿は、お転婆を通り越して、どこか傲慢で騒がしいエネルギーに満ちていた。
「これで今日のご馳走はウチの……えっ?」
少女が財布の中身を確認しようと口を開けた瞬間、その顔が凍りついた。 財布の中には金貨も銀貨もなく、代わりに一枚のトランプ――ジョーカーが、彼女を嘲笑うように収まっていた。
「残念。それはただのデコイ(身代わり)だよ」
いつの間にか彼女の背後に立っていた僕が、静かに声をかける。
「ひぎゃあああ!? い、いつの間に後ろに!」
「君が僕の偽財布を抜いた瞬間、僕も君の『これ』を抜かせてもらった」
僕は人差し指の先に、古びた、しかし大切に使われていたであろう革製の巾着袋をぶら下げて見せた。
「ウチの巾着!? な、なな、なんだお前! 魔法か! 呪いか! それともワシを嵌めるための罠か!」
「ただのマジックさ。君の意識が僕の右手に集中している間に、左手で君の腰の紐を解かせてもらった。……ピックポケット、スリの腕は悪くないけど、詰めが甘いね」
「返せ! それはウチの……ウチの全財産なんだぞ! 奴隷商から逃げ延びて、やっとの思いで貯めた……!」
少女は地団駄を踏み、野良犬のように僕に噛みつかんばかりの勢いで吠えた。その表情は悔しさで真っ赤だ。
「……奴隷商、ね。まあ、食い詰めてるのは分かった。でも、この指先の器用さと身の軽さ……。スカウトする価値はあるかな」
「は? スカウト?」
「僕の助手にならないかい? 助手と言っても、君の仕事は『仕込み』と『回収』だ。君のその手癖の良さは、マジックの舞台裏では重宝する」
少女は一瞬、きょとんとして耳をパタパタさせたが、すぐに「ニカッ」と不敵に笑った。
「ほう……! つまりこのウチの才能に跪いたわけだな! よかろう! ウチを雇うからには、毎日美味いもんを食わせろよ! それが契約の条件だ!」
「ショウ!? ちょっと待ちなさいよ!」
それまで呆然としていたルーシーが、慌てて僕の間に割って入った。
「なによこの騒がしい子! そもそも、自警団の顧問になろうかって人が、スリを現行犯で雇うなんて……教育に悪すぎるわ!」
「いいじゃないか、ルーシー。マジシャンには、真面目すぎる助手よりも、これくらい『野性的』な方が向いている」
「ワハハ! 聞いたか女! ウチはこの男に認められた、最強のパートナーなのだ!」
「うるさい! 尻尾を振り回さないで、埃が舞うでしょ!」
賑やか……というよりは、爆発的な騒がしさがパーティーに加わった。少女は僕が返した巾着を掴むと、さっそく僕のシルクハットを奪い取って自分の頭に載せ、ポーズを決めている。
「よし、決まりだ。洞窟なんて湿っぽいとこは後回し。飯でも行こう」
「ちょっと、ショウ! 調査はどうするのよ……! ああもう、私の理論が食欲に負けるなんて……!」
ルーシーの嘆きをBGMに、僕たちは来た道を引き返し、町で一番の香ばしい匂いが漂う食堂へと足を向けた。
「ところで、君、名前は?」
「ティル!」
新しい「相棒」の、騒がしい笑い声を聞きながら。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!