「スターデンメイアが滅んだのですか!?」
ジグレさんがまるで世間話でもするかのように語った凶報はとても衝撃的なものでした。
「シスター・ミレ?」
「おいおいそんなに慌てる事なのか?」
「確かに国が滅んだのは驚きだが、遠すぎてリアフローデンには余り関係がないだろ?」
スターデンメイア王国は王都を挟んでここ辺境の地リアフローデンとは反対側に位置する我が国の友好国です。ここからでは遠い世界の話であり、彼らにとっては文字通り対岸の火事なのでしょう。
「問題はそんなに単純ではありません」
ですがスターデンメイア王国は魔族領と接しており、周辺諸国にとって防壁となってくれているのです。かの国が魔族に滅ぼされたのは周辺諸国が防波堤を失ったことを意味します。
しかも魔王の復活で魔が活発化するのは間違いありません。それを防いでくれる防壁が無くなったのですから、我が国を含めて周辺諸国における魔の浸食はいかほどのものでしょう。
「恐らくここ最近の魔獣騒動にも関係していると思われます」
「ええ間違いないでしょう、実際ここ以外の領も魔獣の被害が酷いのですよ」
私の推測にジグレさんが頷き、やっと事の重大さに思い至った自警団の方々も険しい表情になりました。
「更にまずいのはアシュレイン王国が魔族から侵攻されたスターデンメイアの救援要請を秘匿し援軍を送らずに見殺しにした事です」
「そ、そんな!」
ジグレさんが暴露した国の密事に私は頭を抱えたくなりました。
「何と言う愚かな真似を……」
「王家は数々の失態を晒しました。そのせいで国の貴族達からの信を失い、王家の求心力は低下の一途です。遠征を厭う貴族達の賛同を得られず軍を起こせなかったようです」
私との婚約破棄、クライステル伯爵家の取り潰し、王太子妃エリーの怠慢と浪費。他にも失策や不祥事が続き、
ジグレさんの話ではまともな貴族からは距離を置かれてしまっているらしいのです。
「そこにきてスターデンメイアへ援軍を送らなかったとなると外交も拙いのですね」
「もう取り返しのつかない状況ですよ」
私とジグレさんの会話に自警団の方々が首を傾げています。
「助けなかったのはヒデェと思うが何がまずいんだ?」
「他の国からの心証が悪くなるってことじゃないか?」
「でもよぉ他の国の事だろ?」
「援軍を送らないだけで関係が悪化しちまうもんなのか?」
市井の人間、それも王都から離れた辺境の地では政策の優劣など考えもしないのが普通です。ましてや外交など埒外でしょう。
「スターデンメイアは魔族から人の領域を守る要の国なのです。ですから周辺諸国は彼の国が魔族に攻められれば救援を送る約定が結ばれているのです」
「当然、彼の国が滅びれば魔の脅威に晒されるという問題もあるのですが、それ以上に約束を破ったという事実が問題なのです」
「我が国はスターデンメイアの周辺諸国の中で最も強大な国なのです。この約定の盟主になっており何を置いても彼の国を救う義務があったのです」
私の説明にいまいちピンとこない様子の自警団の方々にジグレさんが苦笑いしております。
「身近な事で置き直して考えてみてください。例えば頭連が不幸のあった家に見舞金を皆で募ろうと取り決めしたとします。ある時、実際にどなたかの家で不幸があって皆がお金を出し合っている時に頭がそれを拒否したら、皆さんはどう思われますか?」
「そんなの許せるわけねぇ!」
「そーだそーだ」
「どの頭の事だ!?」
「バカ、例え話だろ」
「今の様に皆さんはお怒りになられました。つまり、それが我が国に対する周辺諸国の感情なのです」
さすがに皆さんも何がいけないのか気がついたようで、顔色がわるくなりました。
「もし、その状態で頭連が触れを出したとして、皆さんはそれに従うでしょうか?」
「俺は嫌だね」
「「「同じく」」」
「それが我が国の状態です。我が国は大国として周辺諸国に大きな影響力を持っていました。どの国も我が国の言葉を無視できなかったのです。しかし今後はどの国も耳を傾けてくれないでしょう」
これは完全な王家の失態です。この国の貴族の王家からの離心は避けられないでしょう。
「今後、我が国は他の国から援助を受けられない可能性もあるのです」
「実はこの話は私がこちらに来ていた去年の出来事で、この1年で王家の信用は手の施しようが無い状態になってしまいました」
ジグレさんの話では、エリーが聖女の務めを怠り魔獣被害は留まる所を知らないようです。さらに、被害の援助や補填と魔獣討伐の為の軍備増強に国の財政は逼迫してしまっている。
その補填に国は増税を重ね、民の不安と不満は次第に増大する悪循環に陥ってしまっているのだとか。
かなり絶望的な状況です。
いったいこの国はどうなってしまうのでしょう。
「そこで国王は王家の威信と国の信用を回復すべく1つの決断を下しました――」
この状況で打てる手はそれほど多くありません。
現状を打破する方策として私が思い付くのは、全軍を挙げて魔王を討伐する、これしか無いでしょう。
しかし、国王はこの期に及んでも自らの手を汚す事を嫌ったようでした。
「――魔王討伐の為に『勇者』召喚を行ったのです」