傾いた陽に真っ赤に染まった王都――
大きな建物が立ち並ぶ街を吹き抜ける風に多少の涼がとれる心地よい夕暮れ。
初夏に入り既に暑くなり始めたこの時期に、鎧で全身を覆った集団が正門から城へと向かって進んで行く。
「あいつら出撃してたのか?」
「今朝、飛び出して行った連中だな」
その物々しい一団に赤髪の男が首を傾げ、その騎士達の様子を見ながら青髪の男が事も無げに答えた。
「また近くで魔獣が出たのか?」
「最近では珍しくもないだろ?」
「まあなぁ……」
青髪のそっけない回答に赤髪も相槌を打って再び視線を騎士達に戻してため息が漏れる。
「それにしても酷いありさまだな」
馬上の騎士達で綺麗な鎧を身に付けている者は1人もいない。傷だらけで、板金がひしゃげ、兜や籠手、脛当てを失っている者も少なくなかった。
さらに後続の馬車には馬を失ったのか荷台に座る騎士達が力無く首を前に垂れ、傷つき包帯を巻かれた者達が呻き声を漏らしていた。中には身体を欠損しているのか、包帯を巻かれている手や足の長さが合わない者もいた。
赤髪に釣られて視線を向けた青髪もその痛ましい姿に顔を険しく歪ませた。
「結界による守護も、浄化による恩恵も得られない状況だからな」
「聖女がいるといないで大違いだな」
「まあ、この王都にも聖女はいるにはいるんだが……」
青髪は騎士団の向かう先へ顔を向けた。
そこにある王城は白を基調とした壮麗な建造物で、周辺諸国の盟主たるこの国の象徴であった。
それが王都民の自慢であり、誇りでもあった。
だが、今では民を苦しめる忌まわしい王家の奢侈の証しでしかない。
「あそこにな」
青髪の言葉に釣られて、赤髪も王城へ目を向けて嘆息した。
確かにそこには王都で唯一の聖女がいるのだが……
「ありゃダメだな」
「ああ、噂じゃ神聖術も殆ど使えなくなっているらしい」
「スリズィエなんて気を使って呼ぶ必要もなくなっちまったしなぁ」
「信者もいなくなって密告する奴ももういないからな」
平民時代のエリーは数多くの民を助けていた。その時に助けられた者達が彼女の熱烈な支持者になり、それに後押しされる形で王太子妃になったのだ。
しかし、王太子妃になった後の彼女の振る舞いが信奉者を失望させ、1人また1人と彼女を讃える者がいなくなり、昨今ではその人気は完全に影を潜めてしまってる。
「今じゃ非難の声の方が大きいしなぁ」
「あいつは贅沢に溺れた堕ちた聖女だからな」
「この国はどうなっちまうのかねぇ?」
2人は再びボロボロで力無く進む騎士団に目を戻すと一層その顔を曇らせた。
「あいつらも王都を守護する為に戦ってくれてはいるんだが……はっきり言って自業自得としか俺には思えん」
「自業自得?」
「クライステル嬢の事さ。彼女が結界を張り、土地を浄化し、魔獣を討伐してきた。その恩恵を間近で見てきたのはあいつらだ。それなのに彼女の追放を止めるどころか加担したんだから同情の余地が無い」
そう言って肩をすくめる青髪に赤髪はため息を吐いたが、すぐに何かを思い付いたのか、あっと声を上げた。
「そうだ、その追放した聖女を王都に呼び戻せばいいじゃねぇか」
「彼女を偽聖女と決めつけ冤罪で追放したのをもう忘れたのか?」
青髪は呆れた目を赤髪に向けた。
内心では大声で罵倒してやりたい。
彼女は聖女として国に安寧をもたらし、王家の威光を尊重し、王都の民達を守ってきた。それを一方的に踏み躙ったのは王家であり、貴族であり、騎士達であり、王都の民達なのだ。
いったいどの面下げて戻ってこいなどと言えるのか。
いや、今の王家なら厚顔無恥にも彼女に王都へ戻るよう命じるかもしれない。だが、それではエンゾ様の時と同じではないかと青髪は思う。結局は一時凌ぎでしかなく、聖女を使い潰すだけの愚かな行為でしかないのだ。
「だ、だけどよぉ。あれは王族がやったことだろ?」
「お前だって彼女に石を投げただろ」
「俺は騙されてただけで悪くないだろ?」
「お前さ……同じ立場だったとしてそれが言えるのか?」
赤髪の言い訳に青髪の顔が険しくなる。
「ずっとみんなの為に働いていたのに、謂れの無い罪でなじられ、石を投げられたんだぞ……それなのに、俺達は騙されていただけで悪くないから助けてくれってか?」
「そ、それは……」
「今更リアフローデンで活躍しているのを知ったからって、手の平を返されても彼女が戻ってくるとは思えんがね」
「……」
青髪の吐き捨てるような非難に、赤髪はでも、だってと何やらぶつぶつと言い訳をしたが、青髪は全く聞く耳を持たなかった。
「おおい! ここにいたのか」
剣呑な雰囲気になった2人に、騎士団の流れとは逆から走ってきた茶髪の男が声を掛けた。
「どうしたんだそんなに慌てて?」
「いや凄い話を聞いてな……魔王討伐に国王様が遂に動いたらしい」
その話に青髪はそれほど驚きはしなかった。この国の現状で打てる手は多くないのだ。これは彼にとって予想の範囲であった。
だが問題がある。
「この国にそれを成し得る余力はないだろ?」
「いやそれがな、『勇者召喚』に成功したんだそうだ」
「勇者?」
何やら胡散臭い話に青髪は眉を寄せたが、興奮している茶髪はそれに気がつかない。
「ああ、魔王を倒せるくらいすっげぇ力を持っているらしい」
「そんなに強いのか?」
「勇者の力を見た貴族達がこぞって討伐軍に参戦を表明したくらいなんだから確かなんだろ?」
「おお、そいつは信憑性が高そうだ」
「これで魔王が討伐できれば世の中きっと良くなる!」
興奮気味に歓喜する赤髪と茶髪を見て、青髪は頭を抱えたくなった。王家は自分の力では何も解決せず、いつも他人に押し付けるのだなと。
求心力を失えば聖女に冤罪を被せ、人気のある聖女を取り入れ、今度は『勇者』ときたものだ。いったい次は誰に責任を押し付けるのか?
浮かれる赤髪と茶髪に、気付かれないように青髪は溜息交じりに呟いた。
「本当にこの国はどうなってしまうのかね」
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