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スラックスのポケットに手を突っ込んでマンションの鍵を探りつつ、仕事で疲れた躰を引きずりながら通りを歩いていると、その存在にすぐに気づくことができた。合鍵を渡しているのに、なぜだかマンション前で星を見上げている恋人を目の当たりにして、橋本は慌てて駆け寄る。
「雅輝、どうした? 鍵を失くしたのか?」
橋本のかけた声に反応して振り向き、靴音を立てて駆け寄るなり、掻っ攫うように抱きつかれた。
「おいおい。鍵を失くしたくらいで、俺は怒らないって。また作ればいいだろ」
骨が軋むくらいの強い抱擁に呆れながら宥めてみたものの、宮本は橋本の肩に顔を埋めて、一向に喋ろうとしない。
「雅輝?」
昼間逢ったときとは一転した様子に、橋本はありえそうなことを考えてみる。思い当たるフシは、一つしかなかった。
「おまえ野木沢と、なにかあったのか?」
野木沢というワードが出たタイミングで、宮本の躰がビクついた。
「図星か、めんどくせぇな」
「ごめんなさい、俺は」
放り出すように橋本から手を放した宮本は、俯いたまま後退りして距離をとる。それを引き留めるために橋本は手を伸ばして、宮本の右手を掴み寄せた。
「違うって。めんどくせぇのは雅輝じゃない。野木沢のことさ」
通りに誰もいないのをいいことに、掴んだ右手をさらに引っ張り、近寄った宮本にキスをした。触れるだけで終わらせようとしたのに、橋本の後頭部を掴んだ宮本が、これでもかと深く口づける。
「んうっ……」
橋本の甘い声を聞いて、宮本から唇を外した。
「陽さん、俺ね、俺は」
「俺は雅輝が好きだ」
宮本の言葉を遮った橋本のセリフに、宮本の瞳がゆらりと揺らめく。不安をかき消すような内容だったからか、目の前の顔から困惑の色が消えていった。
「陽さんには敵わないな……」
「伊達に年食ってるわけじゃねぇってことさ。とりあえず話は、家に帰ってからするか」
橋本は、宮本の利き手を掴んで歩き出そうとした。それなのに、引っ張る力を無にするように立ち竦む。
「雅輝、これ以上手をかけるなって」
「話し合う前にそのぅ……むぅ」
「なんだ? 早く言えって」
ぐいぐい引っ張ったら、やっと歩き出した宮本。引きずられるように歩きながら、ぽつりと呟く。
「陽さんとエッチがしたい……」
蚊の鳴くような小さな声に反比例して、橋本の頬がぶわっと赤く染まったのだった。