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のりもちさん
209
⭐️
100
「 勇斗、今日寝た? 」
スタジオに入った瞬間、仁人がそう言った。
「 第一声それ? 」
思わず笑う。
「 いや、だって顔に出てる 」
「 そんなに? 」
「 うん。めちゃくちゃ眠そう 」
仁人は呆れたように笑った。
こういうところが、仁人らしいと思う。
誰より周りを見ていて、小さな変化にもすぐ気づく。
俺が隠そうとしていることまで、見つけてしまうくらいに。
「 大丈夫。ただの寝不足 」
「 また? 」
「 またって言うなよ 」
くだらない会話。
いつもの朝。
この時の俺は、これからの日々が少しずつ変わっていくなんて考えてもいなかった。
リハーサルが始まる。
何度も立ってきたステージ。
何度も歌ってきた曲。
体は覚えている。
音が流れれば自然に動ける。
……はずだった。
「 じゃあ、ここもう一回お願いします 」
スタッフさんの声。
返事をしようとして、少し遅れた。
聞こえなかった。
「 勇斗? 」
仁人が隣を見る。
「 ……ごめん、もう一回言って 」
「 え? 」
「 いや、なんでもない 」
笑って流した。
たまたま。
そう思った。
でも、その日は何度も同じことが起きた。
指示が一瞬遅れて聞こえる。
人の声が遠く感じる。
右耳の奥で、小さな音が鳴る。
キーン。
高い音。
静かな場所ほど、その音だけが目立った。
「 勇斗 」
休憩中、仁人が声をかけてくる。
「 ん? 」
「 今日、本当に大丈夫? 」
「 大丈夫だって 」
反射的に答える。
仁人は黙った。
たぶん、嘘だと分かっている。
でも無理に聞いてこない。
そこが仁人の優しさだった。
帰り道。
一人になってから、イヤホンをつけた。
いつも聴いている曲。
流れる音楽。
でも。
違和感があった。
右側だけ、少し小さい。
イヤホンを外す。
もう一度つける。
変わらない。
「 ……なんだよ 」
小さく呟く。
不安になる。
でも、その不安を認めたくなかった。
疲れてるだけ。
寝不足。
最近忙しかったから。
理由はいくらでも作れた。
数日後。
違和感は消えなかった。
むしろ、少しずつ大きくなっていた。
「 勇斗 」
帰り際、仁人が呼び止める。
「 なに? 」
「 病院行った? 」
一瞬、言葉に詰まる。
「 なんで 」
「 分かるよ 」
仁人は真剣な顔をしていた。
「 勇斗、最近ずっと無理してる 」
「 …… 」
「 俺には言って 」
その一言が、胸に刺さった。
言いたかった。
怖いって。
何かがおかしいって。
でも。
口にした瞬間、本当に何かが変わってしまう気がした。
「 大丈夫 」
結局、また同じ言葉を言った。
仁人は少し悲しそうな顔をした。
その日の夜。
眠れなかった。
部屋の中は静かなはずなのに。
耳の奥では、ずっと音が鳴っている。
スマホを手に取る。
仁人とのトーク画面。
『 大丈夫? 』
少し前に届いていた。
返信を打つ。
『 大丈夫 』
でも、送れなかった。
その言葉が、今の自分には嘘に思えたから。
翌日。
俺は病院へ行った。
簡単な検査だけ。
そう思っていた。
すぐ帰れると思っていた。
でも。
診察室で先生は、少し間を置いてから言った。
「 もう少し詳しい検査を受けた方がいいです 」
「 ……何か問題ありますか? 」
先生は慎重に言葉を選んだ。
「 原因を調べる必要があります 」
その瞬間。
胸の奥が冷たくなった。
大丈夫。
そう思いたかった。
でも。
初めて、自分の中に小さな怖さが生まれた。
病院を出る。
空はいつも通り青かった。
街もいつも通り動いていた。
なのに。
俺だけが、少し違う場所に立っている気がした。
スマホを見る。
仁人からメッセージが来ていた。
『 今日、ちゃんと休めよ 』
たったそれだけ。
なのに。
なぜか泣きそうになった。
俺は画面を閉じる。
まだ言えない。
まだ、大丈夫だと言いたい。
でも。
この小さな違和感が。
俺の未来を変えてしまうことを。
この時の俺は、まだ知らなかった。
コメント
3件
すいません。10いいねしか押せません。web。すいませんでした。 はい、もおーーーーーーーーー!!! なんだよーーーーーーー👊🏻👊🏻 最後の一文ですごい続き気になるじゃんかよーーー!!😢 絶対段々泣けてくるやつ🥲💕 題名からわかる。これは神だと(?) わたしも大丈夫だと思いこんじゃう…耳が聞こえないはずないみたいな…!! 何度も今コメント中も読み返してる…🫣 るなは!!!内容選びが!!!うますぎるの!!!
第1話、読み終えました。仁人が「病院行った?」って訊くところ、グッと来ました。勇斗が「大丈夫」を繰り返すほど、本当は大丈夫じゃないって伝わってきて、切なかったです。耳の違和感を認めたくない気持ちと、それでも身体は正直に変化してしまう怖さが、静かに描かれていて。ラストの「泣きそうになった」の一文に、胸が詰まりました。続きが気になります。