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 十一月。松田くんが入社して早くも二ヶ月が経っていた。 仕事中にちょこちょこ「好きです」「水野さん、可愛い」と松田くんが言ってくる。それがもう二ヶ月も続いており、その度に私も慣れずドキッとして動揺を上手く隠しきれない。いや、慣れるはずがない!

 好きです、好きですと言ってくる割りにはそれでもデートしたのはあのお詫びデートの一回だけ。松田くんが本気なのか揶揄っているのか未だによく分からない。わからないけどドキドキしてしまう。



「ん~久しぶりに定時で帰れそう」



 グーッと背筋を伸ばして時計を見る。

 商品企画が決まり、マーケティング部は色んなお店の売り上げなどを調べ、新発売としていつ世に出せば話題になるのか、どうSNSなどで広めていくかなどで連日激務に追われていた。



「ここ最近激務でしたよね……」



「そうね。でも、松田くんは本当よく頑張ってくれたよ~ありがとう」



「そんな事ないですよ、じゃあ俺この資料を開発部に渡してそのまま直帰するんで、お疲れ様でした」



「うん、お疲れ様でした」



 久しぶりに定時に帰れたのに一人部屋で残り物のご飯をチンして食べている三十歳の女って……やばいわよね……

 たまに無性に寂しくなる。寒いと何故か余計に人肌が恋しい、と毎年思ってしまうのは何故なんだろうか。

 そんな時に限って何故か松田くんの顔が浮かんでお詫びデートの日を思い出してしまう。

 楽しかったな……大きくて暖かい手だったな……と。



 寂しいな……そう思いながらベッドに入り、眠ると、あっという間に朝はやってくる。いつも通り出勤をするといつも先に出勤しているはずの松田くんがまだ居なかった。寝坊でもしたのか? と軽く考えているとスマホが鳴る。



“風邪を引いてしまったので申し訳ないのですが今日お休みを頂きます。部長には連絡済みです。”



 松田くんからのメールだった。ここのところ激務だったので疲れが出たのだろう。



“お大事に”



 そう一言返事を返し仕事を始めた。



「真紀、ランチ一緒に行こう」



「ちょっと待って、あと一分! もう少しで打ち終わるから……オッケー! 終わり!」



 会社の近くのファミレスに涼子と入り、四人用テーブルに案内された。



「ねえ、真紀、単刀直入に聞くけどあんた松田の事好きなんじゃないの?」



「は、はぁ!? ないないないない!」



「そうなの? あたしの勘違いかぁ~」



「大体なんでそんな事思ったのよ」



「だって今日だって明らかにスマホ見て落ち込んでたし、あんたしょっちゅう松田の事目で追ってるよ?」



「……あり得ない」



「向こうは真紀にゾッコンだよね」



「っつ……」



「ありゃ分かりやすい男だよね、この前も他の部署の若い子に告白されてたけどキッパリ好きな人がいるって断ってたよ」



 知らなかった。確かに松田くんは顔もよければスタイルも良い。そして仕事も出来る。モテるだろうとは思ったが他の部署の子から告白されてたなんて、きっと他にも色恋沙汰なんて沢山あるだろう。

 そんなモテる人が私の事を好きだなんて……何度考えても謎だ。



「私……そんなに松田くんのこと見てるかな……」



「まぁ他の人は分からないけど、長年の付き合いのあたしには分かるよ、あー真紀、今松田の事見てるなって」



「そう……」



 私は無意識に松田くんを見ていたのだろうか……



「ま、とりあえず頼もう、あたしはもう決まってるけどね~」



 涼子は必ずと言って良いほどチーズハンバーグを頼む。決まっていると言うことはチーズハンバーグを頼むのだろう。急いでメニュー表を開き私は和風ハンバーグに決めた。



「涼子……好きってなんだろ」



「っつ……喉に詰まるところだったわ!」



「良い歳した三十路の女が好きってなんだろって終わってるよね」



「そんな事ないよ、大人になったからこそ考えて考えて慎重になっちゃうんじゃない? この歳になると周りの目もあって気になるわよね」



「年下のイケメンでしかも会社の後輩と思うと……」



「でもさ、好きって理屈じゃないって言うじゃん、気づいたら好きになってたってやつ? ドキドキが止まらない~、一人でいる時に必ず思い出しちゃう~みたいなさ、あー、あたしももう一回恋したいわ~」



「止まらない……思い出す……」



 ドキドキなら何度もしている。心臓が破裂しそうになるくらいドキドキしたし、一人でいるとつい思い出してしまうのは松田くんのあの優しい笑顔。



「まぁ考え込むのも良いけど、もう時間ないよ」



「え!? やばいじゃない!」



 急いで和風ハンバーグを流し込むように食べ、店を出た。




 午後からの仕事は心ここに在らずといった感じでつい、昼間の涼子との話をつい思い出してしてはブンブンと振り払うように頭を振った。



「水野ちょっといいか」



「あ、はい」



 木島部長に呼ばれ席を立ち、部長の元へ行くととんでもない事を命じられた。



「はい!? な、なんで私が松田くんの様子をわざわざ見に行かないと行けないんですかっ」



「頼むよ、多分松田頼れる人が周りに居ないと思うからさ」



「んな! だったら部長が行けば良いじゃないですか!」



「俺はまだまだ仕事が残ってるからな! 頼むぞ」



 私の肩をポンっと叩きその場から逃げるように部長は立ち去って行った。部長は頼る人が居ないと言っていたけど……いや、大人だし! と思いつつも仕方なく定時で仕事を終わらせ松田くんの家に向かう事にした。



(し、仕方なくなんだからねっ!)



 電車で一駅、駅から真っ直ぐ歩いて十五分くらいのところにあるアパートが松田くんの家だ。

 たった一回、しかも車で連れてきてもらっただけなのに覚えていた。我ながら自分の記憶力に拍手したい。



 (確かこの部屋だったはず……)



 102号室のインターホンを鳴らす。

……出ない。もう一度鳴らしてみた。

ガチャッとゆっくり玄関ドアが空く。



「……水野さん? ッゴホ、どうしたんですか?」



 チョコンとドアから顔を出した松田くんはマスクをしていても分かるくらい顔色が青白く、熱があるのか肩が大きく動いて呼吸が少し荒い。



「部長に頼まれて貴方の様子を見にきたのよ、大丈夫?」



「わざわざすいません、大丈夫なんですけど、うつると悪いんで今日はすいません」



「大丈夫ならいいんだけど、いちようスポーツドリンクとか買ってきたから」



 レジ袋に入っているスポーツドリンクやゼリーを松田くんに手渡し、帰ろうとした矢先にドスっと鈍い音が後ろから聞こえた。

 ソッとドアを開けると松田くんが玄関のところでうずくまってハァハァと息を上げ苦しそうにしている。



「ちょっ、松田くん!?」




「松田くん大丈夫なの!?」



 慌てて松田くんの元に駆け寄ると「だ、大丈夫です」と小さな声で答えたが明らかに大丈夫ではなさそうだ。とにかくベッドに連れて行こうと松田くんの脇から腕を通しなんとか起き上がらせゆっくり寝室に向かう。



「水野さん……ごめんなさい」



 ぐったりしているくせに何処までも気を使う男だ。



「いいのよ、こんなになるまで仕事をさせちゃった上司の私の責任でもあるわ」



 ベッドに着くなり松田くんはドサっと倒れ込んだ。



「お粥作ってくるからキッチン借りるわよ」



「あぁ、はい……」



「しばらく寝てなさい」



 人の家で料理をするなんて初めてだ。むしろ男の人の為に料理をするのが初めて。料理といってもお粥だが……来る前にスーパーに寄っておいて正解だった。コトコトとご飯を煮込み溶き卵を流し込む。



(少しは食べれるかしら……)



 出来上がったお粥を寝室に運んだが松田くんはスースーと寝息を立てて寝ていた。額にジワリと汗をかいていたので洗面所からタオルを拝借し、タオルを水で濡らしてから松田の汗を拭うと気持ちが良かったのか少し松田くんの表情が和らぐ。

 和らいだ表情がなんだか険しくなってきた。どうしたんだろう?



「んん……行かないで……」



(ん? 寝言?)



「っつ……待ってよ……」



 松田くんの目尻からツーっと涙が流れた。顔を顰めて苦しそうにしている。そっとタオルで涙を拭き取り、私は松田くんの手をギュッと握りしめた。何の夢を見ているのかは本人にしか分からない、けれどきっと悪い夢を見ているんだろう……大丈夫だよ、大丈夫だよ、と何度も心中で唱えながらギュッと松田くんの手を握りしめた。



 どうしてそんな行動を取ったのか自分でも分からなかった。




「んん……」



「おはよ、水野さん」



「ん、おはよ……んあ!?」



 松田くんの手を握っていたら段々眠くなっていつの間にか寝てしまっていたみたい。目を開けた瞬間マスクをしている松田くんの顔が目の前に映ったのでびっくりしすぎて変な声を出してしまった。



「俺の手、握っててくれたんですね……」



「え!? あ、うん、なんかうなされてたから……」



 スッと松田くんの手が私の頬に伸びてきて頬を包み込まれた。

 熱があるからかいつもより熱く感じる。



「えっ、な、何っ」



「はい、風邪がうつるといけないからマスク」



「あ、ありがとう」



 マスクをつけると、また松田くんの手が私の頬を包み込み、マスク越しでも松田の熱が伝わってくる。

 ジッと見つめられると吸い込まれそうな黒い瞳に捉えられて目を逸らすことが出来ない。松田くんから感じる熱がジリジリと温度が上がり、空気がどんどん薄くなっていくように息をするのも苦しいくらいだ。



「水野さん……ありがとう」



「い、いいのよ」



 そう返事をするのが精一杯。

 ゆっくりと近づいてくる松田くんの顔から視線を逸らす事が出来ずマスク越しに私達はキスをした。



「はは、今流行りのマスクキス出来ちゃいましたね」



「なっ、何言ってんのよ!」



 不思議と嫌ではなく自然と身を流れに任せてしまったのは何故だろう……



 二人でクスクス笑いながら言い争っていると急にピンポン、ピンポン、ピンポンとインターホンが何度も部屋に鳴り響く。



「あの、出た方がいいんじゃない?」



「んー、どうせセールスかなんかですよ、今は水野さんとの時間だから……あの、お粥食べてもいいですか?」



「勿論、今温め直すからね」



「ありがとうございます」



 お鍋に戻し弱火で温め直す。寝室にいる松田くんの元へ運ぶとマスク越しでも分かるくらいの笑顔で喜んでくれた。



 蓮華ですくって一口、口に合うだろうか……



「すっごく美味い! 水野さんの手料理食べれるとか風邪ひいて得したなぁ」



「良くない! でも口に合って良かったわ」



「凄く美味しいです、いいお嫁さんになりますね」



「ったく何言ってんの、さっさと食べて薬飲んで寝なさい」



「はい」



 松田くんはお粥を一粒も残さず綺麗に平げた。食後の薬も飲んだ所を見届けたので、帰る支度をする。



「じゃあ松田くん、お大事に」



「本当にご迷惑をお掛けしてすいませんでした……」



「何言ってんの! 私が風邪ひいたらカバーしてもらうんだからお互い様よ、じゃあまた」



 靴を履き玄関を出る。



「開いた!! やっぱり大雅いたんじゃん!!」



「マコト!? お前何してんだよ!」



 大雅?マコト?この女の人は誰?



突然の出来事に思考回路が回らない。心臓がバクバクと動く。うまく息ができない。心臓を誰かに握り潰されているのだろうか、苦しい、苦しい、苦しい。




 

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