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「よいしょっと」
「さすがに、荷車ごとは入らないかー」
王都郊外―――
『乗客箱』までたどり着いた私たちは、持ってきた
大量の肉をその中へと運び込む。
「これに乗って来たのですか……」
「馬車の荷台?
いえ、座席が個々にありますからそれも違う」
サシャさんとジェレミエルさんは、手伝って
くれながら興味津々で内部の様子を見ていた。
それに気を取られている間に―――
騎士団の連中を撒くためにかけた、無効化を
こっそり解除する。
「(こちらの世界では―――
魔法や魔力によって相手を感知出来る。
それは
・・・・・
当たり前だ)」
これで元通りになったとは思う。
自分の能力の効果がどこまで持つかは不明だが、
もし永続化してたりすると、彼女たちに何らかの
支障が出るかも知れないからな。
「どうかされたのですか、シン殿?」
ジェレミエルさんが眼鏡を直しながら、私の方へ
向き直る。
「あ、いえ。
ここまで手伝って頂いてすみません。
帰りはお二人だけになりますが、
大丈夫ですか?」
それを聞いたメルとアルテリーゼはクスリと笑い、
「2人とも相当強いと思うよ?
大丈夫じゃないかなー」
「身のこなしといい、人間の中ではかなりの
強者であろうな」
「ピュ!」
すると賞賛された彼女たちも苦笑し、
「まあ真正面から戦うのであればともかく、
あの程度の連中に捕まるようなヘマはしません」
「任務がありますので、役目以外の危険は
避けて通りますよ」
こうして私たちは彼女たちと別れ―――
ドラゴンとなったアルテリーゼと『乗客箱』ごと
空へと舞い上がった。
「お疲れ様ッス!」
「依頼の完了確認は王都からの連絡を待って
処理しますが―――
シンさんの事ですから問題は無いでしょう。
手続きは進めておきますね」
町に戻った私はまず、ギルド支部へ行って
依頼終了を報告。
すぐにレイド君とミリアさんが対応してくれた。
メルとアルテリーゼは、氷室へ肉を運び込むのを
手伝ってもらい―――
ラッチは宿屋『クラン』で預かってもらっている。
「それにしても、思ったより騎士団が腐敗して
いやがるなあ。
訓練とか模擬戦とか持ち掛けて、一度シメるか」
ペキポキと骨を鳴らしながら物騒な事を言う
ギルド長に、話の方向性を変えるため声をかける。
「し、しかし……
今回も大量にお肉を購入出来ましたけど、
王都には業者でもいるんですか?」
その問いに彼はプッと吹き出し、
「王都が一番高く買ってくれるんだからよ、
何もしなくても集まってくるんだ。
討伐した魔物や動物なんかは」
「町に安く売るシンさんの方がおかしいッスよ」
「冒険者が税金代わりに納める事もありますしね。
……アタシたちも、ずいぶんとこの状況に慣れて
しまって久しいですけど」
レイド君とミリアさんも、ジャンさんに続く。
確かに、私がこの町へ来た当初は―――
魚や鳥を獲ってきただけで驚かれたからなあ。
それに本来、ハンターというのは命がけだ。
地球でどんなに強力な装備を持ってしても……
イノシシやクマ相手なら普通に死ぬ可能性もある。
「業者って―――
シンの世界には、肉や魚を仕入れる専門の
人間がいたのか?」
「正確には『畜産』ですね。
仕入れや売買ではなく、『食べる事』そのものを
目的として……
動物を飼育・生産する職業があります」
ギルド長の質問に答えると、若い男女が微妙な
表情になる。
「あー、以前シンさんが言ってたような」
「食べないと生命維持が出来ない世界なら……
死活問題なので、そこは理解出来るんですけど」
モラル・倫理観とは別に、子供以外は食料が
必須ではないこの世界では抵抗があるのだろう。
『何もそこまでしなくても』、と―――
貝や魚、卵ならまだ許容範囲だろうが、
例えば今、町で卵のために飼育している魔鳥の
『プルラン』だって、
・ヒナから育ててください
・大きくなったら食べます
となれば、飼育係の人員もどれだけ集まる事やら。
「動物も巨大化出来れば良かったんですけどね。
貝や魚、エビ・カニみたいに」
「カンベンしてくれ。
ジャイアント・ボーアの群れなんて
考えたくもねぇ」
そうジャンさんが苦笑すると、つられてレイド君と
ミリアさんも笑い―――
報告は終了した。
「いったい何の用かなー」
町へ戻ってから3日後の事―――
『相談したい事がある』とギルド長から言われ、
名指しされた私は、メルとアルテリーゼと共に
支部へと向かっていた。
「もしや、ルクレのヤツが何かやらかしたとか」
「ピュ~?」
確かに、伝えに来たレイド君は何か複雑そうな
表情をしていたが……
「でもフェンリルが『やらかす』レベルであれば、
相談くらいじゃ済まないんじゃないかなあ」
「そーかもね。
神獣クラスが何かやったのなら、もっと大騒ぎに
なっていてもおかしくないし」
「とにかく、話を聞いてみなければわからんの」
「ピュッ!」
10分後、私たち一家はギルド支部へと到着。
そしてそのまま応接室へと通された。
「おりょ?」
「やっぱりか……
お主、何をした?」
予想通りというか、そこにはすでにルクレさんが
座っていて―――
ジト目で妻2人が視線を向ける。
「いや何の事!?
ウチだって呼ばれて来たんだよ!
魔狼に関する事だからって!」
見ると、室内には彼女の他に……
従者のように控えるティーダ君もおり、
いつものギルドメンバーである支部長、それに
レイド君とミリアさんが―――
そして床に横になる魔狼と、横にはパートナーの
魔狼ライダーのリーダー、ケイドさんがいた。
「えーっとなあ……
スマンが、ラッチは別のヤツに預けて
もらえねーか?
ちょっとまあ、場合によっちゃ聞かせられない
話になるかも知れんから」
ジャンさんの要求に、アルテリーゼはラッチを
抱き直して、
「?? では……」
「あ、アタシが行ってきます」
ミリアさんがラッチを受け取ると、彼女は部屋を
退出し、しばらくすると戻ってきた。
「それであの、相談したい事と言うのは?」
それに対し、ギルド長は無言で魔狼を指差す。
「その魔狼がどうかしたんですか?」
「別に、これと言って変わった事は―――」
メルとアルテリーゼは首を傾げるが、その疑問に
ケイドさんが答える。
「あ、あのですね。
リリィのお腹が……」
と、全員が言われた場所に注目する。
狩りをする動物らしく、スレンダーな体形を
魔狼はしていたはずだ。
だが、リリィという魔狼のお腹は、ぽっこりと
ふくらんでいて―――
「あ! もしかしてオメデタですか?」
気付いた私がそれを口にすると、妻2人も続けて、
「何と!?」
「おお! 身籠ったのじゃな!?」
新しい命が出来たのを喜んだ後、同時に同じ疑問に
行き着く。
「「「……誰の子?」」」
そもそもの話、魔狼をこの町で保護した経緯は、
マウンテン・ベアーの襲撃によって、群れを
壊滅させられたからで……
成獣はメスしか残っておらず―――
小さい魔狼たちはまだ、子供を作れる年齢とは
とても思えない。
「それを確認するために、ティーダにも来て
もらったんだ。
しかしケイド―――
いかにお前が飢えていたとしても、だ。
いくら何でもなあ」
ジャンさんはソファに深く腰を下ろして
ため息をつき―――
同時に、レイド君とミリアさんも彼を冷たい目で
見つめる。
「いやっ!?
だから待ってくださいって!!
確かにリリィは大切なパートナーですが、
いくら何でも手を出したりはしませんよ!?」
うわー……そういう事か。
確かにラッチには聞かせられない話だな。
通訳させられるティーダ君には気の毒だけど。
「ではティーダ先生」
「よろしくお願いするッス」
ミリアさんとレイド君に促され、獣人族の少年が
魔狼に近付く。
ティーダ君は目を閉じて頭を近付け、一方の
魔狼は鼻をならし―――
彼らにしかわからないコミュニケーションの後、
少し顔を赤らめた彼が立ち上がった。
「ええと、だいたいの事情はわかりましたが―――
その前に大きな布を用意して頂けませんか?」
「? わかったッス」
その言葉に、レイド君が部屋から足早で出ていく。
「それでどうなの? 結局のところ」
ルクレさんの質問に―――
ティーダ君はやや困ったような表情を見せて、
「あの、その……
ルクレセント様も少し関わっているみたいです」
「ウチが?」
きょとんとする彼女を見て、ジャンさんや
ミリアさんも困惑した表情で顔を見合わせる。
「どうなってんだ?
お腹の子の父親は誰なんだ?」
「保護された時にはすでに身籠っていたとか?」
要領を得ないという様子で2人は先を急がせるが、
「じゅ、順を追って説明した方がいいかと。
それに『見た』方が早いと思いますので」
獣人族の少年以外、室内の全員が戸惑いの表情に
なったが、そこへレイド君が戻ってきた。
「布もらってきたけど、これでいいッスかね?」
「あ、はい。
これくらいの大きさなら多分大丈夫だと
思いますので」
彼はそれを受け取ると、また魔狼のところまで
戻っていき、床に横たわる獣の首から下を包む
ようにかけた。
すると、魔狼が立ち上がり―――
その頭の部分が、座っている人間を見上げさせる
ほどに宙へ浮く。
「ぬわぁ!?」
「な、何じゃ!?」
さすがにメルとアルテリーゼも驚いたようで
声を上げる。
「も、申し訳ありません……
人間族の間では、裸で人前に出るのは
恥ずかしい事だと聞いておりますので」
大きな布に身を包んだ魔狼の口からは、人間の
言葉が―――
そして『彼女』自身、すでに顔は獣のそれでは
なくなっていた。
布で隠された体も同様だろう。
ダークブラウンの髪は魔狼のそれと同じく―――
それでいて肌の部分は、まるで発光しているかの
ように色白に輝く。
アルテリーゼやメルとは異なる……
エクセさんのような部類の美人だ。
「え……!?
ま、まさか夢に出てきた……」
目を丸くしながらケイドさんがたずねる。
「夢?」
怪訝そうにギルド長が聞き返すが―――
人間の姿になったリリィが先に口を開く。
「もし私と交わった記憶があるのなら……
それは夢ではなく現実でございます。
ですから、その―――
お腹の中にいるのは、ケイド様の子となります」
『彼女』は布ごしに、大きくなったお腹を撫で……
父親と名指しされた彼は大きく口を開けていた。
「まあ、何だ。
つまり合意の上だったという事だな?」
あの後、より詳しく話を聞く必要があると判断した
ジャンさんの提案で―――
相談の場は支部長室へと移された。
「合意っていうのかな、コレ」
いきなりパパになったケイドさんは目が泳いで
いるが、同性としてわからなくもない。
心無しかレイド君も微妙な顔をしているし。
リリィ『さん』とティーダ君の説明によると……
彼女たちの魔狼の群れには言い伝えがあり、
『人の姿となって、人間族と子を成した』者が
遠い昔にいたのだという。
幼い魔狼たちが成長すれば、問題なく彼女たちと
共に子を成すだろうが―――
自分たちがそこまで待てるかどうか確信は無く、
その言い伝えに賭ける事にした。
「それでパートナーの条件が、『若いオス』だった
ワケッスね」
(50話 はじめての ごえいtoばしゃ参照)
「でもこうして人間の姿になれるのであれば、
ちゃんとお話して頂けたら」
事情が飲み込めた事で、若い男女が当然の疑問を
口にするが、
「人化には成功したものの、それは短時間で
すぐに解けてしまうものだったようです。
ですので―――
貴重な時間はその、全て……
子孫を残すために使っていたとの事で」
話し辛そうにティーダ君が擁護する。
何かこう、いろいろとスマン。
後で何か料理でも作ってあげよう。
「そもそも―――
人の姿になれる事自体、私どもにも信じられない
出来事でございましたゆえ。
こちらで頂く食事が良かったのか、前以上に
魔力がみなぎるのを実感いたしました」
こちらでの食事というと……
町の人たちが食べない魚の内臓のアラ煮だった
はずだけど。
「あ」
そういえば量を確保するため、巨大化させた魚の
ハラワタが、魔狼たちの主な食事だったような。
そして巨大化はメルの水魔法で……
多分というか確実に原因はそれか。
ギルド長と目が合うと『今は話すな』と
アイコンタクトで伝えてきたので、それ以上は
続けず別の話題を振る。
「で、でも、応接室からこちらまで、結構長い時間
人間の姿を保っていると思うのですが」
私の問いに、ティーダ君が隣り同士で座っている
ルクレさんに顔を向け、
「それは……
ルクレセント様のお力、加護によるものかと」
「フェンリル様がこの町へ来られてからと
いうもの―――
人化の時間制限が無くなったとさえ思えるほど、
魔力が体に満ちているのでございます」
ケイドさんの隣りで、リリィさんもその言葉を
肯定する。
情報を整理するに、魔狼たちはまずメルの水魔法で
巨大化した魚のアラ煮で、人化するほどの魔力を
身に付け―――
フェンリルであるルクレさんの登場で、さらに
強化されたという事か。
「はぁ……
欲求不満であんな夢を見ていたかと思ったが。
考えてみりゃ同じ美人さんが、ずっと夢に
出続けるわけはないよなあ」
頭をかきながら、新しくパパになった男性が
つぶやく。
魔狼の子供たちは多頭飼いのように、基本的には
児童預り所で面倒を見ているが―――
魔狼ライダーのパートナーは一人と一匹で寝食を
共にする。その環境も後押ししたのだろう。
「ううむ……
だとすると生まれてくる子は魔狼ハーフって
事になるが。
どういう扱いになるんだ、これ」
ジャンさんが両腕を組んで考えていると、
「そういえば、それでお話したい事が」
そう言ってティーダ君が片手を上げ、全員が
そちらへ注目する。
「最近、児童預かり所で『出る』という、
獣人族の子供たちについてです。
あれは恐らく―――
ルクレセント様の加護の影響を受けた、魔狼の
子供たちだと思われます」
「あ!
確かにそれ、あり得るかも」
思い出したかのように、ルクレさんも同意する。
「えぇ!? でも―――」
「シッポも獣のような耳も付いているという
話であったぞ?」
メルとアルテリーゼの視線が、リリィさんと
ティーダ君の間を往復する。
獣人族の象徴である、毛深い耳もシッポも彼には
あるが、リリィさんには見られない。
アルテリーゼと同じく、完全な人化だ。
「それは多分―――
まだ子供だから、不完全なんだろうねえ」
ルクレさんが妻たちの質問に答え、次いで
レイド君とミリアさんも、
「でも、何で夜しか出ないッスか?」
「そういえば、昼の目撃情報は無かったかと」
確かに今は真昼間で、それでいてリリィさんは
人の姿になっている。
「寝ぼけたんじゃないのかなあ。
意図して人の姿になっているんじゃないのかも」
ううむ、とギルド長がまた考え込み、
「今、魔狼のチビたちってどこで寝てるんだ?」
そこで若い男女が思い出すように口を開き、
「確か、敷地内の小屋ッスね」
「でも出入りは自由ですし、仲の良い子供たちが
眠る時に連れていっちゃったりしますから」
ジャンさんは頭をガシガシとかきながら、
「それで建物の中と周辺で目撃されてるって
ワケか。まあ辻褄は合うな。
わかったところで今度は対策だ。
えーと……リリィか?
今後、町の中にいる時は―――
なるべく人間の姿でいてくれ」
「言う通りにいたします。
ですが、理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
ギルド長の考えを察した妻たちが、同性として
彼女に教える。
「人間の姿の方がやっぱり親しまれやすいし、
それにケイドさんと夫婦になるんでしょ?」
「旦那に合わせた方が、町で生活するのに
いろいろと不都合が生じぬぞ。
無論、室内で二人きりの時なら元の姿に戻っても
構わぬが」
ケイドさんとリリィさんがシンクロしながら
うなずく。
アルテリーゼはいわば、人外で人間の嫁になった
『先輩』だし、メルも一緒に生活している妻として
自然と参考に出来るのだろう。
「私の家も、アルテリーゼに合わせてお風呂とか
作ってますからね。
何かあれば相談に乗りますので」
「その時はぜひ、よろしくお願いしますっ!」
ケイドさんがペコペコと頭を下げる。
まあ確かに私も、同じ人外を妻にした夫としては
頼もしく映るのかも知れない。
「で、ではその……
今後ともよろしくお願いいたします、
あ、あなた……♪」
「え、あ、う、うん……」
リリィさんが、ケイドさんの片腕に抱き着くように
密着する。
美人だし、それに行動を共にしてきたパートナー
でもある。
断る選択肢も理由もないだろう。
「お、おめでとうございます?
あのっ、それで―――
児童預かり所の魔狼の子供については」
恐る恐るティーダ君が質問する。
そういえばそちらの方も問題といえば問題だ。
「フェンリルの力で、ずっと人間の姿のままに
しておく事は出来ないか?」
「んー、ウチはそこまで制御出来ないよ。
結局は本人の意思だし」
ジャンさんの質問をルクレさんは否定し、
「なら仕方ないッスねー。
常に保護者か、他の子供たちと一緒にいて
もらうくらいしか」
「今までは施設の敷地内限定でしたけど、
今後は必ず誰かと一緒にいてもらって―――
単独行動はダメって事にしないと」
レイド君とミリアさんの提案に、リリィさんは
「それなら問題は無いと思われます。
我々は群れで行動するのが基本でございますし、
特に子供の頃は絶対に群れから離れません」
「すると、ある程度成長するまでは常に周囲が
気を配りながら、様子見ですね」
ティーダ君が結論を出し、周囲も同調する。
そこでギルド長が大きく伸びをして、
「あ~あ……
これでひとまず問題解決だな。
ケイド。
他の魔狼ライダーにもこの事を伝えておけ。
それと―――」
「そ、それと?」
緊張しながら聞き返すケイドさんに、ジャンさんは
鼻の頭をかきながら、
「子供が生まれたら、ミリアに言って住人として
登録してもらえ。
ちゃんと名前を考えておくんだぞ」
「は、はい!」
こうして―――
魔狼の妊娠騒動は、幕を下ろしたのであった。
「ん~……」
その日の夕食―――
肉料理に視線を落としながら、私は考えていた。
「どうしたの、シン?」
「また考え事かや?
魔狼の件はもう終わったであろうに」
「ピュウ?」
メル・アルテリーゼ・ラッチが私の顔を見て
疑問を口にする。
「いや、多分ケイドさんとリリィさんのところ
だけじゃなく―――
他の魔狼ライダーのところも、いずれ子供が
出来るんだろうな、と。
私たちの子供だって、そう遠くないうちに出来る
だろうし。
そうなると食料の事がどうしても頭を過って」
そう言いながらラッチの口元まで肉を運ぶと、
嬉しそうに頬張る。
「ピュピュ~♪」
それをまた、笑顔で妻2人が見つめ―――
「ラッチ、本当にお肉好きだねえ」
「しかし何が不安なのだ?
シンのおかげで、こうしてラッチも我々も
毎日のように、美味しい食事にありつけると
いうのに」
2人が私の真似をしてラッチに食べ物を運ぶ。
「実は、町に戻って来た時にギルドメンバーと
話した事があったんだけどさ」
そこで私はメルとアルテリーゼに―――
『畜産』と肉の確保について話してみた。
「んむむむむむ」
「食うために育てる、か。
いや、シンの世界の事情は理解しておるが」
ある程度は魔力で肩代わり出来る世界の2人は、
やはり納得のいかない表情となる。
「穀物や魚とかは問題無いんだけどさ。
肉がねー……
王都に買い付けに行けばいいってのは
わかっているんだけど。
でも手間や時間を考えるとなー」
すっかり空になった食器を前に、メルも
アルテリーゼも腕組しながら悩み、
「狩りをしてくるだけじゃダメなの?」
「この前までは、卵だって野鳥を獲って
確保していたと聞いておるが?」
妻たちの疑問はもっともだ。
足りなければ獲ってくればいい―――
そのための手段もある。しかし……
「今はまだいいと思うけど―――
私の地球ではあまりにも獲り過ぎて、全滅して
しまった動物もいるんだ。
遠くまで狩りに行っているのは、一ヶ所で
獲り過ぎないようにするためでもあるし」
「おおう」
「すさまじい話よのう。
だが、食わねば死ぬ世界であれば仕方の
ないことか」
「ピューウ~」
家族は驚いたり感心したりするも、解決策は
なかなか出てくる事はなく―――
そんな中、アルテリーゼが片手を上げる。
「しばらく獲らないだけで、動物の数は
回復するものなのか?」
「まあ放置しておけば自然の数に戻るよ。
地球じゃ、一番獲るのは人間だったしね」
すると今度はメルが手を上げて、
「シンがさー、昔、野鳥の鳥小屋とか水路で
いろいろやってた事があるけど、あれは?」
「繁殖しやすいように環境を整えたというか……
隠れやすくしたり、卵を産みやすい場所を想定
してみたりして」
それを聞くと2人は顔を見合わせ、
「それってさ……
要は増やしやすくするって事でしょ?」
「そこらの川や森で―――
同じような事は出来ぬのか?」
「ピュウ?」
そこで私はまた考えを巡らせる。
「そうか―――
数を減らし過ぎないように狩り場を転々と
変えているわけだから……
同時に数を増やしやすい環境を整えてやれば
いいのか」
魚だったら漁礁を設置してやるとか、
鳥なら巣箱を用意してやるとか―――
それなら狩りの仕事も継続出来るし、
町の中で世話をするよりは情も移らない。
「そうだなあ……
いきなり町の中で全部やるより、ほとんど
自然が手付かずなんだから―――
その方が早いかも知れない。
ありがとう、メル、アルテリーゼ。
おかげで解決の目途がつきそうだ」
「それが妻の役目ですからっ♪」
「また何か作るのであれば手伝うぞ、シン♪」
「ピュー!」
家族によるアドバイスで方針が決まったところで、
ようやく私たちは食器を片付け始めた。
「このへんでいいですか。
それではみなさん、設置を始めてください」
「「「了解です!!」」」
3日後―――
私は町から南へ1時間ほど離れたところで、
メルとアルテリーゼ、そしてブロンズクラスの
方々と、ある作業を行っていた。
ひとつは、地球でもおなじみの巣箱の取り付け。
町の職人に依頼して作ってもらった木製の物で、
木々の上の方へ―――
もうひとつは地上に固定する物だ。
四方が1メートル半ほどの、こちらも木製の箱。
魔鳥『プルラン』の巣にして避難所である。
この魔鳥を放牧し、生息地をいくつかの場所で
拡大したい、というのが今回の目的なのだが……
その双頭の鳥を観察してわかった事は―――
頭が2つある影響からか、他の鳥と比べて格段に
動きが鈍い。
また飛べなくはないが、せいぜい5メートルほどの
高さを、5・6秒維持するのが精いっぱいという
ところだ。
なので『避難所』を用意したのである。
もっともただの巣箱では外敵から身を守るのは
心もとないなので―――
入り口にはある仕掛けが施してある。
いわゆるカニ漁のカゴのような仕組みにしたのだ。
入り口をこの逆バージョンにする事で、
『押すのではなく下から持ち上げる』
事がわかる程度の知能が無ければ、入れないように
したのである。
(テストしたところプルランはクリアした)
ちなみに入り口は一面の下部、20cm四方の
小さな仕掛け扉にしている。
プルランの体長は頭まで入れて80cmほどで、
2つ首から入っていくとすればそれで十分だ。
用意した野鳥用の巣箱は50個。
プルラン用の避難所兼巣箱は30個で―――
あとはこれと同じような拠点をいくつか作って、
ひとまず様子を見ようと思う。
「さて、次はこの場所にプルランを投入しないと」
今回はあくまでも場所の選定と巣箱などの設置
だけで、生き物の移動はそれが終わってからと
いう事になっていた。
「じゃあいったん戻っ―――」
「うわあぁああっ!?」
私が指示を出そうとするのと同時に、
叫び声が上がる。
声の方向に目を向けると、何やら同行して
もらっていたブロンズクラスの一人が慌てて
いるようだが……
「ありゃ」
「あー、ちと厄介なのがいるのう」
メルとアルテリーゼもそれを見て感想をもらす。
危険性はそれほどないような口ぶりだけど。
見ると、植物のツルのようなものが青年の腕に
巻きついており―――
彼が腕を振り払うと、それは簡単にほどけた。
「何ですか、コレ?」
私の声に青年は振り返り、
「食人植物ってヤツです。
もっとも動きはニブいし、人間ほどの大きさで
あれば、捕まる事はほとんどありません。
ですが―――」
3メートルほどの木が、まるで多くの腕を持つ
怪物のように、枝をウネウネと動かす。
「小動物とかだと、待ち伏せして捕まえちゃうん
だよねー、コイツ」
「強くは無いが、根が少しでも残っていると
そこから再生するので面倒なのじゃ」
なるほど。別に脅威というわけではないが……
こんなヤツがいたら、プルランの生息地にするには
適さないだろう。
周囲もそれを察したのか、
『あー、やり直しかー』『また外さないと』と、
諦めムードの声が聞こえてくる。
取り敢えずこういう場合は状況の確認だ。
「食人植物はこの1本だけ?」
ざわついている周囲に質問を投げる。
「周囲には見当たりませんね……」
「基本的には単独行動の種なので、それだけかと」
フム、と私はうなずき次の質問に行く。
「いつの間にか出現したようだけど、これって
移動するの?」
すると近くにいた妻2人が、
「獲物を求めてさ迷う事はあるけど、
早くはないかな」
「せいぜい、人間の歩く速度より少し遅い
くらいじゃ」
なるほど。みんな作業に集中していただろうし、
近付いてきても気付かなかったのだろう。
しかしどうしたものか……
燃やせばいいとも思ったが―――
それで根まで燃やし尽くせるかどうかという
心配はあるし、何より速度が遅いとはいえ、
移動可能なら別の場所へ逃げて燃え広がる
可能性もある。
その方法で倒せるのあれば、先に誰かが提案か
すでに実行に移しているだろうし。
状況を整理すると―――
魔物、と呼べる標的はこの1本だけ。
そして駆除は極めて困難……
だがそれは、この世界の中ではという話だ。
私はその目標に近付き―――
思考を巡らせる。
自分がいた地球でも食虫植物とか、結構
アグレッシブに動く植物はいたが―――
それは葉が反射的に挟むとか、もしくは粘着状の
突起物を持つ葉に巻き込んでいくタイプで……
ツルが触手のように素早く動くものなどいないし、
ましてや樹木本体が移動するなど、
「(そんな植物は
・・・・・
あり得ない)」
私がボソっと小声でしゃべると、その植物の魔物は
一瞬身をブルッと震わせ―――
そのまま大人しくなった。
地球でいうところの『ただの木』になったの
だろう。
これなら駆除は可能だが……
無害になったのをわざわざ殺すのはなあ。
私が幹をなでながら考えていると、周囲も
ポカンとしながら視線を向けてきて、
『何で巻き付かれないんだ?』
『まさか、シンさんにビビっているのか?』
その反応を見たのか、メルとアルテリーゼが
近付いてきて合わせる。
「まーまー、シン。
それくらいにしてあげなよ」
「ドラゴンの我だっておるのだ。
こやつとて下手な真似はするまい」
私はおおげさにウンウン、とうなずいて、
「まあ、大人しくしてくれるのなら放置で
いいでしょう。
それじゃみなさん、プルランを取りに
戻りますよー!」
こうして予定通り生息地の整備は終わり、私たちは
町へ戻り作業を継続する事になったのだが、
この時同行していた一行の口から、
『食人植物すら恐れて大人しくなった』
『知能の無い魔物すら逆らわない』
と、いろいろな噂が広まってしまう事になった……