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次の日、美夜は1週間レッスンなどを草田から休暇を言い渡されていたため、ダンジョンに足を運んでいた。
しかし配信という楽しみだけを意識しているのではなく、学校での話がどうしても頭から離れない。
というのも、昨日は記者が取材して回っている、という軽い具合だったのにもかかわらず、本日はしつこく粘着された生徒が出たのだ。
直接耳に入ったわけではなく、クラスの男子がそれを見た、というのを又聞きで。
「それにしても、もう少し盛大に盛り上がってくれてもいいのに」
「全員で8人か。別にこれぐらいでちょうどいいだろ」
「そう? インターネット放送用のカメラ1台じゃあ拡散力は少なすぎるでしょ」
「でもそれだって、ある程度は計算済みだろ」
「ふふっ、どうかしらね」
美夜が知らぬ間に、事は1転、2転どころかぐるんぐるん回っていた。
記者や会社の数は増えずとも、その対応は目に余り、中には教師に金銭を渡して情報を得ようとした者も。
しかし相手が悪く、よりにもよって校長先生をターゲットにしてしまったのだ。
当然、校長は美夜――いや、生徒を護る最後の砦にして最大の番人であることから、記者達の目論見通りにはいかず終わった。
そして今、草田と成宮は記者会見を開く数分前。
「かぁ~、民間のテレビ系は誘いに乗ってくれなかったかぁ」
「最近じゃあ、ネットに敏感なのはネットニュース配信とかだから、そんなもんだろう」
「まあね」
若干煮え切らない気持ちを抱えたまま、草田は手元に用意した目次と資料に視線を下ろす。
成宮は、今回の件に関与しているということもあるが、動画の処理を依頼していた。
と、「男の人の手が必要だから」――草田からそうお願いされ、今もこの席に居る。
2人は一通り目を通し終え、互いに腕時計を確認。
「もう待っても仕方がないわね」
「始まり、か」
「うん」
草田はマイクを握り、スイッチを入れてポンポンと叩く。
音は正常に拡張されたことを確認し、口元に運んだ。
「それでは皆さん、急なお呼び出しにお応えいただきありがとうございます」
その声に反応し、記者達はヒソヒソ話をやめて視線と耳を集中させる。
「まあここへ足を運んでくださったということは、ある件について情報をかき集めているかと思われます。そして、本日はそれを全て包み隠さず、どうやってもわかりやすい情報を提示する所存にあります」
ボスイメモのスイッチを入れ始める者や、スマホを取り出す者やメモ帳を開く者を観て、草田は『こういった人間達は、救いようがない』という気持ちをグッと堪える。
それと同時に、その慎重さと図太さが自らの首を絞めるのだと内心で嘲う。
「まず、皆様がお探しになられている少女についてですが、彼女は私が担当しているアイドルです」
草田が単刀直入に発した言葉に、記者達はざわつく。
「ということですから、高校生アイドル兼探索者ということになります。つまり、彼女をもしも見つけられたとしても強行手段は諦めた方がいいですね。もしも取り囲んで手を触れようものなら……次の日は病院のベッドで包帯ぐるぐる巻きになっていることでしょう」
ハッタリだ、なんて言葉が出てきてもおかしくはない状況であるが、記者達は探している少女がどのような賞を受賞したかを知っているが故に納得する他ない。
だからこそ勝手に想像が膨らんでいってしまう。
ニュースで度々報道される特装隊の実績と憶測による力量が、恐怖を増し増しにしていく。
「さて、それを踏まえてどんな少女かというのが気になってくる頃合いかと思いますので、映像をご覧ください。――一応注意点として、ダンジョン内という我々のような人間には未知な場所であること、モンスターと少女が戦闘しているところが映っておりますので、苦手な方はご注意ください。一応、動画は過激なものになっているためモザイク処理をしておりますので、そのまま放送は続けてもらって大丈夫です」
草田と成宮は席を中央から少しずらし、背後に展開されているスクリーンを見やすくする。
そしてすぐ、映像が流れ始める。
最初に映ったのは、古田楽=Rakutaが少し陽気に話しているシーン。
『これで録画始まってるんだよな。どうも~Rakutaでーすっ』
緊張感が漂っていた先ほどから一転、映像を観る記者達は拍子抜けしてしまい頬が緩む。
『うひょ~、さすがに緊張してきた。だって俺、今日がダンジョンに入るの初めてなんですよ』
ここまで緊張感を崩してくれると、前のめりに映像を目に焼き付けようとしていた人も肩の力が抜けて姿勢が崩れる。
『そうそう、授業で習ったんですよ。こう――こういう感じで武器を出して』
映像の目線が少し下がり、Rakutaは空中から武器を出現させた。
これには、記者達の中でこの動画はフェイクなのかと疑いが生じ始めてしまう。
なんせ、探索者という人達やダンジョンというものは、滅多に見ることはないからだ。
『お、観てください。あいつがモンスターってやつですよ。案外と可愛い見た目をしているんですね。これから俺でも余裕で勝てそうです』
Rakutaが言う通りに、目の前に現れたのはウルフ。
外見だけで言えば、現実世界の狼そのままなのだから、記者達の数人は自分でも倒せると革新づく者まで出てくる。
しかし、事態は急変した。
『あれ、なんだかお友達も連れてきちゃったみたいですね。うわあ、初心者が戦うにしては少しばかり多い気もしますが、まあ勝てるでしょう。さあ見ていてくださいね、俺の晴れ舞台ってやつです』
Rakutaと同じく、会場に居る記者達からはすでに緊張感というものが抜け落ちていた。
この戦いは、この撮影者によってすぐ終わり、また陽気なテンションで話し始める、のだと。
しかし、そうはならない。
『――う、うわあああああああああっ! く、来るな! やめてくれ、誰か、誰か助けてくれ!』
Rakutaの奮戦は虚しく終わり、敗北の2文字が明確になってしまう。
ここまでくれば誰にだって、敗北はそれ即ち”死”である。
『やめてくれっ! こっちにくるなっ!』
だからRakutaは必死に逃げようと足掻く。
だから画面の向こうでも伝わる恐怖。
誰もがこれから訪れる未来に目を背けそうになった時。
『そこから動かないでくださいっ!』
危機的状況に駆け着けたのは、若干の変装をしている美夜。
このままでは誰だか判別がつかないが――。
駆け出した瞬間、変装用に被っていた帽子がパサッと脱げ落ちた。
露になる艶やかな黒い長髪と若々しい顔。
そこからの戦闘は、まさに死闘。
数秒前に映った、あどけなさが残る少女と同一人物とは思えない、勇猛果敢な戦い方。
その勇敢に戦い身を挺して撮影者を護る姿は、まさに英雄――。
――全てを討伐し終えたところで、映像は途切れていた。
「さて、これをご覧になられた皆さんならば、もうおわかりかと思います。皆さんがお探しになられていた少女はこの子です」
記者達からの返ってきた反応は、静寂のみ。
「こんな子を、面白おかしくあることないこと記事にしようとしていたのでしょうが、残念ですね。皆さんが今している、その録画が、録音が、生放送が全ての証明になってしまいました」
草田の表情は、今どのように見えているのだろう。
すぐ隣に居る成宮にとっては、最高に悪い表情で笑っている。
「ああでも、まだ隙がありますね。この動画は残酷な表現が含まれているためモザイク処理をしています。途中から別人が入れ替わった、なんてことを書かれるかもしれません。なので、もう1つご用意いたしました」
草田や成宮も、数日前まではそれを懸念していた。
だからなにかもう一手ないか探っていたのだが、美姫が偶然にも見つけた、とある女性のSNSと動画を発見して勝利が確定するものを手に掴んでいたのだ。
「ですので、こちらも併せてどうぞ」
次に流れたのは、世間的にも記憶に新しいショッピングモールジャック事件。
この時に山久佳枝が録画していた映像だ。
動画には一切のモザイクなどの処理はされておらず、現物をそのまま流している。
犯人達の顔こそは見えないものの、周りにいる人々や犯人に連れて行かれそうになっている人々の映像が鮮明と映し出されており、そこにはハッキリと美夜の姿も。
先ほどと瓜二つの少女に、剣。
そして、その後に映る特装隊。
もはやこの動画に立証の必要性はなし。
国はずっと前から、『特装隊が向かうところに正義あり』、と掲げている。
それを動画の捏造に使おうものなら、人生が積むということはもはや常識。
「さて。これにて今回の記者会見は終わりにしようと思いますが、どなたか異論がある方はいらっしゃいますか?」
「……」
まさに付け入る隙のない証拠の提示。
意気揚々と他人の上げ足をとるために集まった記者達は、完全敗北を言い渡された。
そして、そんな人達が自らの非を認め、快く英雄を祀り上げることはできず。
だが1人だけ、敗北を認めて最後に手を上げることができた青年が居た。
「最後によろしいでしょうか」
「はい、どうぞ」
「その子の活動名を教えていただくことは可能でしょうか」
「――ええ、もちろんですとも。名前は、【冬逢キラ】。私共の自慢のアイドルです」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
隣に座る女上司は頭を抱えてため息を零した。
そして、青年が少し言葉を詰まらせたのは、スクリーンにデカデカと自慢のアイドルの名前を映し出したからだ。
「それではこれにて終了とさせていただきます。皆様、わざわざお忙しい中足を運んでいただき誠にありがとうございました」
と、勝利宣言をして草田と成宮は深々と一礼後、胸を張って退出した。
その後、草田は事後報告としてダンジョンから帰宅した美夜と顔を合わせる。
新事務所にてそれが行われたのだが、美夜は自身の耳を疑うしかない。
しかし全てを録画していたため、それを観終えて最後に一言――。
「私、全て配信されていたなんて聞いてませんよっ!」
――と。