「私は朱里!! 7歳だよ!!」赤毛の少女は元気いっぱいに胸を張った。
「えっと……白亜、です。7歳です……」
白毛の少女は小さく声を出し、朱里の影に隠れるように立つ。
「……蒼斗です。7歳。」
青毛の少年は無表情のまま淡々と答える。
「俺は玄真だよ〜。7歳だねぇ。」
緑毛の少年はゆるい調子で笑った。
……いや、待て。
全員、子供じゃねぇか。
「えっと……俺は赤坂颯。年は……18歳、かな。」
俺も自己紹介をしたものの、子供たちは目を輝かせるばかりで、まるで話を聞いてない。
「じゃあ颯おにーちゃんだ!」
朱里が元気に言うと、他の3人も嬉しそうに頷いた。
──この呼び方が、後々どれほどの混乱を招くかを、当時の俺はまだ知らなかった。
「で、あの……社長は?」
俺が尋ねると、四人がそろって首を傾げた。
「かいさん、さっき“ちょっと裏で電話してくる”って言ってたよ?」
玄真がのんびり答える。
その言葉を聞いた瞬間、奥の扉がギィと音を立てて開いた。
そこから現れたのは、見慣れた和服姿──廻谷だった。
「おう、赤坂。悪いが、子守り頼む。」
そう言ってコーヒー片手に軽く笑う廻谷の顔が、なぜか悪魔に見えた。
「ち、ちょっとみんな……落ち着いてくれ……」
俺の声は、事務所の喧騒にかき消された。
朱里は机の上でアスレチックを再現し、飛び跳ねながらソファへダイブ。
「見ててね颯おにーちゃん! 次、二回転するから!!」
「やめろ! 机壊れる!!」
蒼斗は積み上げた本の上で、静かにページをめくっていた。
「蒼斗、それ危ないって!」
「大丈夫。これ、重心取れてるから。」
「理屈は合ってても、行動が間違ってんだよ!!」
そして玄真。
床でドライバーを持ちながら、おもちゃの車を分解中。
「颯おにーちゃん、これエンジン無いね。壊れてる?」
「お前が壊してるんだよ!!」
ふと横を見ると、白亜だけは静かに机の隅で絵を描いていた。
散らかすことも、騒ぐこともなく、クレヨンを指先で丁寧に動かしている。
「白亜は…いい子だな。偉いぞ。」
そう声をかけると、白亜は小さく顔を赤らめて、
「……ありがとう。」
とだけ呟いた。
ほんの一瞬、癒しが訪れた気がした。
だが、次の瞬間──
「おにーちゃん! 天井まで届いたー!!」
「え、ちょ、朱里!?」
ソファの上で、朱里がブラインドの紐を掴んでぶら下がっていた。
──廻谷が出ていって、まだ30分。
時計の針が遅く見えるなんて、初めての経験だった。
「……地獄って、意外と日常の中にあるんだな……」
俺は頭を抱え、ため息を吐いた。
そんなこんなで、気づけば昼の時間。
俺自身、料理のレパートリーなんてほとんどないが──唯一、人に出しても恥ずかしくない料理がある。
「はい、できたぞ。オムライス、特製赤坂verだ。」
皿を並べると、子供たちの目が一斉に輝いた。
「わぁ! ふわふわしてる!」
朱里がスプーンを握りしめて、今にも突撃しそうな勢いだ。
「すごい…卵がきれいに巻けてる…」
白亜は興味深そうに覗き込みながら、小さく感嘆の声を漏らす。
「味付けはケチャップだけか?」
蒼斗が真面目な顔で尋ねてきた。
「なんで7歳のくせにそんな渋い質問するんだよ。」
「…卵、トロトロ。」
玄真は黙々とスプーンを動かし、まるで美食家のように一口ずつ味わっている。
みんなが黙々と食べ始めたのを見て、ようやくホッと息をつく。
この静けさが、どれほど尊いことか。
「うまいっ!!」
最初に声を上げたのは朱里だった。
「颯おにーちゃん、天才!!」
「おぉ、ありがと。まぁ卵焼くだけだけどな。」
「……おいしい、です。」
白亜の小さな声も聞こえた。
その一言が、なんかやたら嬉しかった。
「……これなら、毎日でもいい。」
蒼斗が真顔でつぶやき、
「……ほんとに毎日になりそうだな。」
俺は苦笑いをこぼした。
だが──この穏やかな時間が、長く続くとは限らない。
そんな予感だけが、ふと胸の奥をかすめた。
昼食を食べ終えたあとは、自然と眠気が訪れた。
朱里は「おなかいっぱい〜」と言いながら、テーブルに突っ伏して寝息を立てはじめた。
白亜は静かにブランケットを取り出して、朱里の肩にかける。
「朱里ちゃん、風邪ひいちゃうから……」
そう言いながら、自分も隣でちょこんと丸まった。
蒼斗は本を抱えたまま、ソファの端で目を閉じている。
読み終わる前に寝落ちしたらしい。
玄真はというと、解体していたおもちゃを抱えて、床の上で大の字。
口を半開きにして寝ていた。
「……寝たか。」
俺は小さく息をつきながら、ブランケットを持ってきて、それぞれの体にかけて回った。
「にぎやかだけど……まぁ、悪くないな。」
そう呟いて、俺も椅子に座ったまま目を閉じる。
事務所の中には、子供たちの穏やかな寝息だけが響いていた。
あの喧騒が嘘のように、ほんのひとときだけ、穏やかな午後の時間が流れていた。
俺が目を覚ました時、時計の針は午後3時を少し過ぎた頃だった。
「……あと3時間ってとこか。」
ぽつりと呟き、伸びをする。
隣では、まだ4人の子供たちが気持ちよさそうに眠っていた。
朱里はテーブルに突っ伏したまま、すぅすぅと寝息を立てている。
白亜はその隣で、小さな胸を上下させながら丸まっていた。
蒼斗は本を抱えたままソファに沈み込み、玄真は床の上でおもちゃを握りしめて寝ている。
あれだけ騒いでいたのが嘘のように、事務所には静寂が訪れていた。
その穏やかさに、俺は思わず微笑んでしまった。
「……母さんも、こんな気持ちだったのかな。」
散らかったおもちゃやクレヨンを拾い集めながら、ふとそんな言葉が口から零れた。
子供たちを見守りながら片付けるこの時間が、どこか懐かしく、暖かかった。
机の上を拭き終え、床のゴミをまとめ、椅子を整える。
気づけば、部屋は元のようにすっかり片付いていた。
「……うん、完璧。」
ちょっとした達成感に包まれ、軽く息を吐く。
その時だった。
──コン、コン、コン。
静まり返った事務所に、控えめなノックの音が響いた。
俺は一瞬、時計を見やる。午後3時半。
この時間に訪ねてくるのは、依頼主か、あるいは廻谷か。
「はい、今開けます。」
そう言いながらドアへと歩み寄り、取っ手に手をかけた――その瞬間。
「颯おにーちゃん。」
背後から小さな声がした。振り返ると、玄真が目を覚ましていた。
眠気の残る顔のまま、しかしその表情は妙に真剣だった。
「そこ……開けないほうがいいよ。」
玄真の声は、普段ののんびりとしたものではなかった。
まるで何か“見えている”ような、鋭さを帯びていた。
「……どういうことだ?」
俺が問い返したその瞬間、
空気が一変した。
ピシ……ピシ……。
部屋の奥の壁に、まるで氷が張るような音が響く。
白亜が立ち上がり、小さく息を呑んだ。
「来てる……黒い影……」
彼女の足元で、床の影が微かに揺らいでいた。
「ふふっ、また変なの来たね!」
朱里が机の上に飛び乗り、笑顔を見せる。
その背中に、淡い赤光が走った。
まるで炎が形を取ろうとしているようだった。
「風、逆流してる。」
蒼斗の言葉と共に、事務所の書類が宙に舞い上がる。
カーテンが音を立てて膨らみ、
まるで何かが“外”から押し寄せているようだった。
玄真は小さく息を吐き、床に手をつく。
淡い緑の光が波紋のように広がり、
瞬く間に四人の周囲を取り囲んだ。
「大丈夫。もうすぐ来る。」
その言葉と同時に、ドアノブが勝手に動いた。
ガチャリ――
誰も触れていないのに、ゆっくりと扉が開いていく。
覗き込むように現れたのは、黒い靄だった。
人の形を模してはいるが、
その輪郭はどろりと溶け、地面を這うように広がっていく。
「颯おにーちゃん、後ろにいて!」
朱里が言った瞬間、
赤い光が一気に広がった。
燃えるような紅が、影を押し返し、
白亜の白光がそれを包み、蒼斗の風が渦を巻く。
玄真の緑が地を固め、四つの光が交わる。
――まるで、古い神話の一場面のように。
俺はただ、息を呑むことしかできなかった。
彼らは確かに、子供ではなかった。
何か、もっと古くて、強いもの。
世界の“均衡”そのもののような存在。
――赤、白、青、緑。
俺の頭の中で、どこかの古い言葉が甦る。
「朱雀、白虎、青龍、玄武……」
東西南北を守護する神獣・四神の名だった。







