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「梨奈!!」
その声は、切羽詰まったようで、どこか遠く感じた。
中也は、ぎりぎりと歯を食いしばりながら、梨奈の名を叫ぶ。周りの景色が急速に歪んで、彼女の姿を探し求めていた。静まり返った空気の中で、ただ一つ響いた声が、彼の心に鋭く突き刺さる。
「中也くん……」
振り向いた梨奈の顔には、明らかに以前の面影がなかった。その瞳は暗く、どこか遠くを見つめているかのように感じられる。もはや、かつての無邪気な少女の姿は影をひそめて、冷徹な空気がその身を包み込んでいた。
「手前、何してんだ!! ずっと部屋に閉じこもって!!」
中也の言葉は、少し強い調子で放たれた。だが、その声の中に込められた不安や焦りが、ひしひしと伝わってくる。
梨奈は黙って、ただ彼の目を見つめる。その瞳の中に浮かぶ微かな寂しさと、恐れ。どこか自分を責めているような表情が、すぐに中也を苦しめた。
「なに……中也にうちのことが分かるん?」
彼女はふっと息を吐いて、少し震える声で言った。その声には、確かに弱さが滲んでいた。
中也は言葉を詰まらせ、言い返すことができなかった。彼女の目に映るものが、彼にはどうしても理解できなかった。
「それは……」
その言葉すら、うまく出てこなかった。彼の中で、梨奈を守るためには何をすればよいのか、何が正しいのか、全てがわからなくなっていた。
その沈黙を打破するように、梨奈が静かに口を開いた。
「ふふっ……中也くん。うちの”お願い”聞いてくれへん?」
その言葉に、中也の心は一瞬で冷たくなった。頼み、とは、何を言っているのか。彼はその意味をすぐに理解できず、ただ彼女を見つめるしかなかった。梨奈は、再び冷たい目で彼を見つめ、手を彼の腕にしっかりと絡めた。
「お願い……梨奈。」
その手を強く握る中也の手からは、わずかな力がこもっている。だが、梨奈の目は、その力を感じ取ることなく、さらに冷たさを増していった。
「中也くん、もういいよ。あなたには、分からない。」
梨奈は静かに言った。その声は、まるで何かを諦めたようで、中也は胸が締めつけられるような思いがした。
彼女の目に浮かぶその暗さ、冷たさ。それはまるで、過去の自分を切り捨てたかのようだった。
「……そんなことはない、俺は――」
中也は言葉を続けようとしたが、梨奈の瞳に映る無言の決意に、ただ言葉を飲み込むしかなかった。
「うちは、もう終わりやねん。」
梨奈のその言葉に、中也は全身を震わせた。それがどういう意味を持つのか、心の中で理解したくなかった。
「終わり……?」
「うん。もうすぐな……」
梨奈は静かに頷くと、目を閉じた。その顔がどこか遠く見えて、彼の心に冷たいものが走った。
中也は、何かを叫びたい気持ちでいっぱいだった。でも、その声は、空っぽで虚しいものに思えた。
「俺にできることは……何もないのか?」
中也は、低く呟いた。
梨奈は、ゆっくりとその手を中也の腕から放した。そして、目を開けると、冷徹な表情が戻ってきた。
「頼んでも無駄や。もう、何もかも。」
その言葉は、どこか絶望的で、中也の心を深く傷つけた。
「梨奈……」
その声が、空中に消えた。