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それから一週間近くが経った。
窓のサッシを掃除しているとき、くりくりした目に身体より大きな尻尾のリスが電線を渡っているのを目にした。健太は手を休めて、その一挙一動をまばたきせずに見ている。
リスが歩き去ると、すぐに元の殺風景な電線に戻ってしまった。
健太は部屋を出て階段を降りた。夏の日差しが肌を一瞬照らしたあと、向かい棟の庇の下に入り、チャイムボタンを押した。半分開いたドアの隙間から、ゴリラさんのいかり肩が見えた。
「キヨシならいないよ」
ドアは閉まりかかり、そして開いた。
「アイツいつ帰って来るかしらんけど、しばらく上がってきな」とゴリラさんは言った。
麻編みのシートカバーが掛かる横長のソファに健太は座った。日本町のスーパーで買ってきたばかりという麦茶を入れて、ゴリラさんは斜向かいの丸い椅子に座った。
「アイツから何も聞いてない?」
「何も」
ゴリラさんは「やっぱ、言うわけないよな」と言うと、麦茶をひとのみにした。
「あのコ、アタシのいない隙に部屋入ってカネ盗んだのよ」
えっ
「お金はバイトして返すとか言ってたけど、どうせまだ捜してもいないっしょ」それからゴリラさんは、経過を事細かに話しはじめた。健太の耳はその一つひとつを聴いていたが、頭の中は「そんなはずは絶対ない」という言葉が渦巻いている。
戸の開く音が聞こえた。キヨシだった。旅へ向けての靴を買いに行ってきたという。健太とゴリラさんが話す輪の中に、キヨシが入ってくる様子はなかった。健太は自分の部屋に戻ることにした。
「あんたも気をつけた方がいいよ」ゴリラさんは玄関口で健太に言った「あんたには始めて言うけど、ツヨシさんには会うたびに言ってるのよ。私の方は、今月一杯でアイツをこの部屋から追い出すつもり」と付け加えた。
自室に戻った健太は再び窓の外を見た。さっきリスのいた電線には、雀が止まっている。雀が飛び去った。電線は単なるもとの電線に戻った。