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「いてて……慌てて立ち上がったせいで腰が悲鳴を上げてるよ」
「ルーイ先生、大丈夫ですか。ほら、ゆっくり座って下さい」
セドリックが先生を介抱している。先生は痛みに顔を歪めていた。怪我をしている体を無理に動かしたからだ。つまり俺のせい。
先生は体を張って興奮して暴れた俺を止めてくれた。また借りを作ってしまったな。
「申し訳ありません……先生。俺のせいで怪我の治りを遅くしてしまったかもしれません」
「レオン。クレハとあいつの姉さんの話は、いつまでも隠しておけることじゃない。それは分かっていただろう。覚悟もしていたはずだ」
「……はい」
それでも我慢できなかった。そして驚愕した。まさかジェムラート公爵の口から真実が伝えられることになるなんて……
箝口令を敷いてまで情報を隠蔽していたのは公爵自身であるのに。
「それに、リズちゃんは話をする前にちゃんと忠告をした。『落ち着いて最後まで聞いてくれ』と。それなのにお前ときたら……話の途中で飛び出して行こうとするんだから。まさにリズちゃんはお前のそんな反応を心配していたんじゃないか」
リズは部屋の一番奥まで移動し、離れたところから俺たちのやり取りを見守っていた。彼女の辛そうな表情が目に映る。リズは今何を考えているのだろう。俺の行動に呆れているだろうか。
彼女だってクレハのことが心配であろうに、冷静に我々に知らせに来てくれた。それに比べて俺ときたら……感情に任せて暴れることしかできないなんて、本当に情けないな。
「先生、レオン様も頭では分かっておられます。それでもクレハ様を想う気持ちが溢れてしまい、行動を抑制することが出来なかったのでしょう。今はもう落ち着いていらっしゃるので、お叱りはその辺で……」
セドリックのフォローが胸に突き刺さる。俺のためを思って言ってくれているのだろうが、その気遣いが余計に俺を惨めな気持ちにさせた。
先生もセドリックも……彼らにとって行動を注視しておかなければならない対象に、最初から俺も含まれていたのだろうな。俺はクレハのことだけを考えていたというのに……
袖口が焼け焦げてしまったセドリックの軍服……あれはもう使い物にならない。露出している手首が僅かに赤くなっている。彼にまで怪我をさせてしまったのか。
俺の視線がどこを見ているのか気付いたらしい。セドリックは慌てた様子で腕を背中側に回した。
「私の伝え方が下手だったせいもあります。殿下の不安を煽ってしまうことになり、申し訳ありませんでした」
「リズ、君が責任を感じる必要はない。全ては俺が未熟なせいだ。もう平気だから、話を聞かせて欲しい」
リズに話の続きをするようお願いして、俺は椅子に座った。先ほどのような振る舞いはもうしないと……腰を落ち着けて冷静に聞くとアピールした。それでも先生とセドリックは、まだ俺を完全に信用できてはおらず、警戒を解いてくれなかった。
「はい、結論からお伝えします。クレハ様は大丈夫です。当初私たちが危惧していたような状態にはなっておられません」
公爵から話を聞いた直後はかなり危うかったらしいが、リズと会話をしながら冷静に状況を整理して、心を落ち着かせていったのだと。疲れて寝ているというのも嘘ではないそうだ。
「リズちゃんが側にいたのが良かったね。クレハは基本的にマイナス思考だから、ひとりだと悪い方向にばっかり想像を膨らませて、自分で自分を追い詰めたりするんだよな……」
自己評価の低さに加えて、他人の顔色を伺いすぎるきらいがある。もっと肩の力を抜けばよいのにと、先生はぼやいた。それは俺も同感だった。卑屈とまではいかないものの、どうしてここまで己に自信が無いのか。やはり、姉の存在のせいか……
クレハは人見知りで家族や使用人以外との交流が薄い。同年代の友人も少ないから、善し悪しの基準が全て姉になってしまったのではないだろうか。そうだとしたらやるせない。
クレハにはクレハの良さがあるのに……俺は完璧な令嬢じゃなくて、クレハがいいのに。
「私もそれを一番心配しておりましたが、クレハ様は過度に己を卑下したりもせず、フィオナ様の主張に真っ向から挑み、婚約を認めさせてみせると宣言されたのです。あの方はご自分の立場をしっかりと理解しておられました」
「あのクレハがっ……!? そりゃあ、いい。しかしまたずいぶんと思い切ったな」
「クレハ様が……。本当ですか、リズさん」
婚約の解消を申し出るという最悪のケースまで想像していた。クレハにとって姉の存在はとても大きいから……。けれど、リズの口から語られたのは俺の予想とは真逆の展開であった。
「本当ですよ。失礼ながら私も最初は耳を疑ってしまいました。以前のクレハ様なら、婚約相手の変更を希望されていたかもしれませんから……」
リズも俺と同じことを考えていた。俺と違ってクレハはこの婚約に執着していない。拒んではいないが、望んでもいないのだ。更に、他にも候補者がいたことを知っているから、姉と揉めるくらいなら相手の変更を希望するのだろうと。でも、実際は違った。
クレハは姉の意見に左右されなかったばかりか、ねじ伏せてみせるとまで言ったという。あの子の口からそんな強気な言葉が出てくるなんて……
「これは私の考えですが、レオン殿下や側近の方たちのおかげでしょう。クレハ様を支えてくださる皆さまの存在が、あの方の心を強くしたのだと思います」
「……レオン。どうやら俺たちはクレハをみくびっていたみたいだな。あいつはあいつなりに、お前の婚約者としての自覚も覚悟も持っていたんだよ」
先生が俺の頭を撫でた。セドリックの安堵のため息が部屋に響いた。リズの瞳は相変わらず涙ぐんでいたけど、俺がもう暴れることはないと確信したようで、表情は穏やかなものへと変化していた。