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炎の柱が横なぎに掃われる様は、昔テレビで見た火炎放射器のそれを慧太に思い起こされた。ただ目の前のそれはテレビで見たものより遥かに太く、強い。
実際には魔法の一種であることがわかるが、何の予告もなく放たれた火柱に、慧太はともかく、セラフィナは開いた口が塞がらないようだった。
「何とまあ、厄介な事態になっていたようですね、慧太くん」
そう言ったのは、右手をかざし、炎の柱を放射していた若い魔術師だった。青い髪を後ろで束ねている涼やかな青年だ。
「ユウラ」
慧太はその名を口にした。
ユウラ・ワーベルタ。二十二歳になる魔術師で、慧太と同じ傭兵団に所属している。
「よくここに――」
「なに、使い魔を使えるのはあなただけではありませんよ」
ユウラは穏やかな表情に見えて、その青灰色の瞳は笑っていなかった。
「なにやら不穏な気配を察すれば、心配にならないはずがないでしょう?」
ゆっくりとした足取りでユウラは、慧太とセラフィナの前へと出る。
放たれた炎に焼かれていく屍人たち。老若男女問わず。すでに死んでいるにも関わらず呻き声を上げる。まるで恨みの声だ――慧太は生前の住人らの姿を思い出し、唇を噛み締めた。
迫り来る屍人らの一隊を焼き払った青髪の魔術師は、すっと呼吸を整える。
「……爆砕」
その呟きは、魔法詠唱。恐ろしく短く、しかしその効果は絶大だった。
村の中央に同時に五つの光が走る。闇夜を切り裂く閃光。風を吸い込むような音がした次の瞬間、五つの紅蓮の火球が太陽の如く広がった。
大爆発、建物ごと村の中心部から広範囲を爆砕する。飛び散る石材、燃え上がる木材が熱風に乗ってまき散らされた。
「……そんな……!」
吹き付けた風に、なびいた銀髪を押さえるセラフィナ。目の当たりにした魔法の威力に声を失う。慧太も厳しい顔で、友人である魔術師を見た。
「やり過ぎじゃないのか、ユウラ?」
「屍人となった者は、一人として逃してはいけません」
感情を感じさせない声で魔術師の青年は応えた。
「一人でも残っていれば、それがのちにどれほどの災厄を招くか。数年前、たった一人の屍人に数百人規模の町が一夜にして滅びたこともある」
「……」
「故に、屍を操る術法は禁忌とされています。取り扱いを誤れば――」
「ああ、わかってる」
わかってはいるが――慧太の心境は複雑だ。
ユウラの言い分はわかるし、慧太とてそれを想像するのは難しくない。だが……それでも、夕方までは普通に暮らしている、普通の人たちだったのだ。
慧太は視線をそらす。セラフィナは口元に手を当て、吹き飛んだ村の姿を呆然と見つめていた。目の前の光景が信じられないといった表情だ。
――それが自然だよな。
慧太は足元に視線を落とす。村一つ消えるのに平然としていられるほうが、どうかしている。
だが思考はそこまでだった。
風を切る音と共にトス、と地面に矢が突き刺さる。ユウラの数歩前に落ちた矢。それが『誰の』ものか見た瞬間、青年魔術師は苦笑した。
「あの、リアナさん? 冗談でも仲間に矢を向けるのはどうかと――」
「……冗談でも爆砕魔法を仲間のすぐ近くに放つのは許されると?」
金髪碧眼の狐娘、リアナが音もなく駆け寄ると、地面に刺さった矢を引き抜き、冷徹に言い放った。
「わたし、屋根の上にいた」
「ええ、もちろん。知ってました」
ユウラは申し訳なさそうに眉を下げた。
「だからあなたに影響しない範囲を選んで――」
「夜に派手に光をぶちまけたら、わたしの目がどうなるかは考えた?」
無表情な狐人の少女だが、声には明らかに怒気が含まれていた。
その背後で、またもユウラの魔法による爆発が発動し、残った家屋が潰れた。吹き抜けた熱風が慧太らの髪をあおる。
「あと爆風」
「すみません」
ユウラは素直に謝った。慧太は、ばつが悪くなって髪をかく。一人、セラフィナだけがついていけず困惑している。
「あの……一体どういう……」
「オレの仲間――」
慧太は、青年魔術師と狐人少女を順番に指差しながら、しかし首を横に振った。
「とりあえず、場所を変えようか」
廃墟と化した村。魔人とやりあい、つい今まで屍人と化した村人が蠢いていた場所。ここで立ち話をする気分ではなかった。
「ではアジトに」
ユウラが慧太に言い、次にリアナを見た。
「屍人を操っていた者は?」
「手ごたえはあった」
リアナは背中に弓を引っ掛けながら答えた。
ボロい外套をまとった魔術師風の敵。
その心臓を撃ち抜いたという確信があった。
「トドメは確認してない。……あなたが魔法で吹き飛ばしたから」
「あなたの腕を信じてますよ、リアナ」
ユウラが笑みを浮かべた。
「慧太、影をいくつか落としておいてくれますか?」
影、とは慧太のシェイプシフターの分身体のことだ。
「使い魔に見張らせますが、万が一、屍人が残っていた時――」
始末しろってことだな――慧太は頷いた。
「わかった」
ユウラの大魔法でおそらく一掃されたとは思うが、過信するのは禁物だ。油断と慢心は、傭兵団には慎むべき行為である。
――生き残った屍人……。
何とも矛盾した響きだ。屍人と化した時点で、すでに死んでいる。元村人にトドメを刺す役割というのは、正直気持ちのいいものではなかった。
慧太は影から分身体をこっそり放つと、セラフィナ、ユウラ、リアナと共にルベル村の廃墟を後にした。
ここに戻ってくることは二度とないだろう。