テラーノベル
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「――なあなあ、知ってる?最近”スラム”にやべーやつが現れたらしいんだよね」
「なにそれ?別にスラム住民の暴動は俺ら警察に捕まるし、何もやばくないと思うけど」
「いやそれがさー、もう五回は警察とかち合ってるっていうのに絶対捕まらないんだってよ」
「は?そんなに逃げられることある?風評被害被るんだけどそれ」
「それな?まるで天使のように軽快に逃げ回るんだと」
「そんな運動神経あるんだったら分けてほしいわ、警察に追っかけられるような真似してないで」
「やばいよなー、そして付いた異名は”スラムの堕天使”!安直だけど否定できないんだよなぁ」
「まあそんだけ捕まえ損ねてたらそんなダサい名前も否定できないわな」
「…っと、やばい!出勤時間遅れる!」
「急げー!署長に殺されるぞ!」
雨の降る日の街は、ひどく静かだ。
気を抜けば吸い込まれそうな、恐怖を含んでいる気がする。
どこまでも落ちていきそうな果てしなさがある。
それでも腹は空くし、俺は息をしている。
「飯、食わんと…」
この街は飢えている。
誰もが常に欲と野望を抱え、他人を貶めるか己が成り上がることだけを考えている。
はっきり言って異常だが、それ以上でもそれ以下でもない。
ここでは、それが普通だ。
「泥棒だーっ!」
「テメエいきなり殴ってくるんじゃねえ!ぶっ殺すぞ!」
「くひひっ…50万ゲット〜。騙しやすすぎでしょ」
「誰か警察呼べよー、大事になる前にな」
他人のいざこざは知らん顔で、自己保身が先決。
ろくに通報するやつがそう居るはずもなく、警察もよほどでなければ干渉しない無法地帯だ。
今生きていられる自信がある奴は、更なる幸福を求めて欲に塗れる。
今を生きることすらできない者は、そういう奴らに淘汰されていく。
ただそれだけで、その中に俺も生きている。
吐き気がする。
「なぁおっちゃん、なんか仕事無いん?」
「ん〜、最近は闇討ちの依頼しか無いね。リスク背負ってもいいならたんまりあるよ」
「えー…じゃあ範囲絞って、近いところ5個くらい貰うわ」
「あいよ、報酬こんくらいな。今日もよろしく〜」
人気のない路地裏を出て、指定された場所へ向かう。
道中の待ち伏せなどもできるだけ無力化していく。
まだまともな人間だという自覚がある俺でも、こういうことには否応なく触れてしまう。
皆、生きるのに必死だ。
生きるために、他人を殺している。
「あ、居った居った。コイツが一人目か、楽勝そうやな」
「クソッ…”スラムの堕天使”!俺はお前なんかにやられねえぞ!」
「あっそ。悪いけど、こちとら今日の宿代稼がないとアカンねん。しゃあないわな」
返り血が少し、服にかかる。
死体写真を依頼主に送り、後処理をして次のターゲットを狙う。
「はい上がり〜。おっちゃん終わったで。報酬ちょーだい」
「へいへい。依頼ついでに待ち伏せやら物盗りやら倒してくれるの、毎度ありがとな。助かってるよ」
「まあ…邪魔やし、迷惑やし。今日もあざっすー」
時々、こうして他人の屍の上に生きている自分に気がつく。
見るたびに自分がとてつもなく醜く思えて、勝手に疲弊する。
そして、仕方がないと自分に言い聞かせている。
「どうも〜。今月の宿代っす…」
「はーい、確かに頂きました。今日も頑張ってるねぇ”堕天使”さん」
「それで呼ぶなや。マジでここに住んどることバラしたりしたらただじゃおかへんからな」
「はいはい、わかっておりますよっと。近辺の護衛してくれてんだから言うわけ無いですって」
水面下での息継ぎを、命の継ぎ足しをしているような感覚。
もうそれが壊れそうになるのも、削られそうになるのも慣れてしまった。
人間の習慣性が憎い。
死にそうになる理由は結局、優しい奴が一番脆いからだ。
俺が殺したのも、そんな人達だったのだろうか。
少し、頭が痛む。
今日も雨が降っている。
「おっちゃん〜、今日も依頼く…」
「あ、来た来た”堕天使”。おっちゃんありがとー居場所教えてくれて」
知らない人影が振り向く。
殺気が俺を包んだ。その瞬間、逃げなければならないと悟った。
「すまん金の為だ、仕方ねえよな…悪いな」
裏切られたことすら、上手く頭に入らない。
「っはぁ…おっちゃん、信じとったんやけどなぁ。ほんならもう行くわ、今までありがとうな」
せめてもの感謝を伝え、出来る限りの速さで逃げ出した。
まるで当然かのように彼奴も追ってくる。
道中でいつも通り待ち構えているチンピラ共を遮蔽物に逃げ隠れても、どこまでもついてくる。
「クッソが…いい加減に、せぇやっ!」
「や〜だね〜、絶対逃さないよ。”スラムの堕天使”さん?」
(こいつマジで諦め悪すぎやろ…!)
街の中心に向かうにつれて、チンピラの数も増えていく。
相手は、路地を埋め尽くす程の肉壁にすら一向に引っ掛かってくれない。
「ちょっと〜、”首領”さん?随分と手こずってますね?」
「ごめんごめん!マジで”堕天使”逃げるの上手すぎるんだって、手伝ってよ」
「俺も手伝うよ〜」
敵に仲間が加勢してきたらしい。三対一を悪気もなく強いる相手に、少し嫌悪感を抱いた。
「”堕天使”さ〜ん、そろそろ降参してほしいな?」
「ッ…嫌に決まっとるやろ!」
「ちょっ、また逃げられるってば!」
(よっ…と、三段跳びっ!いい加減見逃してくれやぁ…っ)
加勢してきた二人の肩を飛び越え、そのまま近くの屋根も越えて別の裏通りへ着地していく。
だが、”首領”と呼ばれていた最初の奴が俺を追って建物を飛び越えてくる。
「あ゙ーもう!三人がかりとか卑怯やろ!アカンてほんまにっ…!」
「卑怯じゃない卑怯じゃない。これは正当な攻撃方法でーす」
「その顔っ、絶対んなこと思ってへんやろ!なんでいきなり襲ってくんねん!」
「あーそれはこっちの事情だししょうがないよー」
「俺にはしゃあない理由無いねんけど!?」
謎に繋がっていくコントのような会話をしながら逃げ続ける。
正直、雨も相まってこのままずっと走るのは限界だ。
(いっそのこと、いきなり逆走してすり抜けてまうほうが疲れへん気がすんねんけど…)
「って思ったー?」
視界の右側に”首領”の仲間であろう、俺を堕天使さんと呼んだ人物が迫っていた。
「うおっ…、びっくりさせんなや!」
「まあまあ、それが俺の役目だからね。本命はそっち〜」
反射的に指された正面に視線を戻す。
「誘導ありがとー!”スラムの堕天使”頂きぃ!」
進行方向上に”首領”が飛び降りてきた。
そのまま俺を捕まえようと向かってくる。
「ふっ…、残念やったなぁっ!俺はそんなんじゃ捕まらへんわ!」
(跳び箱式パルクールっ…これで逃げられんかったら詰むガチで!)
心の中で半分泣きながら、待ち構える相手の頭を跳び箱代わりにして屋根の上へ飛び移った。
そのままパルクールの要領で右、左、右、右、左、右と足場を変えながら走り続けていく。
「上手ぁ!?それはっ…流石に反則でしょ!てか踏み台にされたんだけど?」
『…ソロソロ、時間切レダヨ』
「え、嘘ぉ…マジか、こんな中途半端に終わりたくないんだけどこの鬼ごっこ」
「これを鬼ごっこって言ってる時点で相手が可哀想だよ…もうやめよ?」
「いや、俺は行く!絶対手に入れて持ち帰ってやるからな〜」
「話聞いてたぁ!?」
後ろが騒がしく、それと同時に”首領”からの殺意がまた膨れ上がってきた。
早く逃げなければ、本当に死んでしまう。
そう思う傍ら、自分も今まで同じことをしてきたのだと気付く。
自分も人間であることを再確認した気持ちだ。
「おーい”堕天使”〜待って〜」
「それで待つ馬鹿がどこに居んねん。つか反則使ってくるやつが反則とか言うなや!」
(おっちゃんはさておき、あんの宿主め、嵌めやがったな…!?絶対住所バラされたやろ!)
心の中で、自分を裏切ったであろう宿主への恨み言を吐きながらまだ走り続ける。
そして走っていた屋根から着地した瞬間、世界が回転した。そう思った。
数秒の後、転倒したのだと頭が理解した。
(やっっっば…これ俺死んだか?あー終わった、殺意の塊がこっち来てるわ死んだ〜)
立ち上がることを諦めて、薄くなる意識の中で必死に周りの様子を窺う。
「…えっ、なんか”堕天使”が落ちてるんだけど!え、これ俺のせい〜?w」
「100%そうだと思う。多分着地ミスでしょ。誰かに足引っ掛けられたのかな?手当してあげないと」
「そういえば時間は?ギリセーフ?」
『…ギリギリ、アウト』
「なんだよー!今せっかく捕まえたのに?」
「〜〜〜?〜〜!」
「〜〜〜〜〜…」
意識が遠のく。すぐ横で話しているはずの相手の会話すら聞き取れない。
仕方なく流れに身を任せて、俺は目眩と共に意識を手放した。
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