俺の目の前には一冊の日記があった。
老人が残した日記、老人の軌跡があった。
幸せが壊れると言った老人。
俺の幸せ、俺の全てが壊れると言った老人。
最悪の未来、俺は回避する。
そのために俺は読まなければならない。
この日記を、この地獄を。
必要なのは覚悟だ。
あとは覚悟を決めるだけだ。
………
……
…よし、覚悟完了だ。読める。
ボロボロの日記、その一ページ目。
とてつもなく重い一ページ目。
俺は意を決して、目を見開き、老人の軌跡を辿り始めた。
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今日から日記を付けることにする。
戒めの日記。そう、俺と龍神への戒めの日記だ。
奴への恨み、自分への情けなさ。それを忘れないために。
一秒も無駄に出来ない。俺は、やったことを書き記していこうと思う。
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龍神に全員殺される。
その解決策はロキシーのお腹の子供を殺すこと。
そんな選択、文字にするだけで気持ち悪い。
俺は、どうしたらいいのだろうか。
分からない。龍神を殺すと即答出来ない自分が情けなくて嫌いだ。
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俺は修行することにした。
まだ龍神が攻めてくるまで時間はある。
だから、ギリギリまでエリスとパウロと剣術修行をする。
魔術はロキシーに教わりながら独学で鍛錬を積むことにする。
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ロキシーから最近笑っている所を見ていないと言われた。
「そんなことないですよ?」って言った。
でも、その顔が笑っていないと言われた。
「すみません」って言った。謝ることじゃないと言われた。
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寝る以外は修行をしている。
一秒毎に計画を立てて、死ぬ気で努力をした。
でも、だからこそ悟った。
勝てない。最強には勝てない。
闘気が纏えない俺と水神流に弱いエリス。
俺たちでは最強に勝てない。
そう、気付かされた。
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エリスが産んでくれた子供、アルスがアイシャの腕に抱かれ、そのまま彼女のおっぱいを揉んでいた。
久々に我が子を見た気がする。
そういえば構ってあげられていなかったな。
申し訳ない。
アイシャに変わってもらって我が子を抱っこしてみた。
その瞬間、泣かれてしまった。
その姿を見て皆が笑った。久々に家族に笑いが起きた。
子供は偉大だな。本当に、そう思った。
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ヒトガミの言う『選択の時』が近づいてきた。
龍神と戦って全てを失うか。
ロキシーの子供を殺すか。
もう逃げられない。三日以内には答えを出そうと思う。
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シルフィに怒鳴ってしまった。
彼女がロキシーの子供の名前、皆で決める?と聞いてきた。
そんな彼女に決意が揺らぐようなことを言うな!と怒鳴ってしまった。
その瞬間、俺の言葉にシルフィが悲しい顔をした。
大好きなシルフィが辛そうな顔をした。
彼女はロキシーの妊娠に気付いただけだったのに。
周りを良く見てくれていただけだったのに。
俺は、その場で謝ることが出来なかった。
文字にならいくらでも出来るのに。
ごめんなさい。俺は、こんな短い文字を言葉にすることが出来なかった。
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ロキシーと二人きりで買い物に出掛けた。俺は、身重なロキシーをおんぶした。
すると、ロキシーにルディは優しいですねと言われた。
俺は優しくないのに。小さく笑いながらそう言われた。
二人きりで出掛けた理由は『あれ』を言うため。
俺は何度も言おうとした。
何度も言おうと思って、口を動かした。
三時間……いや、四時間は掛かっただろうか。
遂に俺の喉から声が出た。
「ロキシーのお腹の子供を殺したい」
そう言った。ロキシーは一日時間をくださいと言った。
少し驚きながら悲しい顔をして、それだけを言葉にしていた。
理由は聞かれなかった。
ルディが優しいという言葉を取り消されることも無かった。
俺は間違えたのかもしれない……何故か、今さらだけどそう思った。
▫️
ロキシーのお腹の子供を殺した。土魔術で四角いレンガのような物を作り、彼女のお腹に何度も何度も叩きつけた。
彼女は、ロキシーは、何度も何度も「あ゛っ」という苦しそうな声をあげていた。
じんわりと瞳を濡らし、下唇に噛み付いていた。
すごく、すごく辛そうだった。
……今でも、彼女の断末魔が頭から離れない。
でも仕方ない。最強には勝てない。俺は心の中で言い訳をした。
その後、血まみれで虚ろな目をするロキシーに治癒魔術を掛けた。
リーリャは、その光景に目を見開いて引いていた。
シルフィは、涙を流していた。
エリスも……俺を、じっと見つめていた。
パウロはここには居なかった。というより、居ない時を狙った。
アイツにはこの気持ちは分からない。どうせ俺の気持ちなんて分からない。
アイツが居ない時を狙って、俺はロキシーのお腹の子供を殺した。
これ以降、龍神が俺たちを殺しにくることはなかった。
ヒトガミの言う通りだった。
ヒトガミは俺に幸せを教えてくれた。
ヒトガミは優しい……
俺の味方はヒトガミだけ。
それが証明された瞬間だった。
▫️
パウロと喧嘩をした。
お前は三人目の妻だからって出来た子供を殺すのか!?と怒鳴られた。
俺は、お前に俺の気持ちなんて分からない……そうやって言葉を返した。
修行したのは我が子を殺すためか?家族を殺すためか?そう言われた。
ムカついた。お前なんて父親じゃないって言ってやった。
その瞬間、うるさいパウロが黙った。
殴り合いの喧嘩になると思ったのに、ならなかった。
俺は強くなりすぎた。
誰も俺に文句を言う奴は居なかった。
▫️
パウロが家を出て行ったらしい。
知るかって言ったら、ノルンにビンタされた。
威力は無いのに、すごく痛かった。
ノルンも家を出て行った。
パウロについていくのだろうか?
知らない、知りたくもなかった。
▫️
リーリャから一枚の手紙を貰った。
パウロの字だ。内容を要約しようと思う。
『俺はお前の親父に相応しくない。迷宮でも、アトーフェとの戦いでも守ってやれなかった。
こんな親父で、ごめんな。
だから、もう一度転移事件の捜索団に戻ろうと思う。
お前の親父に相応しくなるために。俺は、ルディの父親だと自信を持って言えるようにするために。
親父として、堂々とお前と喧嘩出来るように……
必ず帰ってくる。それまで達者でな、ルディ』
この手紙を読んだ俺は、リーリャの前で泣いてしまった。
パウロの手紙に涙を落としてしまった。
そんな俺の姿にリーリャが優しく笑っていた。
久々にリーリャが笑っている所を見た気がする。
この手紙は日記に挟んでおくことにする。
パウロはすごい。
再会したら謝ろう。仲直りしよう。
きっと、仲直り出来るはずだ。
幼少期の時みたいに、きっと。
絶対に仲直り出来る……俺の心は、そう信じて疑わなかった。
▫️
ロキシーに謝った。
土下座をすると、顔を上げてくださいと言われた。
殴られると思った。魔術で殺されると思った。
でも、違った。
彼女は、こう言った。
「私は、ルディの隣に居られるだけで幸せです。ルディが幸せなら、私も幸せです」
恥ずかしそうに、そう言われた。
涙が止まらなかった。
俺は、まだやり直せる。
彼女のおかげでやり直せる。本気で、そう思えた。
▫️
ロキシーに、シルフィが最近辛そうです。慰めてあげてくださいと言われた。
流石は師匠だと思った。周りが良く見えてて優しいと思った。
ロキシーが生きていて本当に良かった。
やっぱり彼女は俺の師匠だ。
そんな最高の師匠。
彼女の教え通り、明日はシルフィとの仲直りに全力を注ごうと思う。
▫️
シルフィは自室に籠っていた。
ただでさえ痩せているのに。俺が見つけた時彼女はさらに痩せ細っていた。やつれていた。すごく疲弊していて辛そうだった。
だから、ご飯屋さんに一緒に行くことにした。
二人きりで長く話した。
酷いこと言ってごめん……俺は、そう言った。
シルフィは怒らなかった。
寧ろ、ボクもごめんと謝られた。
仲直りすることが出来た。
彼女は、こんな俺を許してくれた。
あとは朝までえっちなことをするだけ。
そう思っていたのに……出来なかった。
俺の息子は勃たなかった。
大切な人を妊娠させるのが怖い。
俺は、EDになった。
▫️
ロキシーが泣いた。
自分のせいでルディが不幸になったと。
自分が妊娠したから、ルディが精神的に辛くなったと。
何度も何度も泣いていた。
彼女のごめんなさいという言葉が、謝りが、本当に辛かった。
俺は、その姿を見て、何を言えば良いのか……どうすれば良いのか分からなかった。
ロキシーの心が壊れていく音がした。
ED、ED……パウロなら、EDを治せたのかな。
▫️
俺の家に十数人の暗殺者が来た。
名前は無い。対して強くもなかった。
倒すことは出来た。でも殺すことは出来なかった。
人を殺す。俺には、それが出来なかった。
悩んでいるとエリナリーゼが横から声を掛けてくれた。
「ルーデウス?私に任せれば良いですわ。私が口を割らせておきますわよ」
彼女は、クリフの子供を妊娠していた。
お腹もだいぶ大きくなっていた。
血なんて見たくないだろうに、言ってくれた。
俺は任せることにした。任せてしまった。
何が『強い』だ……俺は、とことんクソなのに。
俺は、とんでもないクズなのに。
俺は、弱い俺は……拷問をエリナリーゼに任せてしまったんだ。
▫️
最悪だ。最悪だった。
暗殺者の正体はミリス教団からの刺客だった。
エリナリーゼが言うには暗殺者の狙いはロキシーだったらしい。
ロキシーが王級治癒魔術を会得したせいで、ミリスが治癒魔術を独占出来なくなる。そうなれば、治癒魔術でお金を稼げない。そんな理由でミリスはロキシーを狙ったらしい。
そもそも、何故ロキシーが王級治癒魔術を会得していることを知っているんだ?分からない。でも、そんなことは今さらどうでもいい。
大事な人を、ロキシーを殺させない。
この日記の文字と共に俺は決意を固めることにする。
俺はもう失敗しない。そんな決意を心に誓った。
▫️
何度も、何度も暗殺者は来た。
しかし、日に日に数は減っている。
勝てる。龍神を、強さを目指した道は無駄なんかじゃなかった。
まだ人は殺していない。
だけど、ロキシーを守るためなら殺してやる。
俺は、それぐらいの覚悟、心の準備を作っていた。
▫️
暗殺者が来なくなった。
俺たちの勝ち。俺はロキシーを守った。夫として、父親として自信が持てた。
自信、自信……もしかしたら、今ならEDが治せるかもしれない。妻たちの期待に応えられるかもしれない。
うん、きっとそうだ。大丈夫だ。
久しぶりに明日に希望が持てた。日記を書くのが楽しい。
すごく幸せだ。
安心感がやって来た。そのせいだろうか?今日はすごく疲れを感じる。そんな疲れを取るため、今日は早めに寝ることにする。もう暗殺者は来ない。大丈夫だ。
大丈夫、大丈夫。よし、ロキシーの安否は明日確認しよう。
▫️
朝起きるとロキシーが居なかった。
探した、探した。俺は家中を探し回った。
しかし、居ない。何処にも居ない。
そんなロキシーをアイシャが見つけた。
アイシャは膝から崩れ落ちて、目を見開いていた。
庭には一本のロープがあった。
丸く輪っかが作られていた。
ロキシーの身体が宙に浮いていて……風に吹かれて、ブラブラと左右に揺れていた。
ロープの輪っかにあったのはロキシーの首。
彼女は、ロキシーは……俺の師匠は、死んでいた。
首を括って、死んでいた。
小さな青い髪に乗っていただけの、大きな帽子が……ダメだ。もう書けない、書きたくない。
ロキシーのぐちゃぐちゃに濡れた頬を思い出してしまう。
直前まで泣いていたのだろう、目尻がしっとりと濡れていたのを思い出したくない。
可愛いロキシー、大好きなロキシー……そんな彼女の最後を受け止めたくない。
でも、受け止めたくなくても、受け止めようとしなくても痛いほど分かってしまう。
終わったということ。
終わってしまったということ。
そんなことは、彼女の握っている手紙を見れば一目瞭然だった。
『ルディ、全部私のせいです……すみません』
そんな手紙をロキシーは握っていた。
彼女の手は、すごく冷たくて。今にも水魔術のお手本を見せてくれそうに感じた。
そんなことはあり得ないのに。
彼女はミリスの暗殺者に狙われていることを知っていたんだ。
だから、だから、自分のせいだと思って…
…自殺したんだ。
パタンっ
俺は日記を閉じた。
いや、閉じたんじゃない。気付いたら俺の身体は日記を閉じていた。
辛い、あまりにも辛い。
吐き気がする。気持ち悪い。ダメだ、吐く。
「おえぇぇぇぇ……」
べちゃべちゃと音を立てながら、俺は嗚咽した。
地下から出て、庭まで走って、そこで吐いた。
(なんで、なんでこんなに辛いんだよ……)
まだ信じられない。
老人の軌跡、俺がこんな道を辿ることになるなんて。
信じられるわけがない。そうやって頭では否定していた。
でも、身体は認めていた。
だから気持ち悪くなったんだ。
信じたくないけど、そういうことでしか説明することが出来ない。
俺は水魔術で口を濯ぐ。
本当の軌跡なら、やはり読まなければならない。
決意を固めたんだ。老人の軌跡、俺は知る必要がある。
少し軽くなった身体。俺は、もう一度日記……地獄のある地下へと足を運んだ。






