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『ふじたや』さんは宝物館をすぎた所にあり、私たちは列に並ぶ。
どうやらミシュランの一つ星を獲得したお店らしい。
宮島口にある『うえの』さんも有名な老舗で、どちらも一九〇〇年ぐらい創業の老舗だ。
「私、神社とかについては尊さんほど調べてなかったんですけど、あなごめしは調べてたんですよ」
「分かる」
「そしたら……、『みこと屋』っていうお店を見つけて、気になって気になって……」
「だろうと思ってた。あっちも口コミサイトの評価良かったし、気になってたんだけどな」
「次回来たら、今度は『みこと屋』さんに行かないと」
待合スペースは簡易的だけど日よけがあり、座っていられるからありがたい。
お喋りしながら順番待ちをしていると、順番がまわって席に着く事ができた。
お店の外観はこぢんまりとした雰囲気だけれど、中は純和風で中庭があるのがとても素敵だ。
カウンター席や小上がりもあるけれど、幸いな事に私たちは中庭近くの丸テーブルに座る事ができた。
「なんかいいですね。目に涼しい」
「だな」
メニューはとてもシンプルで、写真が載った大きな物はなく、テーブルに写真立てみたいな小さな文字だけのメニューがあり、メインのあなごめし一品のみだ。
それに加えて小鉢などのサイドメニュー、飲み物が書いてあるだけ。
その余計な物はおかず、シンプルにあなごめしだけでやっていくというスタイルが、とても格好良く思えた。
私たちはそれぞれあなご丼を頼んだ上に、小鉢のあなごの肝をつつきあう事にする。
「わぁあ……」
やがて運ばれてきたあなご丼を見て、私は感嘆の溜め息をつく。
丼の中には、うっすらとタレを纏った白っぽいあなごが綺麗に整列している。
うな重みたいに大きいのがドンとあるのかと思いきや、一口大にカットされたあなごが並んでいて、芸術作品みたいだ。
「すごーい……。綺麗……」
店内に流れるラジオを聞きながら、私はお吸い物やお漬物も含めて写真を撮り、ついでにあなご丼を前にした尊さんも隠し撮りした。
肝吸いは香りが良く、あなごはフワフワな上にタレがとても美味しい。
あつあつご飯とのコンボが素晴らしく、私は夢中になってあなご丼を頬張った。
最後にご飯を少しだけ残してお漬物と一緒に食べ、肝吸いを飲みきったあと、あなごの肝を食べる。
「んー!」
コリコリしていて食感がいいし、味付けも絶妙に美味しい。
「おいふぃ……、ひあわへ……」
顔をとろけさせていると、向かいから尊さんにパシャッと写真を撮られる。
「あっ、盗撮だ」
「合意の盗撮だよ」
「あとでチェキ代もらいますからね」
「腹がこなれたあと、『宮島珈琲』ってカフェでパフェ食べられるみたいだけど、どうだ? 俺もコーヒー豆買いたいし」
「手を打ちましょう」
さすが尊さん、私の扱い方を分かってらっしゃる。
美味しいあなご丼を食べたあと、パフェまで食べられるなんて幸せだ。
私はあなごの肝をつまみつつ、「お土産、何を買って行こうかな」と考える。
同時にフワッと脳裏に浮かんだのは、ホテルにいたとき恵が【話なら東京に戻ったあと聞く】と言ってくれた事だ。
(そういえば私たち、凜さんの件で広島に来たんだっけ)
彼女と会って話したあと、納得はすれどモヤモヤしていたはずなのに、尊さんと一緒に楽しく観光していると、その不安が消えているのに気づいた。
もしかしたら、今は旅行中だから余計な事を考えずに済んでいるだけで、東京に戻ったらまたモヤモヤするかもしれない。
(でも、一度はこうやって忘れられたぐらいだから、気にせず暮らす事だって全然可能なんだ。……大体、グルグルと考え事をしちゃう時って、疲れた時や夜、体調の悪い時って相場が決まってるし)
思ってみれば、尊さんに泣き言を言ってしまったのは、凜さんたちと会った夜で、勿論、慣れない土地を旅行して疲れたし、尊さんの元カノに会って色んな感情を抱き、難しい話もしたし、頭もこんがらかっていた。
(あれだと、頭グチャグチャになってもしょうがないな)
それに尊さんだって同じぐらい、……ううん、それ以上参っていたかもしれないのに、私ばっかり泣いて我が儘を言ってしまった。
(反省しないと)
そんな事を考えている間に、私たちはお会計を終えてお店を出た。