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※ワンクBEAST思いっきりネタバレします。
風が招くように強く吹いた。
太宰の体が後ろに傾く。
「ああ、ああ、ああ」
太宰は目を閉じ、夢を見るような笑みを浮かべて云った。
「ついにここまできた。待ちに待った瞬間だ。楽しみだ、本当に楽しみだ。……でもね、心残りもある。君がいずれ完成させるその小説を、読めないこと。今はそれだけが悔しい」
太宰の体が縁を越えた。
屋上からの長い距離を重力に引かれて落ちていく。
長い距離を、時間をかけて。
「死んで…ない………」
うざったいほどにチカチカ光る蛍光灯に起こされ太宰治は目を覚ます。
何故、どうして。そんな疑問が頭に頼りなく浮かぶなか、何が起こったかを把握するためにもパニックになりそうな呼吸と心を落ち着かせ、身を起こし、周りを見渡す。
ベッド同士を仕切るための白いカーテン。そして、薬草が入っていそうな茶色い棚に、錠剤の入った棚が上にある白い机。
それを認識した瞬間ここが何処か分かった。分かってしまった。
「ここは…武装探偵社…………?」
思わず呟いてしまった。この馬鹿げた現実を理解したくなくて。しかし返ってくるのはまるで死にきれなかった自分を嘲笑うかのような沈黙だった。
周りを見てもあるのは医療道具だけ。暇を潰せる道具もタヒねる道具も無いので太宰はベッドで横になり、無気力に天井を見つめていた。
しばらくすると少し離れたところから聞きなれた声が聞こえてきた。
「やっぱりあの人、太宰さんの生き別れの兄弟なんじゃないですか?」
「いやー、そんなはずは無いんだけどねー……。」
「にしてもアイツも入水をするなんてお前は自殺の悪魔にでも呪われているのか?」
「んなっ!?私とあんな訳わかんない奴を一緒にしないでくれる!?時代は心中!1人で自殺なんて寂しいし時代遅れだよ」
聞こえてきたのは国木田と敦、そして幸せそうな自分の声だった。意味が分からない。もう1人の自分が探偵社員と仲良さげに話してるのも、そもそも、もう1人の自分が居るなんて馬鹿げた状況も。
混乱に囚われたなか、ドアを開く音がする
「あれ、起きたんだ。」
「あ、おはようございます!」
「何処か痛いところはないか?まぁ、与謝野先生が診てくださったから大丈夫だとは思うが…」
探偵社の皆が自分に話しかけてくる。まるで自分のことをポートマフィアの首領とは知らず初めて会った人のように。
「っ………。」
幸せそうに探偵社の皆と話している自分を見ると、懐かしさと言葉には到底表すことが出来ないどす黒い感情が湧いてきた。何故、この男は一番の親友を死なせたというのにそんな幸せそうな顔で生きていけるのか。
「あ、あれ?!大丈夫ですか?やっぱり何処か痛むんですか……?」
そう言って敦はハンカチを差し出した。
「あれ………?」
自分の頬に触れてみると何故かそこは濡れていた。今の自分とは不釣り合いな濁り1つ無い透明な雫が自分の手に落ちる。
「ありがとう…ございます…………。」
蚊の鳴くような声でお礼を言った太宰はハンカチを受け取り、その透明な雫を拭った。
これは運命に歯向かい、狂わされたある男の物語である。
引用:文豪ストレイドッグスbeast 角川書店 2019 p.209