「こんばんは」
「入って」
優しくドアが閉まる。
この部屋で、2度目の2人だけの時間。
「今日のリクエスト、本当に私のパンで良かったんですか?」
「ああ」
あれから祐誠さんと1度だけ電話で話した。
パンの注文。
「毎週月曜日はあんこさんが作るパンを会社に届けてほしい」、ただ、夜に自宅に届ける時は、「雫が焼くパンが食べたい」って……
そんな風に言われて、かなり戸惑った。
私のパンなんて、あんこさんと慧君以外には食べてもらったことなかったし、もちろん最初は断った。
でも、どうしても……って言われて。
あんこさんも「絶対に作った方がいい!」って言って『杏』のキッチンを貸してくれた。
だから、今日、私はクロワッサンを焼いて、手作りのイチゴジャムと共に祐誠さんに届けた。
どんな反応をされるかすごくドキドキする。
祐誠さんは1口食べてから言った。
「美味しい……」
ん? ちょっと……この反応は何?
いつもよりテンション低くない?
そっか、そうだよね。
やっぱり、あんこさんが作るパンの方が美味しいよね……
何だか急に恥ずかしくなった。
「すごくいい。うん、美味しい」
祐誠さんは静かにそう言った。
「え? ほ、本当ですか?」
じゃあ、さっきのリアクションは何だったの?
お世辞じゃないの?
「ああ、これなら毎日でも食べたい」
「う、嬉しいです! お口に合わなかったらどうしようかと。あっ、あの、もし良かったらイチゴジャムもどうぞ。私的にはすごく好きな取り合わせなんです」
祐誠さんは、イチゴジャムの小さな瓶に手を伸ばした。
蓋を開けて、クロワッサンに塗って……1口。
「うん、これも美味しい。甘すぎないんだな」
「はい。お砂糖はかなり控えめです」
きっと、ちょっとは無理もして、私に気を遣ってくれてるのかも知れない。
でも、目の前でどんどん食べてくれる祐誠さんを見てたらやっぱり嬉しくなった。
もし私達が結婚したら、毎日こんな姿を見ていられるんだろうな……って、私、突然何を想像してるの?!
け、結婚なんてできるわけないじゃない。
勝手にずうずうしいことを想像して、1人で動揺した。
赤面してないか気になる。
苦笑いしながら、冷静を装い、会話を続けた。
祐誠さんはパンのことをいろいろ聞いてくれて、私の話にもちゃんと耳を傾けてくれる。
それがすごく楽しくて、この時間がとても好きだった。
「雫。今度、うちの百貨店でゴールデンウィークにパンのイベントをする。その時、一緒にスタッフとして頑張ってみないか?」
「えっ! 私がですか?」
突然のお誘いにすごくびっくりした。
全く想像もしていないことだったから。
「ああ、そうだ。雫には、子ども達のパン教室を担当してもらいたい。簡単で美味しいパンの作り方を子ども達に教えてほしい。あと、パンのブースに出店してもらえるように、店長さんにもお願いしたい」
祐誠さんのお願いは、いつもちょっと強引。
「あ、有り難いお話ですけど……私、パン教室なんて自信ないです。子どもは好きですけど、教えるとかは……」
希良君が理科の先生になって、子ども達に実験を見せたいって言ってたことが頭をよぎった。
すごく素敵だと思うし、希良君にならできると思う。
だけど、私には……
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