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「よし、それじゃあ泉ちゃん。まずはドリンクの準備からお願いできるかな?」
くるみ先輩の透き通るような声に、泉は我に返った。
「は、はい! 頑張ります!」
泉は慣れない手つきで、スクイズボトルに水を満たしていく。
グラウンドでは、陸が文字通り風のようにトラックを駆け抜けていた。
一走終えるごとに、彼は真っ先にくるみ先輩の方を振り返る。
「先輩! 今の、どうでした!?」
「うん、加速のタイミングが良くなったね。でも、後半のフォームが少し崩れてたかな」
「……っし! 次はそこ、意識します!」
くるみ先輩のたった一言で、陸の表情は一喜一憂し、また猛烈な勢いで走り出す。
そのひたむきな姿は眩しいけれど、その視線の先に自分がいないことが、泉には少しだけ悲しかった。
「……おい。邪魔だ、どけ」
低く突き放すような声がして、泉は慌てて横に避けた。
汗だくの優が、眉間にシワを寄せたまま水道に向かってくる。
「あ、ごめん、優くん。……あ、あの、タオル……」
泉が差し出したタオルを、優は目も合わせずにひったくる。
「……お前、陸ばっかり見てるな。……仕事しに来たんじゃないのかよ」
「えっ、そ、そんなつもりじゃ……」
「……フン。ま、どうでもいいけどな。女子が一人増えたところで、俺のやることは変わらねぇ」
優は冷たく言い捨てると、頭から水を被り、再びストイックにトラックへと戻っていった。
彼にとって泉は、まだ「陸が連れてきた、よく分からない転校生」でしかない。
憧れの人を追う陸。
周囲を拒絶するように自分を追い込む優。
そして、その間でどちらにもなれない自分。
「泉ちゃん、最初はみんなそんな感じだよ。気にしなくて大丈夫」
くるみ先輩が、泉の不安を見透かしたように優しく微笑みかける。
その優しさが、今は少しだけ、泉の心にチクりと刺さった。