いつからだったろうか。何も言わずともこちらのベッドで寝てくれるようになったのは。
同棲を始めたての頃は寝室を分けていた。いくら恋人だといっても寝るときは別がいいというリョウガの意思を尊重したからである。一緒に寝たいと食い下がりたい気持ちは山々だが,無理強いするのは違うとカイは素直に引き下がった。
今日はえらく聞き分けがいいな。
いつも激しくスキンシップを求めてくるカイにしては意外なまでの往生際の良さに少し拍子抜けをしたリョウガだったが,そこまで気にすることもなく無事に同棲生活はスタートした。
「たまには一緒に寝ない?」
同棲を始めてしばらく経ったある日,カイはリョウガに声をかけた。
今日くらいはいいか。
その日は稀にみる寒波で,東京の街にも雪が降り積もるほどだった。寒がりのリョウガは暖を取るのにちょうどいいと思ったのである。一緒に寝ることを了承されたカイは子どものような無邪気な笑顔を見せた。恋人で暖を取ってやろうという打算的な考えをもっていたリョウガは,自分と同じベッドに入ることができる,というだけであまりにもうれしそうに笑うカイを見て,少しの罪悪感を覚えた。
自分は恋人にそんなに我慢させていたのだろうか。こんなにも嬉しそうにするならもう少し一緒に寝る日を増やしてあげてもいいのかもしれない。
そんな思いがリョウガの中で芽生えた瞬間でもあった。
カイの狙い通りである。
リョウガの性格だと無理に誘っても逆効果になるか,良くて嫌々ベッドをともにするかの二択になる。そしてそうなると一緒に寝てくれる期間もそう長くは続かないだろう。
リョウガが自分の意思で一緒に寝てくれる。これが重要なのである。
最初はおとなしく引き差がり,警戒心もなくなったところでけなげな姿勢を見せる。この作戦が功を奏し,カイの思惑通り一緒に寝る日は少しずつ増えていった。そして今では当たり前のように同じベッドに入るようになっている。
何の疑問も持たせずリョウガを自分のベッドに寝かせているのは、ちゃっかりしているというか,もはや流石としか言いようがない。やはりこと恋愛に関しては,カイのほうが一枚上手であった。
「先にベッド行くわ~」
声をかけられたカイは自分も寝る準備を済ませ,寝室に向かった。
「何ニヤニヤしてんだよ。」
スマホから目を離したリョウガは怪訝な顔でカイを見た。
「んー?えろいなと,思って。」
「は?」
リョウガは心底訳が分からないというような顔をしている。
「いや,もう誘わなくてもこっち来てくれんだなって。嬉しい。」
そう言うカイの顔は仕事モードのキリっとした表情からは想像できないくらいに緩み切っている。
“自分のベッド”に横になる恋人というのはなぜこうも色っぽく見えるのか。しかもその恋人は無意識で自分のベッドまで来ている。そんなのエロくないわけがない。
カイはそんな意味のないことを考えていた。すると無意識でカイのベッドに入っていたことに気が付いたリョウガが,羞恥心に耐えられなくなり思わず布団を被った。
「リョウガ~出てきてよー。俺寝れないじゃん。」
「もう,はずい……話しかけんな。」
笑いながら話しかけるカイに悪態をつく。
「えー,ここ俺のベッドなんですけど。」
そう言うとカイは布団越しにリョウガを撫でた。
「うるせぇ!カイのベッドはもう俺のベッドだし!!」
勢いよく布団をめくったリョウガはそう開き直ったが,その耳は見たことがないくらい赤く染まっている。
可愛い恋人が自分のベッドで寝るのが当たり前になっているということ も,それに気付き照れているということもすべてが愛おしくて仕方がない。カイは,リョウガを当たり前のように自分の所へ来るまでに育て上げた過去の自分に感謝した。
「そうだよな~ずっと一緒に寝ような~」
「いやいや一言もそんなこと言ってないよ?ちょっと?カイさん??」
さらに緩んだ顔をしながら抱きついてくるカイを押しのけようとするものの,ガタイのいいカイには敵わずあきらめてされるがままになるリョウガであった。
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