「消えた給食と、時をかける柴犬」
ケンタ: どこにでもいる小学5年生の男の子。
ポチ: ケンタの家で飼っている、いたって普通の柴犬……と思いきや?
ケンタは小学5年生。今日の給食は、彼の大好物である「鶏肉のレモン漬け」だった。いつにもましてテンションが高い。
「うっし、今日は絶対おかわりするぞ!」
そう意気込んで登校したケンタだったが、2時間目の国語の授業中、急にお腹が痛くなった。先生に許可をもらって保健室に行き、ベッドで少し休むことに。結局、給食の時間を少し過ぎた頃に教室へ戻ることになった。
教室の扉を開けると、そこは静まり返っていた。皆はもう給食を食べ終え、掃除の時間になっていたのだ。ケンタはがっかりして自分の机を見た。そこにあるはずの、楽しみにしていた給食の食缶(しょっかん)と食器がない。
「あれ? 俺の給食は?」
担任の先生が苦笑いしながら言った。「ケンタ、保健室に行ってる間にみんな食べ終わっちゃってね。君の分は給食室で取り分けてあるから、後で食べにおいで」
ケンタはガックリ肩を落とした。みんなとワイワイ食べられないのも寂しいし、何より、冷めたレモン漬けなんて……。
しょんぼりしながら帰宅すると、玄関先で愛犬のポチが尻尾を振って出迎えてくれた。ポチは普通の柴犬で、賢いが、特に変わった能力があるわけではない。
「ただいま、ポチ。あーあ、今日の給食マジで最悪だったわ」
ケンタがそう愚痴をこぼすと、ポチは彼の顔をじっと見つめた。その時、ポチの首輪に付いているはずのない、小さな丸いボタンのようなものが光った。
「ん? 何だこれ?」ケンタが触ろうとすると、ポチは急に後ろに飛び退き、くわえていたボールをケンタに投げつけた。
「遊んでる場合じゃないだろ!」ケンタはボールを投げ返すが、ポチはそれを無視して、庭の隅にある大きな桜の木の下を、後ろ足で必死に掘り始めた。
「おいおい、また穴掘りかよ」
ケンタが呆れて見ていると、ポチは土の中から古びたブリキの箱を掘り出した。中には、古ぼけた懐中時計が入っていた。
「何だこれ? ポチの隠し財産か?」
ケンタが懐中時計の蓋を開けようとした瞬間、ポチがその懐中時計をくわえてケンタの前に置いた。そして、前足で文字盤の「11:55」という時刻を指した。それは、ちょうど今日の給食が始まる時間だ。
「え、どういう意味だよ?」
ポチはケンタを見つめ、ワンと鳴いた。その鳴き声が合図のように、懐中時計が激しい光を放ち始めた。
次の瞬間、ケンタは強烈な浮遊感に襲われた。視界が歪み、世界が高速で巻き戻されていく。家の景色が消え、学校の校門が現れ、教室の窓の外を流れる雲が逆回転している。
「な、何が起きてるんだ!?」
光が収まった時、ケンタは自分の教室の前に立っていた。カレンダーを見ると、日付は今日と同じ。しかし、時計の針は「11:50」を指していた。授業はまだ始まっている。
「タイムスリップ!? マジかよ!」
ケンタが混乱していると、足元でポチがチョコンと座って尻尾を振っていた。どうやらポチは、未来から来たタイムトラベラー犬だったようだ。
「ポチ! お前、まさか……」
ポチはドヤ顔で「今日の給食を食べ損ねたお前を救いに来たぜ」と言いたげな表情をしている。
ケンタは急いで教室に戻った。「先生! お腹痛いの治りました! 今日は給食食べます!」
先生は目を丸くしたが、ケンタは自分の席に座り、皆と同じタイミングで給食を食べ始めた。念願の「鶏肉のレモン漬け」は、温かくて最高に美味しかった。おかわりも成功した。
全て食べ終え、満足したケンタはポチの元へ戻った。ポチはもう普通の柴犬に戻っており、懐中時計も消えていた。
「ポチ、サンキューな! おかげで最高の一日になったよ!」
ケンタがポチを思い切り抱きしめると、ポチは嬉しそうに顔をペロペロと舐めた。
その日から、ケンタはポチを見る目が少し変わった。時々、ポチが庭の桜の木の下を意味ありげに見つめているのを見ると、「また何かやらかす気か?」と、ハラハラするケンタなのだった。
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