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——記憶が、夜に消える。
朝がくるたび、私は世界に「はじめまして」をする。
鏡の中の自分は、昨日の私だけれど。
教室にいる人たちは、見覚えがあるようで、どこか知らない。
夢の中で聞いた声だけが、いつも心に残っている。
——ゆき、また明日ね。
その声はあたたかくて、でもどうしてか、少しだけ涙がこぼれる。
記憶が消える前、私は何をしていたんだろう。
誰と話して、何を笑って、何を悲しんだんだろう。
知るのが怖くて、目をつむる。
そうしてまた今日が始まる。
「はじめまして、雨宮ゆきです。よろしくお願いします」
そう言うたびに、誰かが少しだけ、悲しそうな顔をする。
私にはその理由が、わからないままだ。
でも。
教室の隅で、名前を呼んだあの人の声だけは。
なぜか、胸の奥で消えずに響いていた。
——この声を、私は、知ってる。
きっと今日も私は、その人に「初めて」を言う。
そしてその人は、何度目かの「初恋」を始める。