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「おはよー!」
いつものように楽屋のドアを開けたふみのり。
いつもなら、誰かが「ふみー!」と返してくれたり、誰かがちょっかいをかけてきたりする。
でも今日は違った。
「……おはよ」
返事をしたのは、ほんの一人だけ。
ほかのメンバーはスマホを見たり、話を続けたりしていて、ふみのりの方を見ようともしなかった。
「あれ、みんな朝から静かじゃん(笑)」
冗談っぽく言いながら、自分の荷物を置く。
すると、
「ふみ、ちょっとそこどいて」
そう言ったのは、いつも隣に座っていたメンバーだった。
「あ、ごめん!」
慌てて立ち上がる。
そのまま別の場所に移動しようとすると、聞こえてきた小さな声。
「……なんで普通に話しかけてくるんだろ」
足が止まった。
聞こえなかったふりをして、ふみのりは笑顔を作った。
(気のせい、気のせい)
そう自分に言い聞かせた。
数日前までは、こんなことなかった。
きっかけは、ある日の仕事終わり。
メンバー同士で話していたとき、ふみのりの何気ない一言が誤解されてしまった。
その場では笑っていたメンバーたちも、あとからその言葉を悪い意味に受け取ってしまったらしい。
ふみのりが何度説明しようとしても、
「もういいよ」
「そういうところだよ」
「今は話したくない」
そんな言葉ばかり返ってきた。
そして、少しずつ距離ができていった。
「ねえ、今日みんなでご飯行く?」
ある日の撮影終わり。
勇気を出して声をかけた。
「行くよ」
「そっか!俺も行っていい?」
一瞬、空気が止まった。
「……今回はメンバーだけで行くから」
「え?」
「ふみはまた今度ね」
「……あ、うん!了解!」
ふみのりは笑った。
みんなが楽屋を出ていく。
最後にドアが閉まる音がした。
静かになった楽屋で、ふみのりは自分のスマホを見つめた。
(また今度って、いつだろう)
答えは出なかった。
次の日も、その次の日も、状況は変わらなかった。
仕事中は普通に接してくれる。
でも、それだけ。
休憩時間には誰も話しかけてくれない。
移動中も隣には座ってくれない。
グループの会話に入ろうとすると、いつの間にか話題が変わってしまう。
「ふみのり、次の立ち位置こっち」
スタッフに呼ばれて、ふみのりは立ち上がった。
「はーい!」
いつも通りの明るい声。
でも、心の中は違った。
(俺、何したんだろう)
(そんなに嫌だったのかな)
(謝ったのに……)
考えても考えても、分からなかった。
「ふみのり?」
声をかけられて、慌てて顔を上げる。
「ん?なに?」
「いや、ぼーっとしてたから」
「あはは、ごめん!」
また笑う。
笑っていれば、みんなを困らせなくて済む。
笑っていれば、まだここにいてもいい気がした。
そう思っていた。
その日の夜。
忘れ物を取りに楽屋へ戻ったふみのりは、ドアの向こうからメンバーの声を聞いた。
「最近、ふみといるの気まずくない?」
「分かる。正直、あんまり話したくない」
「前みたいには戻れないかもな」
胸がぎゅっと締めつけられた。
「……ふみって、いつも明るくしてるけど、それもなんか疲れるんだよね」
その言葉に、ふみのりはドアノブから手を離した。
(そっか)
(俺が笑ってるのも嫌なんだ)
もう、何をすればいいのか分からなかった。
そのまま静かに廊下を歩き出す。
誰にも気づかれないように。
誰にも心配されないように。
そして誰にも見られない場所で、ひとり立ち止まった。
「……嫌われちゃったな」
小さくつぶやいた。
翌朝。
楽屋に入ってきたふみのりは、いつもと違っていた。
「おはよう」
声が小さい。
いつものように冗談を言うことも、みんなに話しかけることもなかった。
静かに荷物を置き、端の椅子に座る。
メンバーの一人がちらっと見る。
「……今日、静かじゃない?」
「そう?」
「うん」
「別に。普通だよ」
ふみのりはスマホに視線を落とした。
それ以上、会話は続かなかった。
しばらくして、スタッフから集合の声がかかる。
「ふみ、行くよ」
「うん」
立ち上がったふみのりの顔には、笑顔がなかった。
それを見て、メンバーの一人が少しだけ眉をひそめた。
でも、声をかけることはなかった。