夢をみていた。毎日物騒なニュースが流れるテレビを前に、笑顔で食卓を囲む。他愛のない会話。食事を食べこぼす子ども、どこか懐かしさを感じていた。
「裕介!起きろ!呼ばれたぞ!」
病院の待合室で、爆睡していた私は、友人の声で目が覚める。椅子は硬く、目が覚めたと同時に腰が痛かった。
「裕介さん、渡邊裕介さん、いらっしゃいませんか?」
看護師が再度名前を呼んだ。私は手をあげ、急いで診察室へ向かった。
診察室にはパソコンと睨めっこをする先生がいた。
「裕介さん、どうぞお座りください。担当医の泉です。よろしくお願いします。早速いくつか質問しますね」
泉の質問は、私の日常についての質問ばかりだったが、最後の質問なかなかであった。
「最後の質問ですが、答えたくなかったら答えなくていいです。最後に自慰行為はいつしましたか?」
「してないですね、もういつしたのかも覚えていません。」
普通なら、答えるのも恥ずかしく、ためらうのだが、この時はなんとも思わずただ、何かに疲れていた。
診断結果は双極性障害であった。
診察室から出ると、友人の修斗が声をかける。
「どうだった?先生なんて言ってたよ」
診察の結果なんてどうでもよかった。だが私のことを心配してくれた修斗に申し訳なかったので答えた。
「双極性障害らしい。」
修斗は初めて聞く病名にわからず、スマホで検索を始めた。内容を見た修斗は静かに声をかけた。
「いろいろあったからな、お前の中のキャパがオーバーしたんだよ。気分転換しなきゃな、このあと飯行かない?」
私は無言で首を横に振った。
修斗は察したのか笑顔で答えた。
「そっか、それなら家まで送らせてくれ、それぐらいはいいだろ?」
私は無言で首を縦にゆっくり振った。
お会計を済ませ、修斗の車に乗り込んだ。助手席に座ると修斗から缶コーヒーを手渡された。
「ブラックが好きだったよな?」
笑顔の修斗を見ると何故か泣けてきた。5年の付き合いなんだが、いつも優しく、気の回るいいやつだ、結婚してからも修斗から連絡はあったが、未読、既読スルーばかりしてこっちが一方的に距離をとっていた。修斗の優しさに私はあぐらをかいていたのだと、今になって気づいて涙が止まらなかった。
「ごめんなさい」
私が泣きながら修斗に言った言葉だった。
修斗は私の顔を見て話しかけた。
「何?どうしたの急に、謝るなよ友達なんだから‥。裕介、俺はお前の友達辞めないよ、安心しろ、双なんちゃらはどうってことねぇよ、生きてる‥。それだけですごいことなんだから」
修斗の目に光るものが見えた。でも泣いていることを悟られないようにしていた。
私は泣いているであろう修斗に気づかないフリをして、ブラックの缶コーヒーを飲んだ。
帰りの道のりは無言の時間が続き、気がつけば私の自宅に着いていた。別れ際、笑顔で修斗が口を開く。
「お客様到着しました。料金は今度飯に連れて行って。」
私はこの日一番の笑顔で修斗に答える。
「お前、いつから俺の彼女になったんだよ」
修斗も笑って答える。
「やっと、笑ったな。ちょっと安心したよ、何かあったらいつでも連絡しろよ、俺フッ軽だからよ」
「ありがとう、今日は助かったよ、気をつけて帰ってな。」
そう伝えると、修斗は笑顔で帰っていった。
私は自宅の扉に手を伸ばす、扉を開けると静かで暗く無駄に広い家、虚しく感じる気持ちと矛盾した喜びを抱えソファーに横になるのだった。
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