テラーノベル
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「あれ? いつしかの性奴隷じゃん。まだ生きてたの?」
玄関ホールを潜った男は、いぶかし気に首を傾げた。
中肉中背、燃えるような赤毛に黒眼鏡の男――ノクス様かから聞いた容姿の通りだ。黒眼鏡の奥で、ハシバミ色の瞳の目が、意地悪そうに笑っている。
「ヴァレンティノ様ですね。ノクス様がお待ちです」
メイド服姿の僕を見て、ヴァレンティノは僕が城の使用人として雇われた身と解釈したらしい。案内されるがまま、応接間についてくる。
「あー、あんまり畏まらなくてもいいぜ? 俺も大抵育ちが悪いんでな」
「了解、ヴァル。まあ座れよ」
「誰がそこまでのアクセルを許した?」
不満を口にしているが、字面ほど気にした様子はない。
僕はヴァルをソファに座らせ、その背後に回り込む。彼の両目を手で覆った。
「何の真似だよ、性奴隷?」
「今日はヴァルにサプライズがあるんだ」」
「あー、オーケー。知ってるよ。次に目を開いたとき、目の前にプレゼントがってやつ」
「目玉が飛び出るよ」
「ハードル上げるじゃん、楽しみだ」
ヴァルの両目が音もなく抉り取られ、眼窩からこぼれ出た。
思わず手で覆おうとして、空振りする。ヴァルの両手はもう、手首から先が消失していた。
城中に絶叫が響き渡った。
*****
「で、何で俺の目を抉ったの?」
ヴァレンティノは脚を組んだ不遜な姿勢で、ソファに寝転んでいた。目元と手首は血まみれの包帯に巻かれている。
「悪いな、ヴァル。君の創造の術式が必要で。身体の一部を移植しようと思ったんだ」
「肉体の移植による術式の複製、ね。仮説自体は魔術の黎明期から存在してたな。リスクが高すぎて実用はお察しだが。そこらへん、旦那は身に染みて知ってんだろ?」
ヴァルが声を頼りに、ノクス様を顎でさした。
ヴァルの両目は再生途中だ。彼はまだ暗闇の中にいる。彼の脳内ではまだ、ノクス様の身体は竜の鱗に覆われているらしい。
「俺の目を移植すれば、創造の魔術は使えるさ……ただ、血の相性があるだろ? 人体は基本、移植された他人の臓器を異物と見做す。拒絶反応が起こるぞ」
「血の相性は関係ない。フィオの魔術があるからな。ヴァルの眼球を移植した後、彼女の術式でヴァルの血肉を削ぎ落とし、魔術回路だけを残す。術式で私の目を再生しながら、魔術回路と神経を繋ぐ」
「……意味ないじゃん。残った魔術回路も他人の臓器……異物なんだから。結局拒絶反応は起きるんじゃ……」
「そこは問題ない。賢者の石があるからな」
「マジ?」
ヴァルが勢いよく身体を起こした。
その拍子に目元の包帯がずれ、ヴァルのハシバミ色の瞳が覗く。再生の魔術の効果で、眼球が無から生えて来たようだ。
人の肌をしたノクス様を見て、ヴァルは復元したばかりの双眸を限界まで見開いた。
「……サプライズだ」
******
「……俺が、術式移植の初実験か?」
「いや、三度目だ。初実験にフィオの左手を私の身体に移植し、術式を発動させた。その後フィオの左手から術式を残して血肉を分解し、神経を繋ぎながら私の手を再生したが……今もなお、分解の術式は使える」
「前代未聞、身体に負荷のない術式移植の成功か」
「この左手がある限りはな。生来の魔術と違って、移植の魔術は移植部位が消失すると使えなくなるらしい」
「手足をもいで観測したの?」
「もがれた」
「……何があったんだよ? てか、あれ、二度目は?」
「私の左手をフィオとつないだ……彼女は今、再生の魔術を使える。君の両目を再生したのは彼女だよ」
「ふーん、そりゃマッチポンプをどうも」
ヴァルは僕に目を向けると、悪魔的な笑みを浮かべた。
「お前さ、何で先に移植手術の説明をしなかった? 全部説明して、同意の上で身体の一部の提供を請うのが普通だろ」
「だって、ヴァルは科学者って聞いてたから。サンプル数二つじゃ信用しないでしょ? 眼を提供なんて断ったと思うよ? 交渉するだけ時間の無駄。何も言わずに抉った方が早いかなって」
「狂人だ。お前、魔術師に向いてるよ」
「お褒めの言葉ありがとう、ヴァル」
「ハッハ、お礼は要らねえさ。賠償を請求する」
「見返りは用意したさ」
僕は、再生したばかりのヴァルの手を指さした。
「ヴァルには、僕の右手とノクス様の左手を……分解の魔術と再生の魔術を移植してある。機械人形づくりにも、きっと役立つよ」
「マジかよ。俺の手を斬ったのはそういう……」
「逆に何で斬られたと思ったの?」
「ただの拷問かと」
「ヴァルもすぐ、こういうことができるようになるよ」
僕が手近な壁に触れると、石材が砂のように崩れ始めた。砂塵は一粒一粒が意思を持つように宙へ浮かび、渦を巻き、やがて人の輪郭に集束していく。数秒の間を置いて、女性の石像が姿を現した。造りは細かい。髪の一本一本、瞳の虹彩まで識別できる。
ノクス様が感心したように息をもらした。
「再生と創造の術式が合わさって、分解した素材を意のままに再構築する術式に化けたのか……見覚えのある顔だな……石像、モデルはロザリア・グレイヴか?」
「僕の知る、世界で一番きれいな人だよ」
「そうか。彼女はフィオのお気に入りか。あちらはさぞ嫌だろうに……」
複数の魔術が合わさることで、新たな可能性が広がる。ただ、それは仮想敵のグレイヴ卿も同じだ。千の魔術を自在に使い分ける彼は、応用の幅も無限にあるにちがいない。
彼に対抗するため、今、僕らがすべきことは――。
「術式を集める……これが私たちの基本方針だな」
「でもノクス様には、ヴァルの他に術式を提供してくれる友だちはいないんだよね?」
ヴァルが「提供する?」と首を傾げているが、僕もノクス様も無視する。
「人脈がなくてすまない……やはり、王国騎士団の手を借りるのが一番早いな」
「騎士団所属の魔術師を襲う?」
「……そんなわけないだろ。騎士団の仕事を請け負うんだ。私を含め、六大名家の魔術師はよく、国に傭兵として雇われる。西の辺境にいるグレイヴ卿が騎士団に同行し、未知の魔術を使う異民族を制圧しているのが良い例さ。そして今、素敵な依頼が届いている」
ノクス様が資料の紙束を机に広げた。
中身は、自称革命家集団「人民解放戦線」についてだ。
彼らは王国からの独立を目指して活動する組織だ。練兵と称して田舎の村を襲い、占領し、勝手に自治を宣言している。御大層な独立声明が発せられたが、要約すると自分たちだけのパラダイスを作りたいという話らしい。
組織の構成員は十人弱。吹けば飛ぶ程度の人数だ。加えて特別な訓練を受けた精鋭でもなく、本を読んで民主化の思想にかぶれた元自警団なのだという。本来なら、一線を越えたテロリストが騎士団に薙ぎ払われて終わるはずが――鎮圧に向かった王国騎士団二百人が、伝令に逃げた一人を除き皆殺しにされた。
逃げた伝令役が証言した。
革命家、ゴードン・フィールディングは、竜を支配する。
騎士団員たちも、討伐隊に参加していた騎士団お抱えの魔術師たちも、みな竜に殺されたらしい。
「竜は、一匹一匹が強力な術式を身体に刻んだ魔獣だ。彼らは自分たちの王に忠誠を誓う気高き種族で、歴史上、人に隷属した前例はない。騎士団の見立てでは、フィールディングは竜を従える術式を持っている。彼は術師の血統ではないから、突然変異か、千分の一の確率を引き当てたんだろう」
「王国騎士団の討伐対象。強力な術式の持ち主で、殺しても文句の出ないテロリスト。彼と支配下の竜を倒して――」
「術式を奪い、新たな力を手に入れる」
僕とノクス様が同時に頷いた。
「敵は竜の軍勢だ。私一人では対処しきれないこともあるだろう。悪いが君も戦力に数えるぞ、フィオ。この任務は三人であたる」
途中から蚊帳の外のつもりで、蝙蝠型ゴーレムと戯れていたヴァルが、天井を見上げた。
「……三人?」
コメント
1件
第16話、読み終えました。最初のヴァルへの“サプライズ”、目玉が飛び出る literally な展開にゾッとしつつ、そこから移植の理論を淡々と説明するフィオの狂気じみた冷静さがたまらなかったです。「お前、魔術師に向いてるよ」のヴァルの台詞が全てを物語ってますね。最後に石像でロザリアさんを再現するシーン、彼女への想いがひしっと伝わってきて胸が詰まりました。竜を支配するテロリストとの因縁、三人の旅がどう転ぶのか、続きが気になります。
鷹槻れん

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