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コメント
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初コメ失礼します…!!描写がすごく丁寧で、感動的でした…!! フォロー失礼します。これからも頑張ってください!!
満月が、とても綺麗な夜だった。
全ての木に淡いピンク色の花が咲いて、まるで祝福でもしているかのように、小さな花弁が踊る。
たくさんの精霊が楽しそうにお喋りをして、あやつらは当たり前のように、我ら(精霊たち)を仲間に入れてくれた。
うるさい奴も、酒臭い者も、我らを利用する者共は憎く、大嫌いで、だから人の寄り付かない山奥に隠れ住んでいたと言うのに、我らの縄張りで、大声を出しながら騒ぐ者たちを、我らは好ましく思った。
この時間が永遠に続けばいいと、そう思えるほどに…
三人の馬鹿者たちは言った。
『いつの日か、また、同じようにここで酒を飲もう。精霊たちを交えて、色んなことを語り合おう』
そのときの約束が、あやつらの笑い声とともに、ずっと聞こえてくる。
燃え盛る烈火によって、約束の地が焼け落ちても、かつての同胞たち(精霊たち)が消えても、我の自我が魔によって穢されても、我はずっと……
あるとき、幾星霜の時を経て、一人の男が来た。
かつての面影など、もうどこにも残っていない約束の地で、あやつは一人…静かに立ち尽くしていた。
自我も理性も失っていた我は、ただ、またあやつらと過ごす一時だけを夢に、ずっと生きながらえていたのだ。
約束の地に踏み入る者共を蹴散らして、ただただ、その時を待ち続けた。
神々の怒りによって、世界が崩壊へと向かっていることを知りながら、もはや叶いもしない希望を抱き続けて…
あやつが、約束の地で佇んでいたことに、我はしばらく気付かなかった。
その存在に気付いたときも、我はなぜか、あやつを襲わなかった。
幾度の夜が過ぎただろうか。
闇に覆われた世界では、早々時間の感覚などないに等しい。
あやつは何をするでもなく、静かにその場を去った。
それ以来、あの男が訪れることはなかった。
それからまた、幾許かの時が経った。
同じ男が、また約束の地を訪れて、その場を荒らし始めた。
なぜか、怒りは湧かず、体も動かず、我はただ、あやつのすることを見ているだけだった。
毎日、毎日、飽きもせずに、何十年、何百年、約束の地に通い続けるのを、我はジッと見守っていた。
その日は、満月の美しい夜だった。
夢でも見ているのではないかと思うほど、もはや薄れてしまった記憶の奥底に残る懐かしさと、深い哀しみが、我を呼び起こした。
あやつは約束通り、また、この地に舞い戻ってきた。
一度は猛火によって失われた土地を、あやつは何百年と費やして、元に戻したのだ。
一人では飲みきれないほどの酒を用意して、あやつは笑う。
頬に伝う小さな雫を拭うこともせずに…
『懐かしいな』と
『生きてこの地に戻れるなど、思ってもみなかった』と
『この場所は変わらないな』
『どれほどの時が過ぎても、案外忘れないものだな』と
あやつは笑うのだ。
減りもしない二つのグラスに酒を注ぎながら…
満月を見上げて、綺麗だなと。
我はあやつの目の前にいたというのに、あやつの目には映らなかった。
我が穢れ、精霊ではなくなってしまったように。
あやつもまた、変わってしまったのだろう。
変わり果てた約束の地をその目に焼き付けておきながら、あやつは元通りなったその場所で、変わらないと笑うのだ。
おそらく、もはや約束を果たせぬ二人がその場にいるかのように…
我はどうにかしてあやつに伝えたかった。
おぬしは一人ではないのだと、あのときの約束をずっと胸に抱き続けた者が、もう一人いるのだと。
かつての精霊はもうどこにも残っておらず、穢れた我だけがその場にいる。
だが、あやつはまるであのとき居た全ての者がそこにいるかのように振る舞うのだ。
だから、我だけは、我だけはちゃんと居るのだと、あやつの夢や、希望や、妄想ではなく、現実に、我はちゃんと約束を果たしに来たのだと、あやつに伝えたかった。
目も開けてられぬほどの強風が吹く。
激しく踊るように舞う花弁が、一人の女性の姿を形作った。
優しく、包み込むように、願いを込めて、花弁の女性は、一人の男性をソッと抱き締める。
男の手から、グラスが落ちる。
一時の幻でも見たかのように、その場には静寂が戻っていた。
『そうか』
あやつは一言、それだけを言うと、もう喋らなかった。
ただ静かに、噛み締めるように、我らは二人…夢のような時間を過ごした。