「…や、ばい」
「ハァッ…人生、史上一番…走った、と思う、」
肩で息をしたり、壁に手をつけて荒い息を整える。
「お疲れ様、四季君はもうすぐ帰ってくるだろうから」
「ちゃんと息整えとくんだよ〜」
同じ距離を同じだけ走ったはずなのに目の前に笑う遊摺部も、マスクで息苦しくなりそうな皇后崎も平然と立っていた。
「体力どうなってんだよ…」
「にゃんで…俺らよりもはえーんだよクソ」
猫咲の丸い髪から猫耳のようにピョコと髪がはねてる。
「猫…剥げてるよ…」
「超えら、れない壁が…あるのはゲホッゴホッ良い事ゲホッッ」
「おい…血、吐かせてんじゃ…ねぇよ」
舌打ちを打つ余裕もない真澄は死に体のように横たわる印南を見ながら、隣にいる猫咲に睨みを付ける。
「揃いも揃って、体力皆無だな」
「…アイツに厳しくされんのもしょうがねぇな」
「あぁ?」
「体力ぐらい自分たちで鍛えろ」
座りながら見上げるように睨め付ける真澄を睨み返し釘を刺す。
「四季は誰よりも優しいヤツだ」
「お前らのせいで四季が死んでみろ」
「俺は、俺らはテメェらをぶっ殺してやるよ」
黒マスクに指を引き摺り下ろして、縫い目だらけの顔に怒りを隠さずに皇后崎は脅す。
「…」
「せいぜい四季が死なねぇようにっ…」
皇后崎の低い声が響く部屋に反して、パコンッと軽い音が鳴った。
「いってぇな、おい」
「俺は死なねぇよ、バカ皇后崎」
丸めた書類で皇后崎の頭を叩き、四季は腕を組んで壁にもたれ掛かる。
「誰が馬鹿だ」
「…全員居るな」
眼鏡と下ろした髪。普段と変わらない担任は全員が居ることを確認する。
「なんで肩で息してるか知らないし…どうでも良い」
「…まぁ、部屋で暴れるのはアレだけど…消灯時に寝ろよ」
手で持ってる書類に目を通しながら、こっちを見ずにそれだけを言い捨てて四季は部屋を後にした。
「…チッ、クソ教師でしかねぇだろ」
「どこが優しいのか、見当もつかねぇぞ」
「…俺は部屋に戻る」
「皇后崎君…」
背を向けて出て行ってしまった皇后崎を見ながらも遊摺部は部屋にいる生徒に向かって真剣な顔をした。
「四季君を酷い人と思っても良いとは思うけどね…」
「どうか、理解できない人だと思わないで」
「…考えておこう」
「チッ」
「…うん」
「…はい」
「……にゃん」
「あぁ、分かった」
「へいへい…」
「そうだな」
不満とも拒否とも言えないような顔で頷いた。
「頼んだよ」
「…はいッ!消灯時間だよ」
寝て寝て、と促し部屋を後にした。
「さっきのことバレて無さそうだったね」
「…ですね」
「遊摺部だったか?アイツらが過大評価してるだけだろ」
真澄が嘲笑の顔で溢した言葉に肯定する声は無いけれども、同時に否定もされなかった。
「ねぇ…四季先生のことどう思う?」
花魁坂は普段の寮生活では出来ない、みんなで集まっての雑談をこれ幸いと話し出した。
「あ?んなこと最初から言ってんだろ」
「クソ教師だって」
「厳しい…だな」
「まっすーもダノッチもそう思うよね…やっぱ」
真澄は不機嫌に即答する。無陀野は変わらない無表情のままでいる。
「あの…僕初日に花魁坂さんと見たんですよ」
「!あぁ、アレ?」
「はい」
「んだよ、アレって」
「体力テスト後の…」
馨の言葉に興味が増した男子高校生の集団は身を乗り出して、食いついた。
「…幻覚じゃねーのか」
一通り事情を話した後に真澄にはそう一刀両断された。
「2人同時にか?」
「ゲホッ…だが、血蝕解放の能力じゃないだろう」
「そうですね、一ノ瀬先生は銃でしたしね」
スマホの明かりだけの暗い部屋には沈黙が数秒響く。その静けさを破ったのは紫苑のデカい溜息だった。
「余計わかんなくなっただけじゃねーかよ…」
「明日も早ぇんだ!寝んぞ!!」
「…うるせよ、大我」
「…あの独り言聞かれてたのかよ」
「恥ずいな…」
扉のすぐ横で腕を組みながら壁にもたれかかって、声を聞いていた四季は反動を使って真っ直ぐ立つ。
(消灯時間過ぎても、寝た気配がしないと思えば…)
(んなこと話してたのかよ)
歩き出す四季の顔はどこか嬉しそうな雰囲気を纏っていた。
「青春だなぁ…」
「…遅かったな」
「今日は実際に各部隊の体験に行ってもらう」
朝食が空になったトレーの正面で四季は座っていた。片手には書類とボールペンを持って。
「遅かった、ってまだ6時半なんすけど…」
「俺は1時間前には既に起きていた」
「え、早くないですか!?」
「早く飯食って来い」
食堂を指差す四季の指示に素直に従い、学生らしく一列にきっちり並んで朝食を乗せたトレーを持って帰ってくる。
律儀に四季の近くに座って。
「…邪魔だ、俺は先に部屋に戻る」
ガタリと席を立った四季の背中が見えなくなるのを見届けた紫苑が呟く。
「…俺たち嫌われてんだろ」
「だろうな」
「なんもしてないよねぇ〜」
四季の戦闘から約2日、何も変わった様子も、優しくなるような素振りも無かった。
「3日って早すぎねぇか?」
「なんか…すっごい疲れた」
「鍛え甲斐があるということだ…ゲホッ…」
毎度の如く血を吐いた印南の後ろから顔色一つ変わらない四季が出てきた。
「朝一に羅刹に帰る」
「明日は1日休みしてある、外出しても良いが許可書を書いて来いよ」
(書けば外出しても良いんだ…)
「……まぁ、…その、なんだ……良く休め…」
普段よりも小さい声で四季が言った。気難しい顔をしながら顔を背けそうになりながらも。
「じゃあ、寝ろ」
「今日は見回りもしねぇから…早く寝ろ」
それだけを言い残しそそくさと四季は逃げた。
「え…」
「ま、じ?」
「「「疲れてるだけだ/か/なのか…」」」
嘘と思おう…そうでもしなきゃ今見たことが現実的に思えないから。
「…遊摺部のヤツ」
「なんでこんな事言わせるんだよ…」
地下を足音が響くほどに駆け歩きながら、一昨日のことを思い出す。
『…ねぇ?四季君』
『?なんだよ、遊摺部』
『皇后崎君から聞きましたよ』
『あ……』
『勝手に戦場に行ったね』
『お、おう』
『月詠達と闘ったね』
『…』
『ね?』
『…うん』
『その上耳と口触らせたよねぇ?』
『…はい』
『すみませんでした…』
『あの厳しい四季先生が、正座してる姿なんて生徒に見られたら…』
『…ごっ、ごめんなさい』
『…今回だけはお咎めなしですよ』
『ありがとうございますっ!神様、仏様、遊摺部様ァ!!』
『あ、でも、その代わり…』
『生徒に、良く休んでねって言ってあげてね!』
今回の話名『一水四見』(いっすいしけん)は、見る立場によって異なって見えるという仏教の教えに由来する言葉です。
一応ですが、主は無宗教です…
次回は生徒達の休日と京都です
連日投稿し続けで、喧しいと思いますが優しい目で見てやってください…。
コメント
32件
この作品まじで好きです愛してます 四季が先生っていうところでもお良いそして同期組が生徒ってどんな天国だよ。四季先生ってちょっと嫌われているのも良い。てゆうか四季先生がめっちゃ不器用な優しさがまた良いめっちゃ好きです愛してます。
ほんとこの作品最高すぎる私はこれを見るために生きてる…🫠🫠💕💕

四季くんの本性バレて嫉妬されるみたいなの見たい!! デレは最高だ〜( ´ཫ` )