︎︎◌ 太中
︎︎◌短編
『ぼくのすき』
「王子さまとお姫さまは、末永く暮らしましたとさ」
その日、森先生が読み聞かせてくれた絵本は、とても素敵だったのを覚えてる
ありふれた物語
けれどぼくには、最後の言葉が胸にひっかかった。
王子様が、お姫様に言っていた「すきだよ」という言葉
胸の奥でなにかが、とくんと音をたてた
ぼくは初めて知った
胸がきゅっとしてしまう、このへんな気持ちに
ちゃんと名前があったことを
その気持ちを理解したとき、頭の中に最初に浮かんだ顔は───
太陽みたいに眩しい笑顔をして、園庭を元気に駆けまわる人気者
そしてぼくとしょっちゅう喧嘩をする、おチビちゃん。
なかはら ちゅうや
「すき」──それは、ぼくが、ちゅうやに向けているものだということ。
ぼくはどうやら、ちゅうやがすきみたいだ。
絵本の王子様がお姫様に向けるのと同じ……かどうかは分からないけれど
ちゅうやをかんがえると、胸がぽかぽかして、ちょっと苦しくて──
そんな気持ちをちゅうやにも、どうにかして教えたくなった。
「『すき』って、なんだろうね?」
隣でねむそうに欠伸をしていたちゅうやが、ぼくの呟きに気付くはずもない
あそびの時間、ちゅうやがお外へ走っていく途中
階段でぽとりと片方の靴を落とした
これだ。これは、絵本で見たやつだ。
絵本では、王子様はお姫様の靴を拾ってあげていた
それを真似すれば、ちゅうやだってぼくの気持ちを分かってくれるかもしれない
ぼくはちゅうやの靴を拾い、膝をつく
「靴、落ちてたよ。ぼくが履かせてあげる」
そう言ったぼくの声は、たぶん絵本の王子様よりもずっと緊張していた
でもこれで、ぼくを“すき”になるはずだと思っていた
─────……が
「て、手前、きゅーになんだよ……気味わりぃ……」
それだけ言い残し、ちゅうやは砂煙をあげてお外へ逃げていった
空回りしたぼくの気持ちは
なんだか、風船のようにしゅんとしぼんだ音がした。
絵本の王子様は、お姫様に靴を渡せば喜ばれたのに
どこが違ったんだろうか
────────────────────
「私に!?お手紙を書いてくれたのかい!?♡」
「りんたろーのきもちわるいところを全部書いてあげたわ」
「ひどい!!でも可愛い!!」
クラスに戻ると
森先生に手紙を書いている子がいた
森先生が「お手紙」を貰って嬉しそうにしていたのを見て、ぼくは次のさくせんを思いつく
────────これだ、お手紙を書こう。
ぼくはクレヨンを使って、震える指で文字を書いた
「ちゅーや……、す……き…」
……名前を書くのを忘れたのは、緊張しすぎたせいだ。
靴箱にそっと入れ、あとはちゅうやが喜ぶのを待つだけ───そう思っていたのに
お外から帰ってきたちゅうやは、靴箱にあった紙に気づいたが
「…ンだこれ、いみわかんねぇ」
くしゃ、と丸められた紙が、ごみ箱へ落ちていく様子をぼくはただ見つめるしか無かった。
すごく、胸がきゅっとした
走ってお手紙を拾いに行ったぼくは、チクチクとモヤモヤが混ざって
つい、ちゅうやの頭を叩いてしまった
「……え……?」
ちゅうやは驚いて一瞬固まり
「ぅ…う……うわああぁぁん!!!!」
と大声で泣き出した
ああ、しまった
僕はただ、ちゅうやに「すき」の気持ちを拾ってほしかっただけなのに
どうして手が先に動いてしまったのだろう
「だ、太宰くん…!? 喧嘩はダメだよ!」
「ち、違っ!だって……ちゅうやが……僕の気持ちを、分かってくれないんだ……!」
「ちゅうやの……わからずや!!」
ぼくは、ちゅうやの泣き声に耐えきれなくて教室を飛び出した
逃げこんだ体育館の端っこで静かに泣いていた。
涙がぽとぽと落ちた
泣いても泣いても、涙はたくさんあふれてくる
どうして、どうしたら
ぼくにもわからない。
「どうしたのかね、太宰くん」
そんな僕に声を掛けてくれたのは、広津先生だった。
ぼくの出来事を最後まで聞いてくれた
「太宰くん、まず…謝ることが大切だ、叩いてしまった理由もな。
中也くんは、君に叩かれたから泣いてしまったじゃない
理由も言わないまま叩いたから、驚いたんだ。」
ぼくは鼻をすすった。
「でも…ちゅうやに、“すき”が伝わらないんです……」
先生は笑って、ぼくの頭をぽんと撫でた
「だったら、伝わるように話してみ給え。
どんな“すき”なのかを、君の言葉でな
それでも分からなかったら……まずは一緒に遊んでみなさい。」
遊ぶ。
そうだった、ぼくは影からちゅうやを見てばかりで
ちょくせつ遊びに誘ったことはなかった
わからずやは、ぼくだったのかもしれない
広津先生の言葉に背中をおされて
ぼくは涙を拭い、立ち上がった。
クラスに戻っても森先生のお膝の上で
ちゅうやはまだ鼻をすすっていた
小さな肩が時々震える
ぼくはそっと近づき、叩いた頭を撫でた
「……ごめんね、ちゅうや」
ちゅうやは目をこすりながら
「いっ……痛かったんだからな……」
と、ちょっと強がった声で言った
ぼくはちゅうやを叩いた理由を、がんばって説明した
靴を拾ったとき、悪口をいわれてかなしかったこと。
ちゅうやが手紙を捨てたことが悲しかったこと。
でもお手紙に名前を書かなかったぼくが悪かったこと。
“すき”、をどうしても伝えたかったこと
ちゅうやはまだむすっとした顔で
「すき、ってなんだよ……へんなの」
と呟いた
ぼくは諦めずに、もう一度謝ってから言った
「ねえ、ちゅうや……一緒に遊ぼう」
そんなぼくを見た森先生が「行っておいで」とちゅうやの背中を押してくれた。
お外でぼくたちは一緒に走り、砂場でお山も作った
遊びながら、ぼくはちゅうやに「いろんなすき」を教えた
「ちゅうやは、かけっこがすきだよね」
「おう、だれよりも早くはしれるんだぜ!」
「ぼくは本を読むのがすき」
「…そうなんだな」
「うん…でも、その“すき”と、ちゅうやに向けてる“すき”はちょっと違うんだ」
ちゅうやはふしぎそうに首をかしげた
「ちげえのか……?」
ぼくは首をたてにふった。
「森先生の絵本にはあったよね?」
「王子様とお姫様のやつか?」
「そう。それはね……胸がぽかぽかして、あったかくて
その人のことを考えると嬉しくなるような……
そういう“すき”なんだ」
ちゅうやは眉を寄せて考え込む
「……やっぱり、わかんねェ」
「まだいいよ。これから覚えていけばいい。
ぼくが、教えてあげるから」
そう言うと、ちゅうやはきょとんと目を丸くし
頬を軽く赤く染めた。
その顔がまた、胸をきゅっとした。
そしてぼくらは中へ戻り、絵本のコーナーで肩を並べて座る
ぼくは森先生のまねをして、ちゅうやと一緒に絵本を読んだ
ちゅうやはふだん外で遊んでばかりだから、絵本の世界に目を輝かせていた
王子様
お姫様
出会い、2人がすき同士になる物語
読み終えたあと、ぼくはちゅうやに尋ねた。
「ねえ、ちゅうや……“すき”がどんな気持ちか、分かった?」
ちゅうやは、少しだけぼくの顔を見つめて
そして小さく首をよこにふった。
「……わかんねえ。
でも……だざいが、絵本の人みてぇに、俺のこと“すき”ってのは……わかった」
その言葉に、胸が温かくなった。
ちゅうやは続ける
「でも、俺も男だし……手前も男だし……
王子とお姫様みてぇに、………やっぱわかんねえ」
ぼくは微笑んだ。
「いいんだよ、ちゅうや
今わからなくても。
もうちょっと大きくなったら、また教えてあげる」
そしてそっと、ちゅうやの手を握った。
ちゅうやは目をぱちぱちと瞬かせ、
やがてちょっとだけ照れたように顔をそむけた。
「べ、べつに教えてほしいなんて……!」
「うふふ、いいよ。ゆっくりで」
窓からは、夕日が差し込み、ぼくたちの影が並んで伸びていった。
“すき”という言葉は、ただ相手に渡すだけではなく
“相手がわかる形”で届けなければいみがないこと。
あの日から、ぼくはちゅうやの隣に座り、同じページを読み、同じ風を感じる時間が増やした
いつか、ちゅうやもぼくに「すき」を伝えてくれるだろうか。
ぼくは、ちゅうやの王子様にはなれないかもしれないけど
ちゅうやは、いつまでもぼくのお姫様だから
コメント
21件
待ってました!!(全裸待機) 久々の太中供給有難うございますとてつもなく嬉しいです! Lilyさん文豪過ぎて…もう涙を禁じ得ない 神作すぎて飛ぶ着地できなくて死ぬ いつだって優位な🤕と赤面🎩愛してる わかんないよねそうだよねまだ全てが小さいもんね 先生方の対応が神すぎるここの保育園に行きたい寝かしつけられたい人生相談したい 全身の血管で尊いが大渋滞おこして破裂する大愛してる

初コメ失礼します!🙇♀️✨ 実は更新していない期間に貴方様の作品に見事ハマってしまいました…! 更新とっても嬉しいです! 最近は体調に気をつけてください! リクエストも今度させていただきたいです✨
ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙森先生と広津先生ええええ!!!!😇😇😇😇😇 確かに文マヨの方では2人は保育士さんでしたね!! これは口角が天空カジノに…😇💕 もしだったら、今度は先生達のお話もお願いします!🙏🏻 たしか…紅葉の姐さんとか、森さん、広津さん、福沢社長などは保育士さん側でしたね! 尊いをありがとうございます😭