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店の奥からひょっこり顔を出している子がいる。私のよく見知った子だった。
「アンナリーゼ様!! ようこそ、ぼろ屋へ!」
そんなことを言って笑っているのは、私の宝飾品のデザイナーをしたいとずっと熱望していた級友のティアだった。
「ティア! あなたのご実家だったのね? 知らなかったのだけど、たまたま寄らせてもらったの!」
「そうなのですか? あっ、じゃあ、せっかく来ていただいたので、できれば私のデザインしたものも是非見ていってくれませんか?」
「もちろんよ!」
この国を出る前には、ティアに何か宝飾品を頼もうと思っていたので、早速見せてもらうことにする。
ティアが奥からうきうきとデザイン帳を持ってくる。見せてもらうと、どれも素敵なデザインで、まだ見たことがないようなものが多く描かれている。それをめくりながら、1枚1枚丁寧に説明をするティアはとても嬉しそうだ。
「ティア、アイデアがあるのだけど、デザインって書いてもらえるかしら?」
そう尋ねると、「もちろん!」と答えてくれる。兄がまだ頭を抱えていたので一言声をかけて、ティアにデザイン画の草案を伝え描いてもらう。
「それで、どんな感じのがいいのですか?」
友人となってからは少しくだけた話し方も許してあるので、ティアは敬語交じりの変な話し方だ。
「そうね……まず、ピアスがいいのだけど、右側は大きめの真珠に蝶がとまっているデザインがいいわ。そこからチェーンでつないで水色の滴。左側はダイヤでユリはできるかしら? そこから、チェーンを垂らして真ん中に少し小さめの真珠をはさんで一番下のところに同じような蝶。左右違うデザインにしてほしいの!」
私のアイデアをふむふむと聞きながら、さらさらと絵におこしていく。真剣そのもののティアに私のイメージしていることを伝えると即座に修正してくれた。デザインを見る限りは、とてもいいように思うが、きちんと作り上げることができるのか尋ねるとそこも考えてデザインしてくれたようで「大丈夫ですよ」とティアは言ってくれる。
気をよくした私は、さらにイメージを伝えてネックレスを描いてもらう。それも真珠を基本にして、蝶とユリのモチーフを入れる。ユリにとまった蝶というような形になった。
さらに、ブレスレットも作る。真珠を基本としてしまうと太くなってしまうだろう。エリザベスの腕にはめるので華奢な感じにしたかったため、金のチェーンに中くらいの真珠を8つはめ、その間に蝶を2つとユリを入れ、チェーンの間は動くようにしてもらった。
1時間ほど、ティアと二人で頭をくっつけデザインを考えていたようだ。兄は、お店の応接セットで飲み物を飲みながらくつろいでいる。そんな姿を見ると誰のために来たのか、はっきりさせたいところだ。
「アンナ、やっと終わったかい? ここには、気に入るものがなかったよ……」
残念そうにしている兄に向って、たった今、ティアと一緒にデザインしたばかりのデザイン画を見せた。兄はそのデザイン画をめんどくさそうに手に取ったが、見た瞬間に言葉を失ったかのように黙り込みじっくり見つめていた。
「あの……サシャ様。いかがでしょうか? 」
恐る恐る兄にティアが声をかけると、驚いた顔をそのままこちらに向けてくる。
「これは、あなたが描いたのか?」
兄が急にティアの手を取ったため、ディアはコクコクと頷きながら怯えている。
「やっと……やっとみつけた! このデザインのものが欲しい!」
「あの、それはまだアンナ様にアイデアをもらって描き起こしたばかりで……」
「そうか。ならなおのことだ。これを作ってほしい!」
デザイン画を見て目に涙をためる兄。握られた手をそのままに、ティアは助けてくださいと私に視線を送ってくる。苦笑いをしてその要求に応えることにした。
「お兄様、ティアのデザインは素晴らしいでしょ?」
「あぁ、こんな素晴らしいデザイン見たことがない!」
「私もエリザベスにはとても似合うと思ってみていましたの。これで決まりですね!」
「このデザインのとおり完成品もお願いしたいが、それはここでお願いしたらいいのかい?」
まだ手を握られているティアは、そろそろ離してほしそうにしているので兄に声をかける。感動しすぎてなかなかティアの手を離さない兄に呆れる。
「お兄様、そろそろティアの手を離してください。ずっと手を握られていたら、ティアも迷惑です。それに、エリザベスに見られたら大変でしょ?」
からかい半分で声をかけると、「すまなかった」とやっとティアの手を離していた。
「こちらのデザインなら、うちの工房で仕上げることは可能ですよ。腕のいい職人もいますので、最高級の材料を集めさせていただき、最高の品物を納品させていただきます」
後ろから声をかけられ、振り向くとそこには、店主でティアの父がたたずんでいた。私たちのやり取りをずっと見ていたのであろう。
「侯爵子息様の婚約のお品となるならば、これは張り切って作らないと!」
そういうことに疎いティアは驚いていたが、私たちはそのつもりで来ていたのでティアの父の言葉に驚きはしていないが、なかなか鋭い情報網と観察眼だ。
「えぇ、お願いしますね! 兄の婚約者となる人のものですし、その方は私の大切な友人でもあるのです。もちろん、ティアもですよ!」
ニッコリとティアの方を向いて笑うと嬉しそうだ。
「アンナリーゼ様には、いつもよくしていただいていると聞いています。今回は、勉強させていただきます」
商人らしく利益もきちんと計算されているが、今後の取引も含めてと言われているのがわかる。そこにはあえて何も言わずにいよう。兄は社交が少し上手になったくらいなので、私たちのやり取りには黙っていることにしたようだ。私の後ろで、大人しくしてくれている。
「そう、ありがとう。私もアイデアはださせてもらったので、そのあたりもよろしくね?」
悪い笑みを浮かべれば、ティアの父も悪い笑みで応えてくれる。
「それじゃあ、デザインも決まったことだから、前金が必要ね。お兄様、持っていらっしゃるかしら?」
兄に話を振るとコクンとうなずいている。手付としてそこそこの金額を用意していたようで、かばんが重そうだ。その内の半分を店主に手渡す。
「では、これで。残りは完成して、こちらに届けてもらったあとでいいかしら?」
「もちろんです」とティアの父は言ってくれるのでそれに甘んじておく。とにもかくにも、兄が気に入るデザインができてよかった。実物はないが、ティアのことだ。すぐに完成させてくれるだろう。
その後、もう少しティアのデザイン帳が見たいと私が言ったので、見せてもらうことになった。兄は、エリザベスの宝飾品が決まったので、大人しく店主と世間話をし始める。
デザイン帳の中に少し古い紙に描かれた真紅のルビーの薔薇のチェーンピアスが目に入った。2つがチェーンピアスで、1つ別にモチーフで3つがセットになったものだ。とても、綺麗で心惹かれるものだった。
「あっ! アンナリーゼ様の目につきましたか?」
「えぇ、このデザインとても素敵ね。これは、ティアのデザインとは少し違うようだけど……」
「そこまで、わかるのですか?」
コクンと頷くと少し寂しそうな笑顔になるティア。悪いことをしたかもしれないと謝ろうとしたが、話したいようだったので聞くことにする。
「これは、私の母がデザインしたものです。師匠だったので、参考にいつも持っているのですよ」
「そうなのね……。悪いことを聞いたかしら?」
「いいえ、話せて嬉しいです」
「……これは商品化されてる?」
「完成はしています。ただ、これは、母の技術でしかできないものなので、まだ売るつもりはありません。いつか、この薔薇が持ち主を選んでくれるまで寝かせておこうと思っているのです」
「そう。残念だわ……」
私はそれ以上食い下がらず、ティアのデザインの中で気に入った髪飾りを一つ注文しておく。お礼として、兄に買ってもらう算段だ。それぞれの宝飾品の出来上がりを楽しみに兄と私はティアの実家の宝飾店を後にした。