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逃げて、逃げて、
やっとたどり着いたのは、
駅の近くにある、24時間営業のファミリーレストランだった。
深夜2時。
客はまばら。
店内のBGMが、異様に明るく響く。
スンホは、安いドリンクバーだけを頼んで、隅の席に体を沈めた。
震える指でスマホを握りしめる。
画面には「最後に連絡した番号」が残っていた。
韓国の親からも、兄からも、もうとっくに連絡は途絶えている。
借金を作ったあの日、すべてが変わった。
「……俺……何してんだろ……」
ぽつりと、独り言がこぼれた。
自分がどこへ向かっているのかもわからない。
誰も信じられない。
でも。
それでも……。
(このまま逃げ続けても、何も変わらない)
(捕まったら終わり。でも、自分から動けば……)
スンホはスマホの画面を切り替えた。
ブラウザを開き、検索欄に指を滑らせる。
「……違法労働 通報 日本語」
「……在留資格 相談」
一瞬、胸が締めつけられた。
もし通報したら、あの男たちは自分を殺そうとするだろう。
自分も国外退去になるかもしれない。
でも、それでも。
今、自分の意思で何かを変えなければ──
本当に、“死ぬ”。
スンホはドリンクのグラスを握りしめた。
冷たい。けれど、生きている。
スマホの検索結果の中から、一件の番号を押した。
呼び出し音が鳴る。
1秒。2秒。
胸の奥が、どくん、どくんと鼓動を打った。
「はい、外国人相談センターです」
その声を聞いた瞬間、スンホの手が震えた。
けれど、
小さく、でも確かな声で、彼は言った。
「……助けてほしいことがあります」
あの電話のあと、ファミレスにはすぐに警察官が来た。
スンホの姿を見て、彼らは何も言わずにブランケットを差し出した。
「寒かったでしょ」
ひどく緊張していた。
何を話したらいいのかもわからなかった。
「話はゆっくりでいいから。安全な場所で聞かせて」
警察官に囲まれながら、パトカーに乗せられる。
きっと誰かに見られているかもしれないと、怖くて何度も後ろを振り返った。
けれど、夜明けの街は、いつもと同じように静かだった。
警察署の相談室に通されると、
通訳の男性と、外国人相談窓口の担当者が来てくれた。
熱いお茶が目の前に置かれたとき、スンホの指はまだ小さく震えていた。
「君が話してくれることは、必ず保護につながるから」
担当者の言葉が、どこか遠くで響いた。
スンホは、少しずつ、
どこで何をしていたのか、
誰に脅されていたのか、
何を失って、どうしてここにいるのか──
ひとつずつ、言葉を絞り出すように話した。
すべて話し終えた頃には、
窓の外が白んでいた。
「安心して。これからは大丈夫だから」
担当者が優しく笑った。
スンホの目から、知らずに涙が落ちた。
震えながらも、心のどこかで思った。
(……まだ、生きていいんだ)
その日、スンホは一時保護施設に送られた。
汚れた服は新しいものに替えられ、
シャワーを浴び、
あたたかいご飯を食べた。
ベッドに横たわったとき、
初めて、少しだけ深く眠れそうな気がした。
ほんの小さな光が、
真っ暗だった彼の中に灯り始めていた。