折西はコンピュータ室のドアを開ける。
…そこでは部屋の荒れようなどお構い無しに
昴と紅釈が顔や体を傷だらけにしながら
喧嘩していた。
「折西があんなに薬飲んだのはテメェが
頼りねーからだろうが!!!!!」
「話を逸らすなチビガリが!!!
なんで俺のところに報告しなかったんだ!?」
「誰が原因で過剰摂取したのか
分かってんのか!?優しさの欠片も無い
テメェの所に折西連れて行けねぇだろ!!」
紅釈は昴の胸ぐらを掴み、昴をキッと睨んだ。
「折西の命が飛んだらどの面下げて
組長と会うんだ!?なあ!!!」
昴は思いっきり紅釈の頭に
自分の頭をぶつける。
衝撃に顔を歪めた紅釈は胸ぐらを
掴んでいた拳を強く握りしめた。
「今組長の心配すんのかよ
…それでも元医者なのかよ!?
患者の事も見れねぇヤブ医者だったん
じゃねぇの!?」
「…!」
昴は一瞬だけ目を見開く。
そして昴は紅釈に抵抗するのを辞めた。
「…ヤブ医者、その通りかもな。」
その発言から昴はピクリとも動かず、
自ら負けを認めた。
そんな姿にゾッとした紅釈は舌鳴らしをして
部屋から出ていった。
折西は1歩も動かない昴をしばらく見ていると
後ろからまた怒鳴り声が聞こえてきた。
…どうやら俊が紅釈に説教しているらしい。
融くんが起きちゃうから静かにしろ!とか
流石に昴に言い過ぎ!とかそんな話を
していた。
そして足音が近づいてくる。
東尾はいつもの不気味な笑顔でもなく、
緩んだ笑顔でもなく、とんでもない
鬼の形相で部屋の中に入って行った。
折西の存在に気が付かないほど
怒りに満ち溢れた東尾は昴の前に立つ。
ボーッとしていた昴だったが
東尾の怒気に血の気が引き、
我に返ったように後ずさりしていた。
すると東尾は無言で近くにあった
机を片手拳で殴り、粉砕した。
そしてその拳で昴の腹部を思いっきり殴り、
昴は数メートル先のコンクリート壁に
埋まった。
手をパンッとはたいた東尾は溜息をついた。
「落ち着いた?話せそう?」
最早息の根が止まりかけている昴は
僅かな力を振り絞って静かに頷いた。
・・・
「…昴が心配する気持ちも
分かるんだけどね。」
東尾は昴の隣に座り込む。
「昔救えなかった患者さんがいたんでしょ?
だからあの時みたいに手遅れにならない
ように紅釈に伝えて欲しかった…
っていうのはすごくよく分かるんだ。」
「ただ、いつも折西くんを怖がらせている
昴に引き渡したくない…という紅釈の
気持ちも分かる。」
「…そうだな。あいつの言い分は
真っ当だと思う。俺はヤブ医者
だったんだろうな。」
「ヤブ医者だったら今頃ここの従業員
みんな死んでるよ。」
東尾は昴の肩に右手をポン、と置いた。
「…あれくらいの処置だったら
誰でも出来る。」
昴は東尾の手を優しく払うと顔を逸らした。
そんな昴を見て東尾は誰にでもできる訳
じゃないよ、と苦笑いをした。
「…まあ、どちらの言い分も分かるんだけど
一つだけ俺からアドバイス。」
「たまには休んでみるといいよ。」
「…!そんな事したらここのシステムが
ハッキングされて…」
「たまに息抜きするくらいいいと思う。
そのための職員だよ、ねっ!」
東尾はウインクすると親指の先を
自身に向けた。
「…東尾には敵わないな。」
昴はため息をつき、苦笑いをしたのだった…
・・・
その後、自室に戻った折西に昴から
電話がかかってきた。
どうやら飲んだ薬の量や名称確認のため
コンピュータ室の救護用ベッドの方で
今日だけいて欲しいとの事だった。
正直昴の事は怖かったが薬で何らかの
影響があっては困るとコンピュータ室へと
向かった。
「…」
「…よ、よろしくお願いします…」
昴は「胃洗浄と点滴するから椅子に座って
待ってろ。」とだけ言い準備を始めた。
その後特に会話することなく
胃洗浄が始まった。
鼻から入ってくる生温かい液体に
嗚咽し、繰り返し吐き出していく。
折西は人生の中で1番キツい治療なんじゃ
ないかと朦朧とする頭で何度も考えた。
ようやく胃洗浄が終わり、暫くしてから
点滴が繋がれ、ベッドの上に寝かせられた。
ベッドからメインコンピュータの方に
目を向けると昴はカタカタと
何か調べているようだった。
暫くすると昴は目を見開き、
キーボードを打つ手が止まった。
「この薬は…」
昴は鬼の形相で折西のもとへと歩み寄る。
「おい、折西。この薬どこで貰った?」
「ヒッ、え、えっと…影街の中の病院…です。」
殴られる、そう思いギュッと目を瞑った折西。
しかし殴られることはなかった。
恐る恐る昴を見上げると昴は悲しそうな
顔へと変わっていった。
「折西が飲んでいた薬全部…国が
輸入禁止してる麻薬だ。」
「まっ、麻薬!?!?!?」
「1つの麻薬に関しては多くの国が禁止
しているものだ…あと1時間遅れてれいれば
死んでただろうな…正直今後後遺症も
出てくるだろう。それに…」
昴は何か言おうとしていたが
やっぱりいいと首を振った。
管理期間は延長だな。と昴は言い、
早めに寝るようにと折西に伝えた。
・・・
すっかり眠りについていた折西は
ふと目を覚ます。
「…!」
隣に気配を感じ、折西はすかさず
寝たフリをした。左手に温もりを感じる。
「ごめん…ごめん…!」
温もりは折西の左手を強く握る。
「…融を助けるどころか折西の命すら
殺してしまいそうになって…」
融…僕の名前…一体どうして?
「…融、俺になにか出来ることが
あれば教えてくれ…」
…?
折西はどこかこの言葉を聞いたことがあった。
確か…昔文通をしていた心療内科の先生が
よく「何か出来ることがあれば」って
言っていたような…?
折西はハッとした。
昴は光街で出会った心療内科の研修医だ。
(…昴さんの言う「融」は過去の僕である
気がします…今の自分と昔の自分は大分
かけ離れてしまったから。
過去の僕を救えなかったって思っているの
かもしれないです…)
折西の手を握っている今が
チャンスかもしれない。
折西は今の自分を思い浮かべ、そっと
手を握り返すと景色が白に覆われていった…
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