テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
というわけで続きです。
注意書き略
ーーーーー
「ん…」
窓から差し込む朝日に照らされて目が覚める。
ぼんやりとした視界に自室ではない部屋が映って、そういえば昨日はバーに行ったんだったと思い出した。
「…?」
眼鏡を探そうと起こした身に違和感を覚えて首を傾げる。
体に怠さがない。声も掠れていない。昨夜の格好そのままなのに服も汚れていない。寝ていたベッドは綺麗に整えられている。いつもなら誰かに一晩中体温を分けてもらってようやく眠れるから、翌朝はどろどろになっていることがほとんどなのに。
…何もせず自分一人でどこかに泊まったんか?
それにしては頭がスッキリしていてよく眠れた感じがする。何故だろう。
確か昨夜はバーで話しかけられて、その人と…いや、別の誰かに引っ張られて…?
手探りで探し当てた眼鏡をかける。と、同時にすぐ後ろから聴き慣れた声に呼びかけられた。
「エミさん」
「っ!…ぞ、ゾムさん…」
振り返った先にいたのはゾムさん。眼鏡越しにはっきり見えた部屋も彼の自室。
そうだ、昨日は割り込んできたゾムさんに引っ張られて、それから…どうしよう、そこからの記憶がない。そもそも何でゾムさんがあの店にいたのか。どこまで知られてしまったのか。
「昨日、エミさんが街歩いてるの見かけて追いかけてみたんやけど、」
焦る私をじっと見つめながら彼がゆっくりと口を開く。
「エミさん、男誘うの随分手慣れてたやん。今までもああいうことして来たんか、何回も。」
自分の顔から血がさあっと引いていくのが分かった。
どうしよう、引かれてしまう。軽蔑されてしまう。“あのとき”みたいに。そしたらまた遠い場所に逃げなきゃいけなくて、仕事も人間関係も全部捨てなきゃいけなくて、この、大切になってしまったこの場所も、仲間もーーー
「ええエミさん?!」
ギョッとした顔のゾムさんが頬に触れる。滲んだ視界に自分の目から涙が零れていると気づいた。
こんな俺を心配してくれるなんて、優しすぎますよ、ゾムさん。…自分にそんな価値なんて、ないのに。
「ごめん、なさい…」
せめて見苦しい泣き顔を見せないように俯くけれど、涙が落ちて床を濡らし一層惨めさが募った。
「え、エミさん、泣かんといて…」
背中にそっと手が当てられる。辿々しく、でも優しく撫でる手つきに、自分に引いていないのかとゾムさんを見上げる。彼の顔に映っていたのは軽蔑ではなく心配と罪悪感の色だけで、
「な、泣かせたかった訳やなくて、その、エミさんって女好きやんか。婚活してるし。なのに何でかなって、」
ただの興味だったんや、と弁明する彼に何と言えば良いか分からなくて、あの、えっと、と意味のない言葉を発する。それをただ黙って待ってくれているゾムさんに、ようやく決心して話し出した。
「…寂しくて、眠れない夜があるんです。」
「うん。」
「高校生の時くらいかな、それに耐えかねて当てもなく街をふらついてみたことがあったんですよ。そしたら男の人に声をかけられて、よく分からないまま着いて行って、そのまま…」
「危機感無さすぎん?」
思わずといった風にかけられた声に笑って返す。
「あはは、そうですね。でもその時は疲れていて、もうどうなっても良いや、って思ってて。…でもね、その後は朝までぐっすり寝られて、そうか、こうすれば良かったんか、って。」
「…そうか。」
そこで、話を止めたって良かった。“説明”なら充分に話したはずで、それでも勝手に口が動いたのは、きっとずっと誰かに聞いて欲しかったからかもしれない。
「それで、眠れない日はそういう相手が見つかるような場所に行く、って生活を続けてたんですけど…就職して数年目くらいに、家族にバレてしまって。」
せめて深刻にならないようにと笑った顔は、きっと情けない表情になっていた。
「元々折り合いが悪かったんですけど、それが決定打で勘当だ絶縁だ!って騒がれましてね。最終的に高血圧で倒れて救急搬送されたもんだからご近所さんにも職場にもすぐ広まって。」
今でも耳の奥に残る罵声と肌に残る突き刺さるような視線を記憶の隅に押し込める。
「…その町に居づらくなって、色んな場所と職場を転々として、この街に来たんです。…ここもいずれ去るつもりだったのに……ゾムさん達に、出会って。」
声が震えるのを、止められない。
「最近はもう、忘れかけてるくらいだったんです。毎日騒がしくて、楽しくて、人肌恋しいとか思う暇もなかった。だからこんなにーーー失うのが怖くなってしまって、」
「?!な、何で失うとかいう話になるん?!」
急に詰め寄ってきたゾムさんにきょとんと目を瞬かせる。
「だって、気持ち悪いやろ?名前も知らんような不特定多数に何回も抱かれてる男なんやで、俺。出てって欲しい、顔も見たくないって思うもんやない?」
「え、エミさんはこの街出てきたいって思ってるんか?!」
「そりゃ出来るなら出て行きたくないけど、」
「じゃあ居ったらええ!!」
喰い気味に叫ばれた言葉に目を見張った。
「…ええの?」
「当たり前や!…むしろ俺から逃げられると思うなよ。」
肌に食い込むほど強く肩を掴む手に、心底安堵した。こんな人間だと知ったのに軽蔑もされず、触れることも躊躇われない。
いいのか、ここに居て。まだ皆と一緒にいて、いいのか。
「そ、それに、また寂しくなったら知らん奴やなくて俺のとこ来たらええやん!」
「えっ」
滲みかけた感傷が一気に吹き飛ぶ。
自分が“寂しい”時に何をしてきたのかはさっき話したし、昨日彼自身の目で目撃したはず。その上で「俺のところに来たら」ということはーーー
「昨日は俺の家に入った瞬間に寝落ちたやろ?俺の家来て寝れるならそうすればええし、寝れなくても寂しいの無くなるくらい俺が遊んだるで!」
夜通しゲームとかするんだぜ!と笑うゾムさん。
なんだ、そういうことか。
「…じゃあ、その時はお願いしますね、ゾムさん。」
「おう!」
そういえば昨日の夜どうやって寝れたのかと思っていたけれど、ゾムさんがいて安心したから寝落ちたのか。通りで体が通常通りな訳だ。
…何にも、なかったのだから。
ーーーそれにホッとすると同時に、少し残念だと思ったのは、どうしてだろうか。
ーーーーー
これで終わりです。続きません。
コメント
2件
めちゃくちゃ良かったです😭 エミさんが決心して打ち明ける時に「...寂しくて、眠れない夜があるんです。」からの「うん。」、この「うん。」だけにすごくゾムさんの優しさが垣間見えて素敵です✨️そして「声が震えるのが、止められない。」のところで涙腺崩壊しました笑 そして最後の「ホッとすると同時に、少し残念だと思ったのは、どうしてだろうか」で少しニヤニヤしてしまいました笑今回もめっちゃ面白かったです。
うわあああもう完結しちゃったの!!?😭💔 エミさんの過去、重すぎて胸がギューってなったよ…でもゾムさんが「居ったらええ」って言った瞬間、涙止まらんかった😢 「俺のとこ来たらええ」→ゲームで遊ぶって返し、ゾムさんらしくて笑ったけど、それもめっちゃ優しいね…! 最後の「何にもなかった」にホッとしたけど「少し残念」って思っちゃうとこ、最高にエモい…! 二人の関係、これからどうなるんだろうって想像しただけで胸が熱くなる…素敵な物語をありがとうございました🌸✨
210
808