9層は煙に覆われていた。空よりかなり低い位置に橙色の煙。地面のある場所には白色の煙。そして草木は茶色や緑色の煙。岩のようにそびえたつ灰色の煙。
「ハウドラントじゃないのよ?」
「ちがうぞ。なんかジメンはしろいイシみたいだし、こわれないからな」
白色の煙の下には白く広大な大地がある。これは雲で構成されたハウドラントには存在しない物。
「ここは煙のリージョンを模して創られた層です。リージョンシーカーにはまだ発見されておりません」
「ぐぬぬ、いまにみてろよ……」
”ピアーニャちゃん悔しそうだけど嬉しそう?”
”こんなリージョンがあるって判明したからなぁ”
”どこかで消えない煙がみつかれば、行けるかもしれないんだな”
早速アリエッタのミニマップを頼りに進む一行。この層では空を通ると煙の中からヴェレストの攻撃が飛んでくるという事で、低空飛行でポータルを目指している。しかもポータルは煙の中に紛れているという。
「密林って程ではないけど、煙が立ち上ってて見晴らしは良くないわね」
「これが雲だったら、わたしとおししょーさまの出番だったのにー」
「そうなの?」
「うん、こう雲を染み込ませて、どばーって」
「?」
メレイズの直感的な説明に、ニオはますます分からなくなっている。ミューゼとパフィも意味が分かっていない。
「それはそうと、ヴェレストが沸くのってこうなるんだ……」
「んえ?」(あれ? いきなり近くにべれすとの反応が出た)
周囲とミニマップを見ていたネフテリアとアリエッタが、赤い木片の突然の移動を見て、ヴェレストが現れた事を悟った。
その反応がある方向を見ると、地面から紫色の煙が出現。徐々にヒレの大きな魚のような形になっていく。
”煙の中に潜んでると思ってたけど、本当に突然沸くんだな”
”どーりで警戒が難しいわけだよ”
9層のヴェレストは煙で出来ている。煙のあるところならばどこでも現れる事が出来るため、足元や頭上から出現する事もある。ただし、変化が始まってから完成するまでは時間がかかるようで、油断さえしなければ完成する前に砕く事が可能である。
しかし、いくら不意打ちを防げるといっても、人が到達可能な層の限界に近いだけあって、簡単には進めない。
「あ、あっちからもって、おわぁ!」
「うわぁ大量なのよ……」
煙が無限にあるという事は、ヴェレストが無限に現れるという事になる。それも全方位から大量に。各個撃破していては到底間に合わない量のヴェレストが沸き出てこようとしているのだ。
”少し進んでから一気に出てくるから、戻るのも大変なんだよな”
「何それ性格わるっ」
「グレースさんの性格が出てるのかしら?」
「いえ、あの方は正面から闘りあうのが好きなので、これはどちらかというと元のリージョンの神の性格が表れてます」
”急にそのリージョン探したくなくなった”
”そっかー性格の悪いリージョンかー”
まだ見ぬリージョンの創造神、知られていないうちから評判が最悪である。
そんな話をしている間にも、ヴェレストは大きくなり、形がはっきりしてくる。と、そこへ、
「【魔力球】」
ぼふん
ネフテリアが魔法を放ち、最初に現れた魚のようなヴェレストの破壊を試みた。
あっさり破壊されたヴェレストは、そのまま無散し溶けて消えていった。
「あ、脆い。復活は…しないのね」
「ん? テリアははじめてなのか」
「まぁね。8層で迷ってポータルまでたどり着いた所で引き返したから」
”怖くなった?”
「違うわよ。食料の問題」
”ああ……”
この先に進むのが難しい理由には、ヴェレストの強さの他にも、食料の不足、体力の限界、休む事の難しさなどが挙げられる。特に食料に関しては、持ち込める量に限りがある。たとえラスィーテ人がいて食材を節約出来たとしても、長期間居続ける事が出来ないのだ。
「そのせいで進めないって苦情を伝えておこうかな」
”ありがてぇ”
”神様って人が生きられる環境を分かってないんだな”
”ヴェレストは倒したら消えるし食えないんだよ”
「まぁ強者と戦う事しか考えてない方ですから」
”面白いリージョンだけど、空腹で動けなくなる事は、人には避けようがないものね”
戦闘行為以外での進行不能により、創造神に対する人々からの苦情が発生した。ピアーニャもこの問題は深刻に考えており、最悪イディアゼッターとアリエッタに脅してもらってでも改善するべきだと考えているようだ。
「よし、やるコトもふえたし、こんなソウはさっさとツウカするぞ。テリア、ニオをショウメンにむけておけ。けちらしてもらうから」
「え、あ、わかった」
「ふぇ? どうするんですか?」
ネフテリアはニオをつれて『雲塊』の正面部分に陣取った。残りの4人は何をするのかワクワクしながら待っている。
ピアーニャは2つ目の『雲塊』を変形させ、流線形の屋根にして自分達を囲うように被せた。前方は開け放ち、後方は網状になっている。内部には背もたれ付きの椅子を作り、アリエッタ達の安全を確保。ネフテリアにも大きな椅子を作り、ニオを抱っこさせて座らせた。
「なるほどこういう事ね。ニオ、前方に【魔連弾】を準備よ」
「えっと、はい!」
「それじゃあいくか。コウゲキタイミングはテリアがシジしてやってくれ」(どーでもいいが、テリアのアタマのハナ、なんでおどってるんだ?)
”なぁにあれぇ……”
”昨日途中から見なかったから解呪されたのかと思ったのに、なんでまた生えてんだ”
楽しい気配を感じたのか、ネフテリアの頭には再度花が生えて、テンション高く踊っている。コメントの方も我慢出来ずに花の話をしているが、花の存在を知ることが出来ないネフテリアにとっては、おかしいと思いつつも何の事かさっぱり分からない。
「……? じゃあまずは1発いっときますか。ニオ、正面を蹴散らしちゃって」
「はい! 【魔連弾】!」
ドドドドドドドッ
「いくぞ!」
ピアーニャが選んだ手段は、強行突破。ニオの超破壊的な魔法の連射を前方に飛ばす事で、正面のヴェレストを跡形もなく吹き飛ばし、『雲塊』でかっ飛ばす。あとはアリエッタのミニマップを頼りにポータルを目指すのみ。
この層の難しさはヴェレストによる数の暴力にある。ニオとピアーニャの2人によって、それを完全に無効化し、ポータルへと突進するのだった。
というわけで、あっさりと10層へと到着。
”うーん、能力の強さが異常とはいえ、こんなに簡単に……”
”ニオちゃんをください”
「えっ、うち?」
「ニオの魔法ならあげるわよ」
”すみません死んでしまいます”
”死ぬだけならまだしも跡形もなくなりそう”
”証拠も残さない最強の幼女……”
「うちそんな悪い子じゃないですっ……よね?」
”ええい可愛いな!”
”珍しく強気だと思ったら最後に涙目て。庇護欲を掻き立てるの上手いな”
10層にはは淡く光る大地と、大地とは違う色で光る足場がたくさん浮かんでいる。
ピアーニャによると、光っている足場を使い、高低差を戦術に組み込む事が出来るらしい。不思議な事に、浮いている足場には下からは触る事が出来ずに通り抜けてしまう。足場の真下から垂直に飛び上がり、空中の足場をすり抜けて上に乗る事が出来るのだ。
「なんだか目がふわふわ?するのよ」
「ここのヴェレストは、ひかってるぞ」
「あ、ほんとだ。あそこにいるー」
メレイズが見た先には、白く光って輪郭のはっきりしない巨大な虫のような形のヴェレストが複数いた。光るシルエットに見えている為、どの方向を向いているのか、どれくらい離れているのかが、かなり分かりにくい。かろうじて目の部分だけは違う色になっているようだ。
”相手が光そのものだから距離感がつかみにくいんだよな。奥行きもわからんし”
”知り合いが気合入れて斬りかかったと思ったら、かなり遠くにいて恥ずかしかったって話してた”
”遠くにいると思ったらじつは目の前にいて、そのまま犠牲になった者も多いから気をつけろよ”
この層の難しさは不思議な足場に加えて、ヴェレストに対する遠近感の無さにあり、特に近接型の挑戦者はかなり苦労しているようだ。
ちなみに、この元となったリージョンも未発見である。
(なるほど、ここは光の世界か! だったらシスの出番だ)
アリエッタはおもむろにデフォルメしたオスルェンシスを紙に描いた。すると、絵から黒い触手のようなものが生えた。そのまま遠くにいる光のヴェレストまで伸び、貫いてしまう。そのまま光のヴェレストは消滅してしまった。どこまでも伸びる直線の攻撃には、距離感など関係無かったようだ。
「いやシスにはそこまでの力は無いからね?」
「アリエッタが勝手に誇張してるだけなのよ」
「期待が膨らみすぎて怖い……」
(やっぱり光には闇が効くってことだな! 闇の裁きを受けるがいいー!)
オスルェンシスの能力は『闇』ではなく『影』である。誰にも知られていないアリエッタの思い込みを訂正出来る者などおらず、すっかり調子に乗ったアリエッタは、そのまま『カッコいいセリフ』を考えながら、「闇で光を払うぞ」と意気込んだ。
「……10層もただ進むだけになっちゃったわね」
「まぁモクテキがたたかうコトじゃないから、べつにイイだろ」
”無茶苦茶だぁ”
”ここ突破出来る人少ないのに”
「そろそろ、わちらもキビシイからな。アリエッタとニオのハカイリョクをうまくつかいこなすぞ。ゼッちゃんもたのむ」
「今回は状況が特別ですからね、良いでしょう。ですが見立てでは、お嬢達の今の実力ならば正攻法でも15層までは大丈夫な筈ですよ」
挑戦が11層で止まった理由の多くは食料不足と疲労によるもので、イディアゼッターの亜空間を使った荷物持ちによって食糧問題と休憩問題が解決している今は、これ以降も全力で挑むことが可能になっている。
視聴者もこれ以降の情報が欲しいので、たとえピアーニャ達の進行が卑怯と言いたくなる手段でも、イディアゼッター達が本当に神なのかと疑っていても、文句は言ってこないのだ。命がけの探索には情報が必要という事である。
ピアーニャはさらにヴェレストが強力になる次の層の為に、『雲塊』をコネコネしながら先に進むのだった。
そんな中、ネフテリアの頭では異変が起こっていた。
”ところで花がちょっと大きくなってない?”
”10層についてから葉を広げてじっとしてるし、光を取り込んで成長してるんだろ”
”重くないのかな……”
それでも苗床は気づかない……。
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