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『ぎゃあああああああ!!』
11層に女達の大絶叫が響き渡る。
空は灰色で、大地は血のように赤黒い。ところどころに怖い顔が張り付いた枯れ木や岩があり、バカにするような笑い声をあげている。その大きさは様々で、ものによっては空までそびえたつ程の高さの枯れ木や、もはや山にしか見えない岩もある。
しかも、空を見ると様々な形をした物体が浮かんでおり、それにも化け物と言っていいような顔がついている。どこへ行っても、その恐ろしい視線からは逃れようがない。
そんな沢山の顔が見つめる先には、『雲塊』の上で一斉に泣き叫ぶ一行がいた。
「うわーんミューゼぇー!」
「ぎょああああああああああ!!」
「いやああああああ! 変なとこ触あああああ!」
「ひいぃあああたしゅけえええええありえぇぇぇったあああああああ!!」
”うるせぇ!”
”悲鳴たすかる”
”王女様の悲鳴が一番汚えな”
”それはそれでイイ”
ネフテリアがミューゼに必死にしがみつき、ミューゼがネフテリアから必死に逃げるようにパフィを掴み、絶叫するパフィがアリエッタの尻尾に縋り付き、アリエッタが近くにいるネフテリアの足にくっついて泣いている。
ピアーニャとイディアゼッターはこうなる事が分かっていたのだが、まさかのネフテリアが使えなくなった事に困り果てている。メレイズは叫び声に驚いて耳を塞いでアワアワしているが、その目は心配そうにニオを見ていた。
”ニオちゃん大丈夫?”
”最初に気絶しちゃったもんなぁ……”
”メレイズちゃん偉い!”
ニオが叫ばないのは、既に意識を失っているからである。11層に転移してから前を見た瞬間にはもう立ったまま固まっていた。沢山の不気味な顔に睨まれて、意識を手放したのだ。
しばらくはニオの魔法で蹴散らそうと思っていたピアーニャだったが、これではどうしようもない。怖がっていて使い物にならないネフテリア達の事もあって、ここは全力で逃げ進む事にしたのだった。
全員を強引に『雲塊』に乗せ、メレイズはニオに自分の『雲塊』を被せて固定。
そのまま発進し、今に至る。
「ポータルどっちだよおおおお!」
”ついにピアーニャちゃんまで叫び出したか”
”まだここのポータルには誰も辿り着いてないわ”
”最終到達層だからなぁ”
”アドバイスもできやしねぇ”
”アリエッタちゃんしっかりー!”
仲間の騒音が酷くなるこんな層は、さっさと抜け出してしまいたい……のだが、ポータルの場所がまず分からない。先程驚いたばかりのミニマップも、アリエッタが怖がってネフテリアに抱き着いているので使えない。
「あーもうカンジンなときにっ」
「おししょーさま! また増えた!」
「おいこらテリア! なんとかしろおおお!!」
「い゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
追われているのに何もできない現状にイライラしながら、ピアーニャは速度を上げた。
一行を追うのは、半透明で怖い顔の人の上半身……のようなヴェレスト。なまじ人に近いだけあって、狂暴な獣よりもある意味かなり怖い。その数は10を超えていた。
(ここでぶっぱなすか? いや、コイツらがつかえないから、うったアトがこまるな)
前の層からため込んでいた力を解放するかで悩むピアーニャ。今使うにはリスクが高いだけと判断し、逃げる事だけに集中する。
とここで、イディアゼッターから警告が入った。
「お嬢、上です」
「メンドウなっ」
空に浮かんでいる顔のいくつかが動き出した。突撃してくるが、ピアーニャはあっさり躱す。
時々顔から緑色の火の玉が吐き出されるが、『雲塊』を変形させてなんなく防ぐ。
「おししょーさま凄い……」
「しかし防御ならともかく、高速移動中につき前方以外への攻撃がままならないようです」
”まぁこのスピードじゃなぁ”
”全員かかえて逃げられるだけでスゲェって”
「カイセツしてないで、てつだってくれんのか!?」
「まだいけると判断しております故」
「くそーっ」
本当に危険な時は助けると約束されているとはいえ、わざわざ自分でそんな状況に陥るつもりは無い。何より、常に全力で戦える事を保証されている状態で、どこまで自分の力が通用するか試しておきたいという気持ちもある。
今は後ろのネフテリア達が復帰するまで、とにかく逃げて逃げて逃げまくる事を選択。木を避け、岩を避け、前方の障害物を雲で壊し、前方の邪魔なヴェレストも針状にした雲で貫き、高速でポータルを探し回った。
しかし1層ごとの広さはかなりのもので、これまでは場所を知っていたからこそ簡単に進めたのだが、やみくもに飛び回るだけでは、まず見つからない。巨大な枯れ木のせいで遠くも見渡せない。そもそも高速移動していて見つかるような場所にあるのかも分からない。
「……アリエッタのちからがヒツヨウだ」
”ですよねー”
”ピアーニャちゃんが泣いて縋り付いたらいいんじゃない?”
”たしかに”
”妹想いのお姉ちゃんっぽいからね”
「ダレがイモウトだっ! んなみっともないコトしたくないわっ」
その方法が最善だという事は、ピアーニャも分かっている。しかし、総長という立場と、年長者(イディアゼッターは除く)というプライドから、アリエッタに甘えるのは絶対に避けたいと思っている。それに沢山のシーカーが見ている中で、そんな事など出来る筈もない。
”せめてミューゼちゃんが動ければなぁ”
”ヴェレスト見て怖がってるの、アリエッタちゃんと王女様とニオたんだけだもんな”
”え、そうなの?”
”よく見てみろよ。ミューゼちゃんが嫌がってるの、ネフテリア様の手つきだぞ”
”え、あ、ほんとだもっとやれ”
「ちなみにパフィさんが怖がってるのは、この高速飛行に対してです」
”その2人マジでヴェレスト関係ねぇな!”
今はヴェレストの集団から逃れる為、高速で滅茶苦茶に飛び回っている。戦闘スタイルが近接型で、一定の速度を超えると怖がるパフィの事は、現状戦力として数えられていない。せめてアリエッタに抱き着いて変な事しないようにしていてくれていればと思っていた。
こうなると戦力として期待できるのはミューゼのみ。という事は、
「まずはテリアをはりたおすぞ、メレイズ」
「えっ」
”いやおかしいだろ”
”冗談……じゃないな、総長の雲が大きな玉の形になっとる”
”え、本気なの?”
これまでミューゼ達と一緒に行動して、ピアーニャは1つの事を学んでいた。
「『シンライできるナカマこそサイダイのテキである』というコトだ!」
ゴッ
「おぼっ」
”まてまてまてまて!”
”なんでそうなった”
”その2つって現実で共存できるんですかね”
”いま王女様の頭に玉落とすのに、一切躊躇いがなかったな……”
『信頼できる仲間こそ最大の敵である』
親友だからこそ止めなければいけない…というようなシチュエーションで、厳しくも美しい友情の物語が多くの人に読まれている。だからこそ視聴者も、今のピアーニャの容赦ない行動に総ツッコミを入れざるを得なかった。
「まぁこの方々には、仲間と敵対するというのは、もはや日常の一部ですからねぇ……」
”いやどんな日常送ってんの!?”
「アクマといっしょによっぱらったミカタをとめたり、マチをメレンゲでおおいつくしたのをとめたり、ハバツセンソウにカイニュウしてたら、ソウホウのリーダーをイケニエにしたキョダイゴーレムでなぐりあったり……」
”おかしい全部おかしい!”
”そういえば前にニーニルがモッコモコになってたような”
”アンタらの仕業かい!”
突発的なトラブルで敵対し合い、周囲を巻き込んで滅茶苦茶にしてきたのだ。どうしてこうなるのか、ピアーニャにも本人達にも分からない。過ぎ去った後には『いやな事件だったね』という感想が残るのみ。
「そうなんだ。アリエッタちゃんも大変だったんだねぇ」
「………………」
そのアリエッタ(と母親)を中心にしたトラブルが特に酷い……という言葉を、ピアーニャはニオを見ながら飲み込んだ。
「ひぃ、はぁ、たすかった……」
倒れたネフテリアから離れた事で、ミューゼはようやく落ち着きを取り戻した。慌てて乱れた衣服を直す。
”あっ、もうちょっとで見えたのに”
”くそっ、役に立たねぇ王女様だな”
「ライブ止めませんか!?」
「それはシゴトでこまる。それよりもヴェレストをどうにかしてくれ」
「後でテリア様吊るしたいです!」
「わかった、てつだってやる」
ミューゼはやる気を取り戻し、後方に向けて魔法を放った。
「【縫い蔓】!」
太い蔓を出し、鞭のように使って追ってくる半透明のヴェレストに攻撃。半透明といっても実体はあるので、物理攻撃が普通に通用するのだ。
「よくもアリエッタを怖がらせてくれたわね! そらそらそらあっ!」
自由自在にうねる蔓が2本、次々とヴェレストを叩き落していく。
”ミューゼちゃん怒ると怖いな”
「彼女はアリエッタさんを可愛がっていますから。アリエッタさんに何かしたら、王族だろうと容赦しません」
”いいのかそれは”
「王族公認でございます」
”どゆこと!?”
イディアゼッター達がそんな会話をしている間に、周囲のヴェレストは全滅した。
この層では、常に多方面からヴェレストに見られている。そしていつ襲ってくるかが分からない。顔のあるもの全てがヴェレストなのだ。
その恐ろしい見た目と強さ、断続的な襲撃による気力と体力の消耗によって、これまで挑戦者を先に進めさせなかったのである。
「ふぅ、大したこと無かったですね」
「いや、きづいてないようだが、アリエッタからむとミョーにつよくなるからな、オマエ」
精神力で操る魔法は、その時の精神状態によってその効力が変化する。集中、怒り、愛情、決意など、人によって要因は様々だが、ミューゼの場合はアリエッタに関する何かがあると、ネフテリアも驚く程の進化を遂げている。
「ま、アリエッタはあたしの大切な嫁ですから」
”ほほぅ……”
”そこんとこ詳しく”
”これは妄想が捗りますなぁ”
”いいですねぇ……ふふふ”
「おいこら」
流石に疲れたという事で、ピアーニャは一旦休憩を入れる事を提案。叫んで逃げっぱなしだったので無理もないと、イディアゼッターは快く承諾し、ヴェレストが通ってこれないように周囲の空間を歪曲した。
そしてネフテリアは吊るされた。
「えっなんで? ちょっとミューゼ? お顔が怖いんですけど? あの、誰か助けてくださいお願いいいやあああああああああ!!」
その光景を見ていたヴェレスト達の顔は、自分達の役目が取られたと思ったのか、不満そうな表情になっていた。