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「よし! んじゃ、お嬢さん行くとするか!」


ロイが陽気に言った、そのときだった。


「ロイ・ブラックドッグだったか?」

シャーロットとロイが庭に出ようとすると、ヘンリーが静止するように咳払いをしたのだ。


「そこの方、シャーロット様と話があるので、ちょっと席を外してくれないか?待ってる間は、そうだな……あっちの片付けを手伝ってくれると助かる」

「ん? ああ、いいぜ」


ロイは簡単に返事をすると、尻尾を緩やかに降りながら兵たちのなかに入っていく。

ヘンリーは彼が部下たちの指示を聞きながら、陶器の破片を拾い集める姿を確認すると、声を潜めて問いかけてきた。


「シャーロット様、正直にお答えください。あの獣人、怪しくないですか?」

「怪しいとは?」


シャーロットが問い返すと、ヘンリーは嫌そうに眉を寄せた。


「あの獣人、昨日は街の宿に泊まっていたのですよね? こっそり抜け出して、夜中に忍び込んだと考えられませんか?」

「馬鹿馬鹿しい」


シャーロットはヘンリーの考えを一蹴した。


「鳥の獣人ならともかく、彼の場合は狼系。足跡を消すことはできませんよ」

「しかし、あの尻尾はどうでしょうね。歩きながら尻尾を箒代わりにとか……」


シャーロットが否定したものの、ヘンリーの眼には依然として疑惑の色が根強く滲んでいた。


「臭いは消すことができませんよ。既に、訓練させた犬に臭いを確かめさせたのでしょう? それに、彼だとしたら盗品はどこへ?」


百歩譲って犯人だとしても、盗品を宿屋に隠して置くわけがない。彼はまがりなりにもサリオス・エイプリルの友人で、客人である。そこそこに高級な宿に泊まっており、仮に盗品を密かに持ち込んだとしても、優秀なホテルマンが気づかないはずがなかった。


「獣人だからといって、色眼鏡で見るのはやめた方がよろしいかと」

「それは……そうなのですが、何分、他に余所者らしい余所者もいないわけでして」


ヘンリーは額の汗を拭きながら言った。彼曰く、今回の事件が起きてから、街の門で検問を実施しているしているらしい。昨晩から今日の昼過ぎまで、門を出入りしたのは顔見知りの業者だけ。事件発覚後から荷台も確認したが、盗品らしきものは見つかっていないそうだ。


「つまり、犯人は街から出ていないのです。もしくは、街のどこかに盗品を隠していることが分かっております。まさか、両方がポンっと消えてしまうなんてありえないでしょう? それこそ、本当に魔法の仕業になってしまいます」

「だからといって、彼はありえません」


シャーロットは首を横に振った。


「|ブルットクックの戦い《・・・・・・・・・・》の生き残りが、そんな盗人まがいのことをすると思います?」

「な、なんと!?」


ここで初めて、ヘンリーは驚きのあまり飛び上がった。急いで後ろを振り返り、床で破片を集める獣人に目を向ける。


「先の戦いの激戦地ではありませんか! 王国の墓場だったと聞いてますぞ!?」

「彼は奇跡的に生還して、いまは近衛隊に属していると……直接、お聞きになったらどうです?」

「い、いえ、いいでしょう」


そのときには、ヘンリーの眼から疑惑の色が完全に消えていた。

2年前の大戦は、まだ記憶に新しい。それほどまでに、深い爪痕を残している。なぜなら、王国の騎士の五分の一が亡くなったほど、命が軽く扱われた戦だったのだから……。


「……しかし、弱りましたな」


ヘンリーは囁き声のまま、小さく息をついた。


「壁紙の傷を見たでしょう? 奥様には言えませんでしたが、あの傷からは酷い怒りを感じるのです。奥様に恨みを持つ者の線も考えましたが、そのような者も浮上してきません。侍女や庭師が出入りしていましたが、彼らがするとはとても思えなくて……」

「庭に出ればわかりますよ」


そこですべての謎が分かるはずだ。

シャーロットはロイの名前を呼ぶと、彼の耳がぴくっと動くのが見えた。


「お、もういいのか?」

「はい! お待たせしました、もう結構です!」


ヘンリーが背筋をこれ以上ないほど伸ばし、びしっと決まった敬礼して返すので、シャーロットは思わず吹き出してしまった。ロイも不思議そうな顔をしていたが、これまで通りの笑顔で戻って来る。


「で、お嬢さん。どの臭いを探せばいいんだ?」

「マリリン夫人とバーサー、それから庭師の臭いですね。その三種類は普段からあふれている臭いでしょう。逆に言えば、それ以外は目立つはずです」

「了解した、と言いたいが……庭師の臭いは嗅いだことねぇぞ?」


そういえば、庭師とはまだ顔を合わせていない。


「普段使っているシャベルや枝切りばさみに付いているでしょう。ところで、庭師はどちらに?」

「今日はひどい熱らしい。夫人の話によると昨日の夕方頃から熱が出て、早々に帰らせたそうだ。いまは自宅にいると聞いている」

「……だから庭師はありえないと」


シャーロットはつまらなそうに呟くと、庭を歩き始めた。芝生がはがれ、土が丸出しの地面には、シャーロットの足跡がくっきりと残った。

何も手にしていない自分の足跡ですら残るのだから、重たい盗品を担いだ犯人の足跡は確実だろう。そう考えると、魔法の仕業と囁かれるのも納得がいった。


「しかし、こうしてみると殺風景ですね」


これまで屋敷のどこを訪れても、圧迫されるほど美術品が勢揃いしていた。それに対し、ここには彫刻のひとつもない。綺麗に狩り揃えられた木々と申し訳ない程度の花壇に咲く花々にかない庭は、ひどく寂しいものに感じた。


「身を隠せそうな場所もないっと」


ロイは木の上に目を向けた。


「観賞用の木や整えられた果樹ばかりだ。木に登ってやり過ごそうって考えたとしても、こりゃ無理だろうな。……ん? なんだ、この臭い」


ロイが不快そうに眉間に皺を寄せて歩き出す。

彼のあとに続くと、ぽつぽつと穴が掘られた場所に辿り着いた。木を取り囲むように、大きな穴が開いている。ひょいっと覗いてみれば、落ち葉や生ゴミのようなものが捨ててあった。


「臭っ……腐ってるんじゃねぇの、これ」

「ああ、よくやることですよ」


ロイが鼻を服の袖で押さえていると、ヘンリーが何でもないですと首を振る。


「豊かな土を作るために、生ゴミや落ち葉を集めて穴に捨てるんです。芝生を植えたらなかなかできないので、いまやっているんじゃないですかね。ほら、あのあたりも穴のあとですよ」


たしかに、こんもりと土が盛り上がった場所がちらほら見受けられた。芝生を植える前に、木々や芝生がしっかり育つ土を作ろうという心づもりなのかもしれない。


「俺、苦手……死んだ臭いがする。鼻が曲がりそう」

「そりゃ腐臭ですからね、基本……さあ、こっちが納屋だと聞いています」


納屋には庭師が使っていた道具が置かれており、臭いを特定することもできた。


「んー、庭師の奴は働き者だな」


ロイが顔をしかめながら口にする。


「いろんなところに臭いがついてるのが分かる。特に、あの辺……相当、長い間、あの辺りにいたんだろうさ」


ロイが指さしたのは、先ほどの穴があった場所だった。

ヘンリーは「他に働き手はいませんからな」と同意する。


「夫人は女性ですし、侍女のバーサーはかなりの老体。肉体労働ができるのは、庭師くらいしかいなかったのでしょう。庭の手入れだけでなく、彼がゴミの類も何度も運んだのでしょうな」

「……そう」


シャーロットは短く呟くと、くるりと背を向ける。


「もう帰りましょう」

「は? もういいのか?」

「だって、これは魔法ではないのだから」


魔法ではないと分かってしまったので、もうこの屋敷に興味などなかった。夫人に挨拶をして帰ろうかとも思ったが、あまり会う気にはならない。


「は、犯人が分かったのですか!?」

「もう興味ありませんの。それに、盗品は必ず見つかりますわ」


シャーロットは言い切った。


「そうですね……だいたい、10年後には出て来るでしょう」

「な、なんと!」

「10年後!?」


ヘンリーとロイが顔を見合わせる。


「シャーロット様。せめて、ヒントだけでもいただけませんかね?」

「……そうですね」


まあ、それくらいなら――と肩を落とす。

この件に興味が完全に失せた現在、シャーロットの頭にあるのはいかにして早く書庫に戻り、本に浸るかだった。


「庭師を訪ねてみたらいかがでしょう? 彼としっかり話せば分かるはずです」


ところが、ヘンリーが庭師に話を聞くことはできなかった。



シャーロットが屋敷に戻り、いざ本を読もうとページを開きかけたとき、ヘンリーがけたましい足音を立てながら駆け込んできたのである。


「し、シャーロット様! 庭師がいません! 庭師の姿がどこを探してもいないのです!」

「……まあ」


シャーロットは青ざめた顔で飛び込んできた男を見て、ちょっとばかし目を丸くする。


「詳しく探しましたの?」

「熱があると聞き、会うのは控えていたのですが……彼の住居を訪れるともぬけの殻! どこにも見当たらないのです!」


ヘンリーは慌てふためき、汗を流しながら口にする。


「シャーロット様! これは、庭師が犯人だったということですね!?」

「……」


シャーロットは何も答えることができなかった。

ただ、一度だけ目を閉じる。


「わかりました、私の推測を語りましょう」


庭師の姿が見えないとなれば、10年後に見つかるなんて悠長なことを言ってる場合ではない。


シャーロットは瞼を開けると、静かに語り出すのだった。



余命一年の嫌われ令嬢は書庫で微睡む

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