テラーノベル
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昼休みのチャイムが鳴ると、クラスメイトたちは各々のお弁当を広げはじめた。
誰かの笑い声、ジュースのプシュッという音、机の上で箸を並べる小さな音。
そのどれもが、自分とは関係ない世界みたいで。
窓際の席で、鼓一朗は顔を伏せていた。
今日は2日目。昨日の騒動で、周りの視線は余計に冷たくなった気がする。
静かな敵意。わざとらしい無視。
……別に、慣れてるし。そう思ってた。
でも――
「はい、登場!お昼の救援部隊です!!」
「ちょ、晴人、ちょっとうるさい……!」
ドアが勢いよく開いて、まず飛び込んできたのは元気すぎる声。
続いて、やや抑え気味なツッコミとともに入ってきたのは、昨日と同じ2人だった。
鼓一朗は驚いて顔を上げた。
教室の空気が一瞬ピンと張る。みんなが、桃香と晴人を見る。
でも2人は、そんなの全然気にしていないように、真っ直ぐ鼓一朗の机に向かってくる。
「ねぇ、鼓一朗。腹減ってるでしょ?パンとおにぎり買ってきたよ」
「どっちがいい?」
「おにぎり」
「はーい、どうぞ」
鼓一朗は、少し目を瞬かせた。
いつもなら、こんな堂々と関わってきたら周囲の視線が気になってたまらなかったはずなのに。
今日は――なんだかちょっとだけ、違う。
「……なんで、来るの?」
ぽつりと呟いたその言葉に、晴人が目を細めた。
まるで、ふふって笑いそうな雰囲気で。
「決まってんじゃん。お前が一人で食うの、見たくないから」
「それ、私にも効くから言わないでくれる?」
「え?!いつもぼっちだったの〜?」
「はあ?それが何か悪いんですかぁー?」
「だってー、高校生にもなって、ぼっちなんて、人付き合い下手だね!」
カチン
「おい、晴人?限度って言うもんがあるやろが。昨日、私言ったよな?人は傷つけらたことは覚えてるってな?」
「…すみませんでした…」
小さく笑ってしまった。
鼓一朗自身も、それに少し驚いていた。
「……なんで笑ってんの?」って顔で桃香が睨んでくるけど、それすらちょっと面白くて。
「…ほんとにすみませんでした。言葉慎みます」
「よろしい」
「…ちょっと騒がしいんだけど」
「あっはは、それが桃香だからな」
「集中したら、ほんとに静かだから大丈夫」
「ああ〜確かに」
「そうなの?」
やっぱり、2人は仲良しでいいな。羨ましい
鼓一朗は、おにぎりを口に運んだ。
塩気の効いた鮭の味が、じわっと口に広がる。
やっぱ、おにぎりといったら鮭だな。
「……うるさ。てか、騒がしいから黙って食べよ?」
「はーい。じゃあ、鼓一朗さんが食べるまでしゃべりません」
「絶対無理だと思うけどな……」
そんなやりとりが続いていたそのとき――
「……キモ」
その言葉は、教室の後ろから聞こえた。
ひそひそ声のつもりだったんだろう。
でも、今の鼓一朗の周囲は静かで、その“悪意”だけがくっきりと浮いた。
「……何、あれ。構ってもらって調子乗ってんの?」
ザワリ、と空気が揺れた。
周囲の生徒が、一斉に息をひそめる。
鼓一朗は手を止める。
まただ、またこうなる。
そして、また――
「ねぇ」
静かに、けれど澄んだ声が割って入った。
桃香だった。
立ち上がりもせず、ただ机に肘をついて、じっとそちらを見据えていた。
目は笑っていない。けれど、怒ってもいない。
まるで裁判官のような、冷静で透き通った声だった。
「こいち、あんな奴らの話聞いても面白くないから、話そ?」
誰も、動かない。
誰も、口をきけない。
教室の一角だけが、まるで時が止まったみたいだった。
「そういうさ、阪神5連敗から抜け出せたのかな? 」
「ああ!あれね。負けたんだよね。最近調子悪いよね」
その一言に、空気が変わる。
まるで教室中の空気が少しずつ和やかに。
さっきまでしゃべってた男子が、小さく目をそらした。
「まじか、WBCの時はまじ良かったのにね」
「それな、去年から悪くなってるちゃう?」
静かで、きれいで、怖い。
そう思った者は、きっと鼓一朗だけじゃなかった。
そして、その桃香の隣で、晴人がゆっくりと笑った。
「あ、そうだ。桃香ちょっと来て」
「ん?なに」
「空気感、変えてくれてありがとう。」
小さくそう言って、晴人は鼓一朗の机に小さなデザートをそっと置いた。
ゼリーの小さなカップ。手書きで「がんばったね」のシールが貼られている。
「……は?」
「食べたら、今日も来ただろ、お前」
鼓一朗は何も言わなかった。
でも、手はそのゼリーに自然と伸びていた。
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