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ハルヒは、いつも通りだった。少なくとも、表面上は。
ホスト部の部室で紅茶を淹れ、環の大げさな愛の言葉を聞き流し、双子の軽口にも淡々と返す。
鏡夜の視線にも、はにー先輩の甘い誘いにも、モリ先輩の静かな気遣いにも、いつもと同じ反応を返していた。
——なのに。
「……別に、大丈夫だよ」
それが最近、口癖になっていた。
自分でも理由ははっきりしない。
部員たちは優しいし、学校生活も安定している。借金だって、確実に返せている。
それでも、胸の奥に小さな違和感が溜まっていく。
“藤岡ハルヒ”として扱われる自分と、
“ホスト部のハルヒ”として求められる自分。
その境目が、少しずつ曖昧になっていた。
⸻
「ハルヒ、今日は少し無理していないかい?」
ある日の放課後、環が珍しくふざけずに声をかけてきた。
ハルヒは一瞬だけ言葉に詰まり、すぐにいつもの無表情に戻る。
「別に。これくらい普通」
嘘ではない。
でも、本当でもなかった。
鏡夜はそのやり取りを黙って見ていた。
数字や利益では測れない“ズレ”に、彼はいち早く気づいていた。
最近のハルヒは、自分のことを話さない。
相談もしない。
ただ、必要な役割を完璧にこなしている。
それが一番危うい、と鏡夜は知っていた。
⸻
ある日、部室に誰もいない時間。
ハルヒは一人、ソファに腰を下ろした。
静かだ。
ここはいつも笑い声で満ちているのに。
「……自分 、ここにいていいのかな」
ぽつりとこぼれた言葉は、誰に向けたものでもなかった。
ホスト部は楽しい。
でも同時に、自分が“便利な存在”になっている気がする瞬間がある。
男でも女でもなく、
庶民だけど特別扱いされ、
誰に対しても冷静でいなければならない存在。
——それって、本当に私?
答えは出ない。
考えるほど、頭が重くなる。
⸻
「ハルちゃん!」
突然、はにー先輩が部室に飛び込んできた。
その後ろには、黙って様子を見ていたモリ先輩もいる。
「無理して笑わなくていいんだよ〜」
甘い声なのに、核心を突かれた気がして、ハルヒは目を伏せた。
「……してないよ」
でも、モリ先輩は静かに首を振った。
「疲れてる顔だ」
その一言で、張り詰めていたものが少しだけ緩んだ。
⸻
後日、ホスト部全員が揃った部室で、環が宣言する。
「本日より!ハルヒ強制休養日を設ける!!」
「ちょっと環先輩!意味わからな——」
「これは部長命令だ!」
反論しようとしたハルヒの言葉は、双子の笑顔と鏡夜の無言の同意に遮られた。
誰も理由を深く聞かない。
誰も“弱い”とは言わない。
ただ、
「一人で抱えなくていい」
それだけが、空気としてそこにあった。
⸻
その日、ハルヒは少しだけ早く家に帰った。
完璧でなくてもいい。
役割を演じなくてもいい。
そう思えたのは、初めてだった。
まだ心の靄は晴れていない。
でも——
「……まあ、悪くないか」
小さくつぶやいたその言葉は、
確かに“藤岡ハルヒ自身”のものだった