まるで女性のような口調で話す長身の男性が私のすぐ傍に立っている。
――本当に誰なんだろう、この人は。
そんな私の疑問を解決してくれたのは、受付嬢のジェシカさんだった。
「おはようございます。ミーシャさん」
「おはようジェシカ。この可愛らしい子は新しい冒険者かしら?」
「ええ、まだ登録途中ですけど」
どうやらおねえさんの名前はミーシャさんというらしい。
そのミーシャさんはジェシカさんと少しだけ話した後に私の方を見て、微笑んだ。
「はじめまして、お嬢さん。冒険者のミーシャよ」
「冒険者……になる予定のユウヒです。よろしくお願いします!」
ミーシャさんに私も自己紹介を返し、お辞儀する。
「ふふ、礼儀正しい子ね。こちらこそよろしく頼むわね」
最初のインパクトは確かに凄かったが、慣れてくると柔和な印象で良い人そうだということが分かる。
「ところで気になっていたのだけれど……あなたが手に抱えているのはもしかしてスライムかしら?」
「はい、私の仲間でコウカといいます」
「コウカ……いい名前ね。それにスライムの従魔なんてスゴイわ!」
凄い、とはどういうことだろう。
「そんなに凄いことなんですか?」
「当り前よ。生きているスライムを見られることですら珍しくて、すごくラッキーなことなんだから!」
「スライムって珍しいんですか!?」
スライムが珍しいというのはいまいち実感が湧かない。
私が前の世界で遊んだゲームや小説でも基本やられ役でたまに強かったりはするけれど、珍しいと言われている印象はなかった。
「じゃあ、これまですれ違う人がコウカをジッと見ていたり、驚かれたりするのは……」
「単純に珍しかったんでしょうね。ワタシも初めてスライムを連れている子を見て、内心とてもびっくりしていたんだもの」
そう言ってミーシャさんはウィンクをする。
そうだったんだ。これで今までの奇異な目の原因が分かって、少しすっきりした。
「スライムってね、発生条件もよく分かっていなくて、そもそもの数が少ないうえに生まれてもすぐ他の魔物に食べられるから長生きできないらしいのよねぇ」
生まれてすぐに食べられる。スライムってそんなにか弱い生き物だったんだ。……じゃあこうして生き残っているコウカってもしかして凄いのかな。
そう思った私は褒めてあげるようにコウカを撫でる。コウカはどうして撫でられているのか、よく分かっていないようだったが。
「でも、スライムってただ弱いだけじゃないらしいのよ。昔、運良く捕獲できた研究者がいてね。スライムの使う魔法って、ワタシたち人間や他の魔物が使うものよりも凄いってことを発見したの」
「スライムの魔法?」
「なんでも、術式の構築が精密かつ早いうえに込められた魔力に対して、発現した魔法の威力が他の生物より高いとかなんとか。まあ……無理に魔法を使わせすぎてしまったせいでスライムが消滅しちゃって、現在でも研究が上手く進んでいないから詳しいことはよく分かっていないのだけれど」
「消滅……」
不穏な単語だ。
私は狼から逃げるときやこの街までの道中で魔法を使ってもらっていた。だから消滅という言葉を聞いて不安な気持ちでいっぱいになる。
そんな私の様子を見たミーシャさんが私の心配を晴らすように明るい口調で話してくれる。
「コウカちゃんなら大丈夫よ。その子がユウヒちゃんの従魔なら、魔力経路が繋がっているはずだもの。ユウヒちゃんの魔力が切れない限り、心配することはないわ」
それを聞いて私は胸を撫でおろした。
コウカも私の不安な気持ちを感じ取り、慰めてくれているのだろうか。腕に体を擦り付けてくるため、少しこそばゆい。
ミーシャさんの話にあった“消滅”という単語が衝撃的すぎたせいでそれどころではなかったが、その単語以外にもスライムに関してすごく興味深いことを聞けたと思う。
とはいえ、詳しいことがよく分かっていないというのは残念ではある。
「スライムの話の続きだけど、研究が進まないのはそもそもスライムを研究するのは余程の物好きしかいないからというのもあるわね。それにスライムってスキルを使ってテイムしようにも、何故か上手く契約できないらしいのよ。だから、ユウヒちゃんがどうやってコウカちゃんを従魔にしたのか。お姉さん、とっても気になっちゃうわ」
「えーっと、それは――」
「あのっ!」
私がミーシャさんの問い掛けにどう答えるべきかを考えていた時、突如としてジェシカさんが横から声を上げて、こちらの会話を遮る。
「盛り上がっているところ大変申し訳ございませんが、そろそろ冒険者登録を進めていきませんか?」
そうだ、今は私が持っている力について調べている最中であったことをすっかり忘れていた。
「ごめんなさいジェシカさん。すっかり話し込んでしまっていました」
「いえいえ、大丈夫ですよ。それでは魔導具に映し出された情報の確認ですが、これは……」
「属性っていう欄なんですけど、これってどういうことなんですか?」
属性の部分がよく分からない表記になっていることを聞きたかったのだが、ミーシャさんが来たことで聞けていなかった。
「すみません、何かしらの不具合かもしれません。予備の魔導具がありますから、そちらでもう一度測っていただけますか?」
そういってジェシカさんはカウンターの裏から同じ魔導具を取り出して、カウンターの上に置く。
だが、もう一度触れてみても結果は同じだった。
「うーん、こんなことは初めてなのですが……」
「えっと……そうなんですか?」
「通常、属性の欄には基本魔法属性のいずれかとその派生属性が表示されるはずなんです」
ジェシカさんも不具合の原因についてはよく分からないようで、私と同じように考え込んでいる。
そんな私たちを見かねたのか、ミーシャさんも会話に割り込んできた。
「それなら、後で魔力値測定用の水晶で見てみたらどう? あれなら、色で判断できるでしょうし。今はスキルの確認を先にしてしまったら?」
「……そうですね。そうしたほうが良いでしょうか」
どうやら、解決できそうな感じで纏まったようだ。自分の魔力属性は気になるが、仕方がない。
次はスキルの確認か。
「スキルの確認ってどうするんですか?」
「ああ、水晶の表面を上方向に滑らせるように指を動かしてみてください」
「はい。あっ、ほんとだ。出てきました」
タッチパネルのようになっていて、スライドすると見られるらしい。
一番上には《眷属契約『スライム』EX》というスキルがあり、その後ろには《最適化》、《鑑定》、《以心伝心》、《継承》というスキルが括弧書きで纏めて記されている。
さらにその下へ視線を移していくと《ストレージ》、《翻訳》というスキルだってあった。
これってどうなのだろうか。
女神様から力を貰ったという割にはパッとしないという感じがしないでもない。……というか少ない気がする。
でも一般的なスキルの取得状況とはどういうものなのかを見たことがないから、現時点では正確な判断はできない。
この中でも一番気になるのは《眷属契約『スライム』EX》というスキルだ。どうやら私はちゃんとテイマーらしきスキルを持っていたらしい。
じゃあ、コウカは従魔――この場合は眷属というものにでもなったんだろうか。
自分ではこれ以上の判断はできなかったので顔を上げると、ジェシカさんが目を見開いて固まっていた。
「EXスキル!? それに《ストレージ》まであるなんて……すごいわ、ユウヒちゃん!」
横から水晶を覗き込んでいたミーシャさんからも驚きの声が上がっていた。
「マスタースキルってそんなにすごいんですか?」
「ええ、ええ! マスタースキルはスキルをさらに極めた先にある極地。滅多にお目にかかれるものじゃないんだから。……でもまぁ、ユウヒちゃんを見た感じ、これは極めたというよりも女神様からの“ギフト”かしらね」
少しだけギクッとしたけれど、冗談を言っているようには見えなかった。
「……ギフト?」
「そう。ギフトよ。スキルは今までの経験とかで後天的に身に着けるものがほとんどだけど、たまに生まれたときからスキルを持って生まれる人がいるの。そのスキルは世界を創造し、守ってくださっている女神ミネティーナ様からの贈り物であるということでギフトと呼ばれることが多いわ」
なるほど。
確かにこれは女神さまから贈られたものだけど、ミーシャさんが言うギフトとは少し違ったもののようだ。
「ギフトとして授かったスキルは最初から優れたものであることも多くて、稀にだけど生まれつきマスタースキル持ちの人もいるみたいよ。だから心当たりがないのなら、ユウヒちゃんはきっとそれね」
少し見当違いではあるけど、本当のことを言っても信じてもらえない可能性のほうが高いし、勘違いしたままでいてもらえる方がありがたいのでいかにも納得したといった様子を装い、頷いておく。
横目で受付の様子を窺うとどうやらジェシカさんも落ち着いたようなので、スキルの内容について質問していく。
「ところでこの《眷属契約》の後ろの“スライム”っていう表記はどういう意味なんでしょうか?」
何だかごちゃごちゃしていて分からなかったので、ずっと気になっていたのだ。
「《眷属契約》の後ろのスライムというのは、きっとスライム限定のテイムスキルということだと思います。そしてその後ろの《最適化》などといったものはテイムスキルに付属しているスキルの名称でしょう」
「《眷属契約》自体はスライムを従魔にするためのものでしょうね。ただ、普通は《従魔契約》なんだけど……」
ジェシカさんとミーシャさんが交互に説明してくれる。
「通常、《鑑定》は対象と定めた相手の情報を得ることができるスキルなんだけど、《眷属契約》の付随スキルということはスライム限定の《鑑定》じゃないかしら? 少し試してみてくれる?」
「えっと……どうすればいいんでしょうか?」
「コウカちゃんを見ながら《鑑定》と言ってみてくれるかしら。念じるだけでもいいけれど、こちらにも分かりやすいようにね」
「はい。えっと……《鑑定》」
その瞬間コウカの情報が頭に流れ込んでくる
コウカの名前と契約相手である私の名前。そして属性と種族も分かる。それによるとコウカの属性は光属性であり、種族はエレメントスライムだそうだ。
そしてその他にはこの子の持っているスキルだって私は情報として知ることができた。
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