四、死刑場とムメイ
裁判とは名ばかりで、イザは死刑を宣告されただけだった。
弁護も何も無い。
ただ裁判だと連れて行かれたそれらしい場所で、「死刑」と言われただけ。
牢から、歩いて向かった時間の方が長い。
「これに何の意味があるの? これならもう、すぐに殺せばいいじゃない」
仮にも魔王を討伐したメンバーだというのに、凱旋してすぐに死刑に処される。
まるで、魔王を超える力を恐れているかのような――。
そうか、とイザは思った。
我々を恐れているのだ。
この国が、勇者一行の寝返りや謀反を恐れて、殺そうとしている。
リーツォに至っては、イザを狙った所を漁夫の利で、どちらか生き残った方を殺す算段だったのだ。
ならば、戦士ガルンも忍びのムメイもすでに殺されたか、投獄されて死刑を待っているかだろう。
そしてその通り、半日もせずに公開処刑場でイザは斬首される運びとなった。
「なんて早い処刑かしら。いいわ。そんなに殺したいなら殺せばいい。どうせ私には……もう生きる希望がないのだから。でも――」
イザはプライドを捨てて懇願し始めた。
それは誰に向けたかは分からない。
だが、彼女の言葉を聞いた者が、哀れみで叶えてくれるかもしれないと、小さな祈りを込めた言葉だった。
「――私と、フラガを一緒に埋めてほしい。せめてあの世で、一緒に過ごさせて」
それを何度も、牢から処刑台までの短い距離の間、繰り返した。
やがてその首が斬首台に乗せられた時、首を刎ねる処刑人が耳打ちをした。
「俺達が、必ずそうしてやる。他に何も出来ずすまない。俺達では国に逆らえないんだ。本当にすまない」
その言葉は、真実のように聞こえた。
イザはそこで本当に全てを諦め、自ら死の台に首を預けた。
観衆は固唾を呑んで見守っている。
誰も「殺せ」というヤジを飛ばさない。
なぜ彼女がそこに居るのか、なぜ襲われたはずの彼女が死刑なのか、その光景を信じられずに立ち尽くしていた。
しかし無常にも、処刑の時間が迫る。
……だが、本来の時間を過ぎても、まだそれは終わらなかった。
何かを待っているような態で、処刑人は微動だにせず立っている。
「……この姿勢も疲れたわ。早く殺して頂戴」
イザが、後ろ手で膝をつき、首を出している姿勢にたまりかねて言った。
「イザ。お前は生きろ。俺が逃がしてやる」
耳元で、さっきとは違う声で処刑人が言った。
「……その声は、ムメイ?」
問うた時には、後ろ手の縄も足首の鎖も、全て断ち切られていた。
ふっ、と身軽になった瞬間、その体を抱えられた感覚がしたかと思いきや、宙に飛んだ。
耳をつんざく爆発音が目下から鳴り響き、激しい煙がもうもうと辺りを覆い尽くしていく。
「戦士ガルンは、すでに殺されていた。娼館で油断したのだろう」
哀愁も何もない声で、彼は言った。
「イザ。お前はこの国をどう思う。俺は魔王を討った時に、後悔した。討つべきはこいつではなかったと」
魔王への殺意は、彼が一番強かったはずだが。
「どういうこと?」
「話は、少し後でな」
ムメイは、イザを抱えたまま街を飛ぶように駆け抜けた。
衛兵がそれを追えるわけもなく、悠々と街を出てひた走る。
イザを抱えたままとは思えないほどの、恐るべき速さで。
「まずはここらで良いか。降ろすぞ」
街から随分と離れ、国境をも超えた森の中。
そして彼は語る。
「魔王も、その手下どもも、俺の仇ではなかった」
短い言葉に、イザは何かを察し始めた。
「そういえばあなた、国の諜報機関の一員だったわね」
「そうだ。だがその諜報部の俺自身が、まんまと騙されていたわけだ。情けない事にな」
「あなたのご家族が、殺された事件の犯人……魔族じゃなかったというの?」
「ああ。そういうまことしやかな情報に踊らされていたらしい。頭に血が昇ると碌な事がねぇ」
ムメイは「ハッ」と、自傷気味に短く笑う。
「……でも、私は何も出来ないわよ? もう、全てがどうでもいいんだもの。それより、フラガの遺体を連れてきたい。もう一度戻って」
悲痛な表情のイザは、まだ冷静に考えられる状態ではないなと、ムメイは察した。
「一旦落ち着こう。だが彼の遺体は、丁重に埋葬する。俺の仲間がそうする。聞いたはずだ、約束したやつが居ただろう?」
処刑人の、覆面越しの声をイザは思い出した。
「……ええ。でも――」
「何もしたくないか? 復讐は? お前の幸せを奪ったあの国を、滅ぼしてやりたいと思わないのか」
そんな事をしても、フラガは帰ってこない。
思い描いていた幸せな時間は、もう二度と手に入らないのだ。
イザは首を振った。
「嫌。私は、もう……本当に死んでしまいたい。それに私では、国を亡ぼすほどの力は無いもの。魔法の射程距離には限界があるから。一度大きな魔法を撃てば、知っての通り身動き出来なくなるわ。二発目を撃つ前に、私が殺されて終わりよ」
少しはイザも考えていたらしい。
でも、魔導士一人に出来る事には、やはり限度があった。
一撃で、大きな国ひとつを灰にする事が出来ない限り――それは多くの市民を巻き込んだ、迷惑な自殺でしかない。
首謀者の国王やその側近、そうした人物を確実に屠る方法にはならないのだ。
「今ならそうだろう。だが、力をつければいい。お前、研究のためだと言って、魔王の亡骸から何かを拾っていただろう?」
そう言われて、イザは初めて感情を露わにした。
「それはっ! 黙っていて。誰にも言わないで」
「あれは何を取っていたんだ? 魔法の研究にでも使えるものだったのか?」
そこまで推察されていては、というか、他に理由などあるまい。
イザは腹を括って正直に言った。
「魔王の力を、もしくは私の力を、増幅させる魔玉を拾ったの。配下を倒した時に、野望の強いのが居たでしょう? そいつが、魔玉さえあれば俺だって、みたいな事を言って死んだの。誰も聞いてなかったけど、私だけははっきりと聞いたわ。だから……それらしいのを拾った」
「今はどこにある」
「……恥ずかしいのだけど」
そう前置きした彼女は、膣に隠したのだと言った。
衛兵が見えた瞬間に、咄嗟に隠すにはそこしかなかったのだと。
「飲み込めるような大きさなら、そうしたわよ」
それを聞いたムメイは初めて、無表情な顔に苦笑いを浮かべた。
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