五、逃避の日々
「それで、その魔玉とやらはどう使う」
手っ取り早く強くなれそうな、そういう予感がしていた。
それは魔王の手下が、そういう捨て台詞を吐いたというのを聞いたから。
「そんなの、これから調べようと思っていたところだったんだもの。知るわけがないでしょう?」
恥ずかしい想いをさせられたからか、イザは機嫌が悪かった。
「まずはどこか、落ち着ける場所で取り出すところからね。本当なら、フラガに……」
そう言うなり、今度は大粒の涙を浮かべて泣き出した。
それはすぐに頬を伝い、彼女の大きな胸へと落ちていく。
涙が赤いワンピースの生地を濡らしてシミを作る。
「そういえば、囚人服に着替えさせられる間もなく、そのまま処刑台に連れられたのか」
「ええ……せめてもの情けだったのかもね。私を捕らえた衛兵も、そんなに強く縛らなかったわ」
国の全てが敵なわけではない。
むしろ、市民達は当たり前の道徳観も、価値観も持っているらしい。
それはそうだろうと、イザは思った。
でなければ、街で生活など出来るものかと。
「話を戻そう。イザ、可能なら復讐するのだな? 俺も一人ではどうにもならん。だが……この恨み、晴らさずに死ぬ事など出来ん!」
「……私と同じ、大切な人を奪われたのね」
「当然だ。妻子を……俺の命よりも大切な妻と娘を殺されたのだ!」
「……そっか。……そうね」
イザは、それ以上は言わなかった。
だが、先程までとは違う雰囲気を宿した。
それをムメイは、確かな返事であると受け取った。
「休める場所を作ろう。木の枝葉だが、我慢してくれよ?」
いつも旅の最中では、彼が色々と工面してくれた。
忍びというのは、サバイバルの達人なのだと皆が勘違いしていたほどに。
虫を払う植物の汁をまぶし、それなりの風よけと屋根を即興で作ってくれる。
地面には枝を組んで一段底上げをし、地虫が来ない工夫も凝らして。
「いつもながら、凄いものね。忍びって結局、何なの?」
「その時々に、完全な仕事をこなす者の事だ。何だって出来る」
いつも、彼はその決まり文句を言うのだ。
「ふぅん」
そしていつも、イザは気のない返事をする。
リーツォを除けば、勇者一行は仲が良かった。
あいつに特別な戦闘力があった事が、本当に不思議なくらいに、クズだった。
皆そう思っていたが、任務に支障をきたさないように黙っていただけだった。
「勇者があれでなければ、もっと楽しい旅だったでしょうね」
「……そうだな。間違いない」
「いつも護ってくれていたでしょう? お陰で安心して眠れた。ありがとう。今更だけど」
「それも仕事だ。気にするな」
彼ほど、真っ直ぐな男はそう居ないだろう。
愚直なのではなく、本当に色々と見定めている。
大切な家族の、仇を討つため。
ただそのために、最善の行動を取る……。
「鋼の心ね。私にもそれ、教えてほしいな」
「やめておけ。得る前に潰れてしまうだろう」
「……そうなんだ?」
ムメイはいつの間にか焚火を起こし、野営の見張りをこなしてくれていた。
「そろそろ休め。何かあれば夜半であろうと起こす。眠れるうちに眠っておけ」
彼がそう言う時は、それに従う。
それが勇者一行の、暗黙の了解だった。
今日もイザは言う通りにした。
眠れそうになくても、ぎゅっと目を閉じて。
**
それから数日、二人は移動を続けた。
特に追手らしい者も来ず、上手く撒けたらしい。
そして向かう先はどこかと、イザはムメイに聞いた。
「魔王城だ」
短いその答えに、イザは正気を疑ったが、それも有りかと納得もした。
「でも、残党が集まっているかも」
完全に滅ぼしたわけではない。
生き残った魔族達が集まり、またひっそりと暮らしているかもしれない。
「構わん。むしろ、集まってくれている方が有り難いのだからな」
彼の計画を詳しく聞いていないイザは、いまいちよく分からなかった。
「仲間にしてもらうの?」
「こちらの方が強いのにか? 違うさ」
まるで、正解を見つけるまで楽しむつもりかのように、ムメイは答えを言わなかった。
「着くまでには教えてよ?」
そう言ったイザの脳裏には、まさかと思う考えが一つだけあった。
しかし、そう上手く行くはずがないと、それ以上考えなかったが。
「イザも考えた事があるはずだ。彼らよりも優れた力を持っていれば、誰が王になろうと構わないはずだと」
それは……侵略した者の発想ではないか。
イザはそう思いつつも、人間はずっと、それと同じことを繰り返してきた歴史がある。
国とは、結局は強いものが奪い取るものだった。
「本当に、私達で乗っ取るつもり?」
「協力を仰ぐだけだ。だが彼らも、人間に恨みがあるだろう。同じ敵を持つ者は、大体味方になる」
「……意外と楽天家なのね。ムメイって」
その名を口にした時、イザはふと、コードネームのようだと思った。
名前にしては、響きが不思議過ぎたから。
でも、今はそんなどうでもいい事は二の次だ。
魔族と交渉するのであれば、それなりに言葉を選ぶ必要がある。
ムメイが上手くやってくれるつもりだろうが、フォローくらいは考えておくべきだ。
そう考えて、イザは気持ちを切り替えて頭を動かした。
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