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第5話:深淵の檻
不登校になってから三週間が過ぎた。
吉田は昼間もカーテンを閉め切った暗い自室で、ただ息をしているだけの時間を過ごしていた。スマホの電源は切ったままで、外界との連絡をすべて遮断している。
しかし、その「平穏」は長くは続かなかった。
ある日の午後、玄関のチャイムが鳴り響き、続いて聞き覚えのある爽やかな声が廊下に届いた。
「お母さん、吉田くんの様子はどうですか? 担任として本当に心配で……直接顔を見て話したいんです」
佐野先生だった。
部屋の外から聞こえるその声に、吉田の全身が凍りついた。心臓が嫌な音を立てて早打ちし、激しい吐き気が押し寄せる。先生は家にまで押し掛けてきたのだ。「心配な良い先生」の仮面を被り、吉田の最後の安全地帯である自宅にまで足を踏み入れようとしている。
ドア越しに、階段を上ってくる足音が聞こえた。
「吉田ー、佐野先生がわざわざ来てくださったわよ。入ってもいいかしら?」
母親の声はどこか嬉しそうだった。先生が外で完璧な「親身で熱心な担任」を演じきっているせいで、母親は佐野をすっかり信頼しきっているのだ。
「……嫌だ、来ないで……」
吉田は声を絞り出そうとしたが、喉が引き攣ってかすれた音しか出ない。
カチャリと、容赦なくドアのノブが回された。
「吉田、顔を見せてくれて嬉しいよ」
入ってきた先生は、心底愛おしそうな笑みを浮かべていた。後ろにいる母親に向かって「お母さんは少し席を外していただけますか? 本人とじっくり話したいので」と優しく促す。母親は「すみません先生、よろしくお願いしますね」と感謝しながら、ドアを閉めて出て行ってしまった。
カチリ、と密室が完成する音。
「……出ていけ……」
吉田は布団をかぶり、震える声で拒絶した。しかし、佐野は歩み寄ると、躊躇なく布団を剥ぎ取った。
「そんなに怯えるなよ。俺は吉田の味方なんだから。学校に来られないなら、俺が毎日ここに来て勉強を教えてやる。お前と二人きりでいられるなら、むしろこの方が都合がいい」
佐野の手が、吉田の頬にそっと触れた。
その瞬間、吉田の中で何かが完全に砕け散った。
自分の部屋すらも逃げ場にはならない。母親も、学校も、誰もこの男の異常性に気づいてくれない。何を言っても「親身な先生」の言葉にかき消され、自分だけが頭のおかしい異物として扱われる。
ボロボロになった右腕を強く握り締める。傷口へ強く、わざと深く食い込ませた。痛みが走る。けれど、もうその痛みすらも、胸を押し潰す絶望感を打ち消してはくれなかった。
「あぁだめだ……もう、どうでもいいや……」
すべてを諦めた顔で、抵抗する気力すら失った身体から、ただ涙だけが溢れ出ていた。
「ほら、どうしたぁ吉田。なんで泣いてるんだよ。もう先生が来たから安心だろ⁇」
そう言いながら怯えて震える手を片手で抑え込み、もう片方の手でボタンを強引にむしり取る。
「はぁ綺麗だよ 吉田」
吉田の瞳から、光が消えた。
もう抵抗すらしなくなった吉田を撫で回す。
「偉いねぇ// じんちゃん❤︎ 」
佐野が嬉しそうに何かを語りかけているが、その声はもう届かない。吉田はただ、深く暗い心の底へと落ちていく感覚の中で、虚ろに天井を見つめ続けることしかできなかった。
歪んだ「愛」という名の檻に閉じ込められたまま、彼の世界は静かに永遠の闇へと閉ざされた。
end…
【歪んだ贔屓】読んでくださってありがとうございました!!
いっきに全話投稿しちゃってごめんなさい!!
また不都合があれば教えてください!> <
これからもよろしくお願い致します
コメント
2件

本当にお手数おかけしました🙇🏻♀️❗️ これからも❤︎さんの投稿待ってます‼️