マンションに着くと、部屋の鍵が開いていた。
「…相変わらず不用心な奴…」
呆れながらも、部屋の電気がついていて、中に新谷がいると思うと、その事実が嬉しい。
篠崎は勢いよくドアを開けた。
新谷の革靴が明後日の方向を見ながら脱ぎ捨ててある。
それを軽く直しながら自分も脱ぐと、リビングのガラス戸を開けた。
「あ、お帰りなさい!」
新谷は部屋着を着て、ソファに体育座りをしていた。
その当たり前だが変わらない姿に、ひどく安心して篠崎は深く息をついた。
「!?篠崎さん!どうしたんですか?」
驚いた新谷がソファから飛び降り、篠崎を見上げる。
「全身ビショビショじゃないですか!」
「ああ、まあな」
言いながらスーツを脱ぐと新谷がハンガーを持ってきた。
「雪の中、つっ立ってたんですか?」
「なんだそれ。馬鹿にしてんのか」
思わず笑う。
「客の床暖房が故障した。室外機が凍ってさ」
「室外機が?」
「とりあえず溶かしてみたが、原因がわからん」
「なんだ……。それなら、俺を呼んでくれればよかったのに…!」
「…………」
篠崎は空調メーカー、ダイクウの開発部にいた男を見下ろした。
全くだ。
なぜその発想がなかったのだろう。
「とにかく、お風呂湧いてるんで!すぐ入ってきてください!風邪ひきますよ」
言いながら今度はバスタオルとハンドタオルを持ってくる。
「早く!」
それを差し出した腕ごと引き寄せ、その体を抱きしめた。
「……篠崎さん……?」
「新谷。おかえり」
言うと、新谷は濡れたワイシャツに顔を沈めた。
「………ただいま。篠崎さん」
冷えた身体に、新谷の温もりが伝わってきて、胸が痛くなるほどホッとした。
良かった。無事に帰ってきて。
本当は気が気じゃなかった。
自分の目の前で新谷の頬に簡単にキスをするような紫雨と飲んでいるのも。
そして牧村がわざわざ新谷に会いに行ったのを知った時も。
「………あんまり心配かけんなよ」
思わず口にすると、
「心配したの、こっちですよ。こんな雪の日に遅くなるから…」
可愛い見た目に反して、意外と男らしい新谷の声が、押し付けた自分の胸からしみこんでいく。
(こいつのためとはいえ、一時でも離れたのは失敗だったな)
抱きしめれば抱きしめるだけ、その温かさに、自分と比べて細くて華奢なその身体に、愛情が湧いてくる。
(……もうこいつを外に出すのはやめよう)
「篠崎さん?」
新谷がこちらを見上げた。
「風呂、早く入ってきてください」
「一緒に入るか」
「………えっ」
篠崎は新谷が答える前に、彼を抱え上げると、バスルームに歩いていった。
「……し、死ぬかと思った……」
風呂場で幾度となく激しく抱かれ、由樹はのぼせた頭で宙を見ていた。
「しっかりしろ。ほら、水」
言いながら篠崎がグラスに注いだ水を由樹の前に置いた。
由樹はふやけた脳みそのまま、篠崎の乾いた髪の毛を見上げた。
「あれ。髪。ドライヤーで乾かしたんですか」
「ん?ああ」
いつもは自然乾燥で終わりなのに―――。
由樹はいつもと違う恋人を見上げた。
「いや、さすがに風邪ひくと悪いと思って。雪の中霜取りしてたからよ」
その言葉に、由樹の頭の電気回路が動き出した。
「霜はどんなふうについてましたか?」
「フィンを覆うようにびっしり」
「その中は?」
「まあ、外から覗いた限りではそうでもなかったような気がするけど」
「霜を溶かした後は動きましたか?」
「あ、ああ」
「霜取りの強制ボタンを押したら霜取りは動作しましたか?」
「ああ、したようなことを井上さんが言ってた」
篠崎は由樹の質問攻めに少し身を引きながら答えた。
「じゃあもしかしたら。霜取り運転をするときに自動で動作する、溶けた霜が室外機内で凍り付かないようにする熱線があるんですけど。そのヒューズが、何らかの原因で飛んだのかもしれませんね」
「……ほう?」
篠崎の頭の上にいくつものハテナマークが浮かぶ。
「明日、俺も現場に連れて行ってください」
「それは、構わないが………」
篠崎が少し困惑したような顔をする。
「………何か問題でも?」
聞くと、何かを振り払うように頭を左右に振った後、篠崎は頷いた。
「ありがとう。助かるよ」
由樹は篠崎を見上げた。
色が白い自分の顔が赤くなることはしょっちゅうあるが、それなりに色素の濃い篠崎がこんなに赤くなったのを見たことがない。
篠崎ものぼせたのだろうか。
まさか……。
慌てて立ち上がり、彼の額に手を当てた。
「篠崎さん……熱があります!」
◇◇◇◇◇
氷水の入った洗面器を見るのなんて、いつ以来だろう。
そこからタオルを絞り、額にのせてくれる手が、赤い。
献身的に看病してくれる若き恋人を、篠崎は熱のせいで潤む目をしばたかせながら見つめた。
「ガキじゃあるまいし、そこまでしなくていいよ。“ピタ冷え”貼っときゃ治るのに」
笑いながら心配そうに歪む新谷の頬を撫でる。
「無茶するからですよ…」
「だって床暖房が動かないの可哀そうだろ」
「そっちじゃなくて」
新谷が目を細める。
「ああ、そっちか」
篠崎は微笑んだ。
「本当は朝まで寝かさないつもりだったんだけどなー」
「………っ!馬鹿言ってないで、寝ますよ!ほらっ」
新谷は電気を消して、向こう側からベッドによじ登った。
それに合わせて篠崎も新谷のほうに身体を滑らせる。
「移したら、ごめんな?」
せめてもと、こちらを向こうとする新谷をひっくり返して背中から抱きしめる。
「……あったけ……」
言うと抱きしめた恋人はフフフと腹筋を震わせた。
「篠崎さんのが熱いんですよ。早く熱、冷ましてくださいね」
新谷の匂いがする。
同じ石鹸を使っても、同じシャンプーを使っても、自分とは違う匂い。
なんだか甘ったるい温かい匂い。
抱きしめるあまり額からずれたタオルを自分で直す。
温かい新谷の身体と、額に当てられた冷たいタオルのどちらも気持ちがいい。
「ガキの頃、さ」
篠崎は話し出した。
「熱出して学校休むのってちょっと、よかったよな」
「わかります」
新谷がまた笑う。
「いつもは怖い母親が、優しくてさ」
「そうですね」
「氷枕も、冷えたタオルも気持ちよくてさ」
「うんうん」
「おかゆもうどんも、ミカンの缶詰も。全部旨かったなー」
「……そうですね」
篠崎の母が他界していることを思い出したのか、新谷が少し悲しそうな顔で振り返った。
「移るからこっち見んなよ―――っても遅いか。風呂で散々キスしたからな。はは」
「………」
冗談交じりに言っても、なかなかあちらを向かない。
「篠崎さん」
「どうした」
「篠崎さんには、俺がいますからね」
「…………」
熱のせいだろうか。
たったその一言で胸が熱くなる。
泣きそうなほど、鼻の奥が痛くなる。
「……バーカ」
言いながら強制的に向こうを向かせる。
「俺が、お前のためにいるんだよ」
言いながら、その滑らかな首に唇をつける。
びくりと反応する身体を抱きしめながら、舌を這わせる。
「………だ、ダメですって……いい加減寝ないと……」
腰に回された手の強さを敏感に察知した新谷が逃げようとする。
「ちょっとくらい汗かいた方が眠れる」
言いながら身体の下から手を滑り込ませ、抱きかかえて固定する。
「さっき、散々かきましたよ……」
細い横っ腹から手を差し入れ、パンツの中に指を伸ばす。
「…あ……」
耳を嘗め上げると、やっと観念したのか、恋人は大人しくなった。
ズボンをパンツごと膝まで下げ、後ろから自分のモノを宛がい、ゆっくりと挿し入れる。
「……はぁっ……」
吐息交じりの色っぽい声が漏れる。
さきほど散々慣らしたので、抵抗はなかったが、相当こちらの欲望につきあわせたため、すでに少し腫れてきている。
明日になれば腫れはもっとひどくなるだろう。
「痛いか?」
聞くと、新谷は潤んだ目で振り返った。
「……熱い、です……」
「……おいこら」
篠崎は思わず自分以上に赤く染まった顔を睨んだ。
「男の誘惑の仕方なんて、どこで習ってきた…」
「え?」
「紫雨か?牧村か?」
「………は?」
「お仕置きが必要だな」
篠崎は布団を剥ぐと、新谷の腰を持ち上げ、後ろから一気に深く突き刺した。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!