テラーノベル
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静かな雨が降り続く午後、街角の小さな書店「文月堂」には、紙とインクの匂いに混じって、どこか懐かしい湿り気が満ちていた。
大学の帰り道、鉄郎がいつものように文庫本コーナーの棚に目を走らせていると、レジの向こうから控えめな声が届く。
「……鉄郎くん、それ、先週も読んでなかった?」
エプロンの胸元に『透子』と刺繍された名札をつけた彼女が、クスクスと悪戯っぽく笑っていた。二歳年上の透子は、この店のアルバイト店員だ。
専門書からマイナーな詩集まで頭に入っている彼女との会話は、鉄郎にとって大学の講義よりもずっと価値のある時間だった。
「いや、これは上巻。気に入ったから、下巻を買おうと思って」
「ふふ、知ってる。下巻なら、一番奥の棚の左から三冊目にあるよ」
透子は迷いなく指を差す。自分の好きな本や探している本を、彼女はいつも誰よりも早く見つけてくれた。
鉄郎が指定された棚から本を取り出しレジへ持っていくと、透子は手際よく栞を挟み、丁寧な手つきでブックカバーをかけていく。その細い指先を眺めながら、鉄郎はふと胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚を覚えた。
「透子さん、今度……」
言いかけて、鉄郎は言葉を飲み込んだ。透子の左手の薬指には、シンプルなシルバーリングが光っている。
彼女がときどき、悲しそうな瞳でその指輪を撫でているのを、鉄郎は知っていた。理由を聞く勇気は、まだない。
「ん? なあに、鉄郎くん」
透子が首をかしげて見上げてくる。長いまつ毛と、少しだけ揺れる瞳。
「……ううん。この本読み終わったら、また感想言いに来てもいい?」
「もちろん。鉄郎くんの感想、いつも楽しみにしてるんだから」
透子は柔らかく微笑んだ。その笑顔はあまりにも優しくて、そしてどこか遠かった。
雨の音だけが響く店内で、鉄郎は受け取ったばかりの紙袋を少しだけ強く握りしめた。
ページをめくるように、少しずつでもいいから彼女の心に近づきたい。叶わないかもしれない恋心を、雨の日の文庫本にそっと押し込めながら、鉄郎は店を後にした。
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もか@リムるな🫶小説コン開催
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コメント
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エコさん、第4話読みました。雨の日の書店の空気感がすごく伝わってきて、静かで切ない雰囲気に引き込まれました。透子さんの指輪の意味とか、鉄郎くんが言いかけてやめた「今度……」の言葉が気になって仕方ないです。一番好きなのは、透子さんの笑顔が「優しくて、どこか遠かった」という一文。あの距離感が、鉄郎くんの叶わないかもしれない恋心をじんわりと描いていて、読んだ後もずっと心に残っています。次が待ち遠しいです。