アルメリアは慌ててそれを制した。
「違いますわ、私が勝手に言い出したことですもの。スパルタカスが頭を下げる必要はありませんわ。それに、子どもたちの喜ぶ顔が見られればそれでいいと思ってますの。みんなそうですわ」
その台詞に全員が頷いた。それを見て、スパルタカスは心底嬉しそうな顔をした。
このあと、アルメリアはくじ引きを作り役を決めることにした。そうして決まった役が、魔法使いのお婆さんはスパルタカス、意地悪な義母の役をリアム、義妹の役をムスカリ、父親の役をルーファス、王太子殿下の役をアドニスが演じることとなった。
アルメリアは台本を作った功労者として、自分のやりたい役をやらせてもらうことになり、義姉の役を演じさせてもらえることになった。
ルーファスは今日は参加していなかったので、余った役になってしまったが、無難な役なので嫌がらずに引き受けてくれるだろう。
役が決まると、ムスカリが微笑み頭を下げながらアルメリアに言った。
「明日からよろしくお願いしますわね、お·ね·え·さ·ま」
ムスカリの所作がとても優雅なのでその動きに違和感がないことに驚き、お姉様と言われたことにも戸惑ったが、気を取り直してアルメリアも微笑み返すと言った。
「あら、貴女も頑張りなさいな」
そして顔を見合わせ笑った。
リカオンがその横で大きくため息をついた。
台詞を覚え、演じることも大切だがそれよりも準備が一番大変であった。そんなに大掛かりなものは作らないといっても、みんな物を作るという作業に慣れていないため、作業に時間がかかった。
作業場所はアルメリアの執務室の一室を提供し、執務が終わってから集まり作業をした。流石にムスカリは手伝わないだろうと思っていたが、意外なことにお忍びで執務室へやってきては作業に没頭していた。そして
「初めての経験だが、なかなか楽しいものだ」
そう言って笑った。
アルメリアも、忙しい中に自分を置いてなにも考えずに作業をすることで、ヒフラでのこと少しでも忘れたかった。なので、空いた時間があるときには優先して作業に取りかかった。
そんなある日、ムスカリとふたりきりで作業をする日があった。
カツラがないので、帽子やリボンに髪の毛に見立てた糸を付けることにしたアルメリアは、床に座りこんでその作業を黙々とこなしていた。一方のムスカリはカボチャの馬車のハリボテを作っていた。
すると突然ムスカリが、ハリボテから視線を外さずにアルメリアに訊いた。
「アルメリア、君は私と始めて会ったときのことを覚えているか?」
「はい、お茶会だったと記憶しております」
「そうか、覚えていたのだな。では、君はその時なにをしたかも覚えているか?」
アルメリアは顔を上げ、空を見つめて少し考える。確か、ムスカリと遊んだような記憶があるが、そんなに詳細には覚えていなかった。
「殿下に遊んでいただいたことは覚えておりますが、なにをして遊んだかまでは……。失礼なことを言ってしまった気がします」
すると、ムスカリは作業の手を止めてアルメリアに向き直る。
「そうか、なにをして、なにを言ったのかまでは覚えていないのだね」
そう言って苦笑すると、アルメリアの横に座る。そして、アルメリアに微笑みかけると話し始めた。
「私の母は、最初女の子が欲しかったらしい。だから私が生まれたとき、父は喜んだが母は少しばかり残念に思ったそうだ。だからといって私が母に邪険に扱われたことは一度もない。その逆でだいぶ可愛がられた」
アルメリアも作業の手を止めて、ムスカリを見つめ微笑んだ。
「王妃殿下はとても優しい方ですわ。|私《わたくし》も幼少の頃は、王妃殿下にとても優しくしていただいた記憶がありますわ」
「そうだろう。クンシラン公爵夫人と母は幼なじみでもあったから、女の子が欲しかった母にとって君という存在は特に思い入れがあったようだ」
始めて聞いた話しに、アルメリアは驚きを隠せなかった。
「そうなんですのね、お母様が王妃殿下と幼なじみだなんて、知りませんでしたわ」
ムスカリは優しく微笑むと頷く。
「あの日のお茶会で、始めて君を見た母は大層気に入り、とても可愛がった。すると、君はどうしたと思う?」
アルメリアはどうしても思い出せず、恐る恐る訊いた。
「私なにをしてしまったのでしょうか?」
フッと笑うとムスカリは言った。
「母の目の前に私を連れていき『王子が一番かわいいの! 王子の方がいい子なの! 王妃様が好きなのは王子なの!』と言ったんだ」
「どういうことですの?」
「母が君ばかり可愛がるものだから、君は私を心配したようだ。それで母に自分より私が可愛いと認めさせたかったのだろう。その後、母は困った顔をしたが私の頭を優しく撫でると『もちろん、私にとって、ムスカリが一番よ』と言ったんだ。私も当時は、女の子が欲しかったと言う母の言葉に少なからず傷ついていたからね、あれは嬉しかった」
そんなことをしたのをまったく覚えておらず、アルメリアは当時のことを必死に思い出そうとしたが、まるで思いだせなかった。
ムスカリはそうして黙っているアルメリアの顔を覗き込んだ。
「それから君は私の大切な人になった。妃にするなら君以外は考えられない」
「でも、私は殿下に相応しくありません。それに」
そう言うアルメリアを、ムスカリは制した。
「君がヒフラに行っている間、何があったのか私は知っている。私はみすみす目の前で、大切な人をかっさらわれて黙って見ているほどお人好しではない。それが例え皇帝であってもね」
アルメリアはその一言にドキリとして、その真意を探るようにムスカリの瞳を見つめた。ムスカリは悲しそうに微笑む。
「ヒフラでのことを、私がなにも知らないとでも? なんなら私がヒラフまで出向き、君のそばで君を慰めたかった。君を守りたかった。それができなかったことが私はなにより悔しい」
そう言うと一瞬苦しそうな顔をしたあと、無理に笑顔を見せて言う。
「だが、私は絶対に君と婚約してみせる。そうしたら、君の身も心も全てを私のものにする」
思いもよらないムスカリの台詞に、アルメリアは戸惑う。
「ですが、あの、私は……」
そう言って口ごもり俯くアルメリアにムスカリは言う。
「君はなんでか、この婚約を政略的なものと思っているようだったから、はっきり言っておかねばと思ってね」
アルメリアはどう答えてよいかわからず黙り込む。
「アルメリア、今はそんなに難しく考えなくていい」
そう言うと立ち上がり伸びをした。
「さて、このハリボテのカボチャも、やっと馬車らしく見えてきたことだし、少し休憩をしよう」
その後のムスカリは、いつもとなんら変わった様子はなかった。
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